2008年4月24日木曜日

大学経営において職員と教員は対等である

ここしばらくは、職員(事務職員)に関わる能力開発や組織・業務の改革について書いてきました。

しかし、残念ながらそれだけでは大学の改革を進めることはできません。
なぜならば、大学というところは、文部科学省や自治体などの役所と違って、単一の職種で組織が構成されているのではなく、様々な職種の人達が働く職場だからです。

大学は、民間企業のように、理事長あるいは学長の一声に構成員全てが素直に従うような職場ではなく、長年の慣例に従った合意形成を重んじるがため、一つのことを決めるのに屋上屋を重ねる手続きを踏んで、ようやく数ヵ月後に動き出すといったスピード感のない体質が現在でも残っています。民間企業がそんなことをやっていたらすぐにつぶれてしまいますよね。部局(教授会)自治を背景とした悪しき民主主義が相変わらずはびこっていると言っても過言ではないでしょう。

そんな中で、教員と職員との関係改善は、大学経営の健全化を図る上で重要な課題の一つです。これまで多くの大学では「教員が上で職員が下」という身分格差が当然のこととされ、「職員は教員の下働きを行う者」という取り扱われ方でした。

知識基盤社会の到来、18歳人口の減少、大学間競争の激化と個性化の重視など、大学を取り巻く環境が大きく変化している中で、大学経営の強化が従前にも増して重要になってきているにもかかわらず、大学の中で「教職協働」がなかなか進まないのは、職員の能力開発不足ももちろんですが、教員の職員に対する蔑視意識が根強く存在しているからにほかありません。(すべての教員がそうであるということではありませんが。)

とても残念なことではありますが、先月、このような記事が報じられました。


三重大准教授「辞めてしまえ」 パワハラで出勤停止処分 (2008年3月7日 中日新聞)

三重大国際交流センターの男性准教授(53)が、複数の職員に「おまえなんか早く辞めてしまえ」などと計18回にわたり、暴言を浴びせたり、ひぼう中傷メールを送ったりするパワーハラスメント(職場上の地位を利用した嫌がらせ)を繰り返したとして、同大は7日、出勤停止6カ月の懲戒処分にした。

同大によると、准教授は一昨年8月から昨年9月までの約1年間、同センター職員らに「事務が何をえらそうなことを言っているんだ」と直接言ったり、自分の書いた文書を手直しした職員について「わび状を出せ」などと書いたメールを12人のセンター職員全員に送りつけたりした。

職員らは「夜も寝られない」「出勤するのが怖い」などと訴え、一昨年8月に苦情を申し立て、同大が調査していた。

准教授は1997年に日本語教育担当として採用され、センター教務主任。以前にも女性非常勤講師に中傷メールを何度も送り付け、ノイローゼにさせて厳重注意を受けていた。

准教授は、こうした発言などをしたことは認めているが、「職員の方が自分をなめている」などと話しているという。豊田長康学長は「教員が人権侵害行為を行ったことは誠に遺憾」とコメントした。


暴言の准教授懲戒処分 三重大 教職員に「辞めろ」 反省も見られず (2008年3月8日 読売新聞)

三重大(津市)は7日、同大国際交流センターの男性准教授(53)が、複数の職員に対し、何度も「辞めろ」と暴言を浴びせたなどとして、同日付で出勤停止6か月の懲戒処分にしたと発表した。

同大によると、准教授は2006年8月から昨年9月にかけ、同センターの他の准教授や助教、非常勤職員ら計10人に、「早く辞めてしまえ」などの暴言を浴びせた。また、他の教職員に、職員を名指しして「辞めさせてください」と中傷するメールを送った。

同大は06年8月、職員らから「出勤するのが怖い」などと申し立てを受け、調査委員会を設置して調査を開始。暴言が長期間にわたって執拗(しつよう)に繰り返されたうえ、准教授は04年2月にも女性非常勤講師に2年間にわたって「なぜ言うことを聞かないのか」などの内容のメールを送り続けたとして口頭厳重注意を受けていることなどから、重い処分にしたとしている。

大学に対し、准教授からも「自分が被害を受けている」と申し立てがあったため調査が長引いたという。

准教授は調査に対し、発言の事実は認めながらも、「言うことを聞かない相手が悪い」などと説明しているといい、大学側は「反省の態度がみられない」と指摘している。豊田長康学長は「三重大に対する社会の信頼を著しく損なうものであり、深く陳謝する。今後は教員の資質を向上させ、信頼回復に努める」とのコメントを出した。


事件性の大きさ故報道されたものと思いますが、伝聞も含め経験的に申し上げれば、類似した事例は、これまでも多くの大学において日常的に発生していたのではないかと思います。本件のような事例は、完全なる人権侵害であり、個人的には、6月の出勤停止という量定はかなり甘すぎるのではないかと思います。これが、職員に起因する事件であれば、大学はもっと重い処分を行ったでしょう。

職員と教員の不公平な取り扱いは、国立大学の場合、現在でも制度上存在しています。例えば、学長選挙(現在は意向投票といった名称に変わりました)の選挙権は、国の時代、職員には全くありませんでした。法人化された今でも、幹部職員にしか認めていない大学が多いと聞きます。また、懲戒処分の判断を行う委員会は、対象となる職種(職員と教員)ごとに設置され、教員の処分についての職員の発言権が認められていない大学も少なくありません。さらに、大学の意思決定を行う重要な会議の構成員は、ほとんどが教員で占められています。

このように、社会から見れば、実に不思議な世界が、大学の中には至極当然に存在しており、そんな大学に、国民の税金を原資とした多額の運営資金が投入されていることについて、国民はもっと厳しいチエックを入れるべきでしょう。

「教職協働」という言葉が重んじられる時代になりました。職員であろうが教員であろうが、専門や分野が異なろうが、両者とも、少なくとも大学に生活の糧を求める人間であることは間違いないし、自分の将来を託す覚悟で多額の授業料を収めている学生やその保護者に対し、恥ずかしくない仕事をしなければなりません。

人間としての「イコールパートナーシップ」や相手を尊重する心が基礎にあってこそ、大学におけるそれぞれの使命を果たすことができるのではないかと思います。


最後に古い記事になりますが、Between(2002年5月)という雑誌に掲載された、立命館大学の川本理事長のインタビュー「職員と教員は共通の視点に立ち、大学運営に平等に参画する」をご紹介します。

日本で初めてのインスティチュート制度導入や立命館アジア太平洋大学(以下、APU)の開学など、先進的な教育改革を進める立命館。その背景には、学生を中心に職員と教員が共通の視点に立ち、教職協働を推進。業務会議の教育効果により職員が学園運営や教育に関しても積極的な提言を行い、改革に参画する気風がある。自身も職員であった川本理事長に、あるべき大学職員像と課題を聞いた。

大学職員の職務とは何か、職員に求められる能力、私立大学が抱える今後の課題について、川本理事長は次のように話す。

大学職員とは何か

大学に限らず『働きがいのあるところ』という視点で職場をとらえる必要があります。自己の成長はもちろんですが、社会性、公共性などを総じて考えてみる。

大学は、将来を担う人間を養成する場であり、職員はそうした社会的、歴史的使命に参画することができる。また、急速に成長していく学生の変化や成長過程を見て刺激を受け、職員自身も成長できる。

また、疑問点があれば、教員に尋ねたり、図書館で調べるなど、勉強するには事欠かない場所である。こうした恵まれた環境の職場はほかにはないということを自覚すべきであると思います。さらに職員の役割は何なのかをもっと明確に自覚すべきだと思います。

私は、大学の教員はアクター、アクトレスであると考えます。学生は、その演技のすばらしさに感動して、自分たちも勉強しようという気持ちになる。どういう演劇の筋書きにするのか、どの俳優に第何幕に登場してもらうのか、照明をどうするかなど、演技者の力を最大限に発揮できる条件と舞台を作る。これが、まさに職員の仕事です。職員の力量が高くなかったら、教員の力量は発揮されない。同時に、職員は、専門を教育し、研究しているという教員の力量を正当に評価し、そこから学ぶ姿勢を持たなければなりません。

一方で、学生に焦点をあてれば、教員であろうと職員であろうと、良い学生を育てるという意味においては、学園で働いている全員が平等なのです。そうした視点に立てば、職員も自分の意見を堂々と言える。自分の職務に対する確信も持てるわけです。

社会変化に対応し科学的に分析する能力を

職務に関していえば、学生の全体像、各学部の現状や変化や方向性、さらには大学全体の運営に関し、データを持ち、相対的・全体的に把握することができるのは教員ではない。資料を読み解き、科学的に分析して、問題の本質を導き出すのは職員なのです。

社会の変化に対応し、これからの大学は激しい勢いで変化していきます。こうした中で職員の力量が問われてくる。まず、調査・分析する能力が必要となります。地域的、国際的、歴史的な調査の上から未来を予測しなければならない。

もちろん、職員自身の資質や能力が問われるわけですが、これに関しては体系的に学ばせる必要があると考えます。特に若い職員には一定の責任を持たせ、実践する等の訓練が重要です。学際的な問題から、学生を理解し援助していくのに必要な学生論、大学論とその管理運営論、大学財政論などを系統的に学ぶ、プロフェッショナルスクールが必要だと感じています。

問われる大学組織のあり方

現実の大学のあり方にも問題はあります。大学を組織的に整備し直す必要があるでしょう。まず、学長、理事会、教授会の権限の明確化、そして教員を説得できる知識と経験を持った職員の存在。また、こうした組織の指導者の存在も重要です。本学では、私自身も職員でしたが、APUでも職員が副学長になっています。職員の上層部への登用は、全職員にとって大きな励みになる。

一方、大学は教育研究機関であるわけで、大学の最高責任者は学長であり、事務局全体としても教育研究に奉仕するという姿勢を忘れてはならない。しかし、学長を選ぶ選挙に職員が参加している大学が日本にいくつあるでしょうか。教育や研究を支えるために一日中働いているのに、その代表たる学長を選ぶ権限を与えられていないことに職員は憤りを持たないといけない。総長選挙も、学部長選挙も職員全員が参加する。そのことが、職員に誇りを持たせる。そうした素地がなければ、職員にどんな改革案を提案させても効果は上がりません。職員を大学業務の一歯車とせず、学園の全体像が見えるようにすることが重要でしょう。


立命館では、90年代から、学園における事務体制整備の取り組みの中で、「職員像」「業務像」を明確にしていった。川本理事長が述べるように、立命館の職員は科学的な調査・分析の下、学園に関する政策提言も行う。実際、政策にかかわるプロジェクトを組む際には、立命館の職員は事務局にとどまらず、委員として参加し、意見を述べる。

職員だけではない。「全学合意の原則」の理念の下、理事会はもちろん教員、職員、学生すべてが参加して議論する場がある。その全学協議会では、これまで、新学部・新キャンパス創設やAPUの開学など、学園づくりにかかわる主要なテーマが議論されてきた。

業務会議での教育力を重視

このような場で職員が意見を述べるには、当然、それなりの知識とデータに基づいた理論的な提言ができる力量が必要になる。

立命館では、各部課全員で、学園の方針から業務に至るまで、さまざまなテーマについて議論する『業務会議』を週に1回設けている。職員が議論に集中できるよう会議は半日をかけ、その間、窓口は閉鎖する。

各部課の業務課題はもちろん、基本的な学園課題の政策文書についても必ず討議される。中教審答申やロースクールをめぐる問題など、高等教育分野の機軸となる答申や文書については各部課共通で議論されてきた。職員は、学園政策文書や高等教育関係の答申などを事前に読み、業務会議で論議し、理解を深めていく。この教育的側面は大きいという。さらに全学課題や政策目標を共有化するなど、『業務会議』がきちんと機能すれば、人事制度による研修よりもはるかに職員の力がつくと見ている。

また、各部課においては、夏休みに合宿形式の研修などを実施している。研修で議論されるテーマは、各部課で独自に設定されることもあるが、学園の重要課題を統一的なテーマとして与える場合もあるという。

職員業務知識テキストの作成

『業務会議』を通じて、職員は大学を取り巻く状況や学園の課題について相応の知識を身に付け、理解を深める。職員が政策提起を行うには、業務の基礎的な知識を確実に身に付けておく必要がある。

そこで、現在、各部課の基本手順、基礎知識等のマニュアル化、および全学共通の業務手引きである『立命館職員業務知識テキスト』の作成を目指し、準備が進められている。各部課で必要な業務知識のリスト化を要請。以後、これを集約して組み替え、共通化していく予定である。これには研修的な側面もあるため、若手職員を中心としたプロジェクトチームの編成を検討している。

教職協働と『3つの成果』

立命館では、各学部の学生実態調査とその分析を教員と職員が協同で実施し、問題点を明らかにしていこうとする取り組みや、リエゾンオフィススタッフとして、職員が教員と共に企業に赴き、共同研究の実施に関する提案を行うなど、教職協働が盛んに行われている。

また、教育政策などの教学文書を書ける程度の力量を持つ職員もいるという。しかし、職員がそれを業務として実行し、その結果を残さなければ、学生のためにはならない。この視点から、01年5月にある制度が導入された。

それは、課長・事務長に対して与えられた課題『3つの成果』である。テーマは任意であるが、担当部課における自己の成果目標を3つあげ、1年後に結果を報告するというもの。この成果目標と結果の両文書は学内ネットに掲示され、全職員が閲覧できるようになる。管理職に、成果実績という訴えかけをし、仕事の焦点を「学生や教育研究の視点から具体的に何かを変える」方向に、かつ「結果からフィードバックして業務を見直す」という取り組みを進めていく方針で、今後は、全体的な制度としての拡充を検討している。