2008年4月21日月曜日

「新しい大学職員」の創造へ

大学を取り巻く状況が激変している中で、大学経営の重要性が益々高まっています。とともに、経営責任者である法人の長(理事長・学長)を支えるスタッフの力、特に大学事務職員の能力開発が緊要な課題になっています。

去る3月1日(土曜日)、東京において「大学事務職員の能力開発の在り方に関するシンポジウム」が開かれました。
このシンポジウムは、この日記でもよくご紹介している広島大学高等教育研究開発センター長の山本眞一氏が中心となって企画されたもので、「近年、関心と必要性が高まっている大学事務職員の能力開発の在り方について、科学研究費補助金による研究成果の発表を題材に、また、放送大学大学院の授業科目「大学のマネジメント」の開設を契機として、さまざまな立場からこの問題を議論する」ことを趣旨として実施されました。

シンポジウムの概要は、日本私立大学協会のホームページ(教育学術新聞)に記載されてありますので興味のある方はご覧ください。

このシンポジウムでは、文部科学省高等教育局企画官の鈴木敏之氏による講演のほか、山本氏から「大学職員のエンプロイヤビリティー向上方策について」と題する報告がありました。

これは、山本氏が科学研究費補助金による調査研究の一環として、平成19年1月、全国の大学(短期大学を除く)の事務職員3,670名に対して実施したアンケート調査の結果報告ですが、1,405名から得られた回答がよく分析されており、国公私立大学それぞれの特色がわかりやすく説明されました。

報告された資料のうち主な部分をご紹介します。

1 回答者のプロフィール

今回の調査は、事務局長(相当職を含む)から一般職員まで、幅広く調査対象としたため、職位や現職の分野もさまざまである。国立大学では総務、財務系の職員の回答が相対的に多く、私立大学では総務のほか、教務学生系職員の回答も多かった。
勤続年数について、私立は同一大学に長く勤務し、公立大学はその対極、国立大学は両者が合わさっているという特徴や、私立大学職員の学歴水準が相対的に高いのは、過去3回の調査と同じ傾向である。公立大学で現職位の年数が同一大学での勤務年数を上回るのは、県庁等での職位との連続性があるためと考えられる。

2 職員の能力開発の必要性(必要ありとの回答)

国立:98.3%、公立:91.4%、私立:97.8%、総計97.0%

3 能力開発が必要な理由

能力開発が必要な理由としては、既存事務の処理能力の向上というよりは、新たな事務分野の能力開発や企画立案能力、意識改革の必要性などを挙げる者が多い。

4 教員と職員の役割分担の在り方(職務の種類別)

全体的な傾向としては、教員との協働によって仕事を進めるべきであると考える者が多い。
しかし、総務系や財務系の職務については、職員が主体的に企画・立案すべきと考えている職員が多く、これに対して教務学生系や病院系については、教員との協働あるいは教員が企画・立案し職員が実施すべきと考えている者が相対的には多い。
また、国立と私立とでは、前者の方に職員が主体というよりは教員との協働を指摘する者が多いのは注目すべきであろう。

5 事務職員に必要な能力開発の分野

事務職員に必要な能力開発の分野と対象とする事務について聞いたところ、とくに総務系の事務に企画力を求める者が多かった。これには、大学の基本戦略や危機管理など経営の根幹に関わる事務がこれに関連しているからであろうと考えられる。
また教務学生系の事務で私立大学の回答者が企画力を高く挙げているのは、学生サービス・支援関係が大学事務の重要分野であることを示すものであろう。

6 能力開発のための有効な方策

大学院(修士課程)での訓練、既存のものを含む各種研修、何らかの形での専門資格の付与の3つの方策については、公立大学を除き、意見はかなり拮抗している。

7 能力開発のための制度と利用実態

研修制度を持つ大学は、公立大学を除くとかなり多く、特に国立大学の高比率は注目される。他方、学外の研修に対する経費補助は私立大学に多く、かつ利用率も高い。
国内外の大学での学修の奨励は制度化率が比較的低く、かつ利用率もかなり低い。
今後はこのような形態の能力開発をどのように進めるべきかも課題の一つではあるまいか。

8 自己啓発の実践

自己啓発は、職員の能力開発の基幹部分をなすものである。
これについて、さまざまな方法を挙げてその実践状況を聞いてみたが、全体的傾向として、私立大学職員が一番熱心で、これに国立大学、公立大学の順番に続いている。
ある国立大学で、自分のお金で大学問題に係る専門的図書を買っているかどうかを聞いたことがあるが、その回答率はきわめて低かったことを思い出す。公立大学は推して知るべしである。
自己啓発の基本は身銭を切ることであることを考えると、この辺りから大学職員の能力開発を考えなければならないのではあるまいか。

9 教員数と職員数(医療系を含む大学を除く)

今回の調査で、事務局長には、当該大学の教員数と職員数の現状(平成18年5月現在、学校基本調査の数値に対応)を聞いたが、病院系職員が多いであろう医療系分野をもつ大学を除いて集計すると、以下の図(省略)のようになった。
公立大学は人数的に小規模であること、また私立大学も小規模なものが圧倒的に多い。
なお、教員数と職員数は、前者が多い形でしかもかなり高い相関関係に立つ。
また私立大学の方が、国立大学に比べて職員数の教員数に対する比率が高いが、これは学校基本調査の全国データと一致するものである。

[自由記述] あなたは大学事務職員の役割や能力開発について、どのようにお考えですか。
  • 一部の教員の中には未だに事務職員を下に見る傾向があります。由々しい問題ではありますが、完全に解決するのは困難かもしれません。しかし、職員自らが卑屈になることなく、積極的に自信を持って仕事をしていくためにも職員の能力開発は重要で、職員の学歴にかかわらず、その能力によって専門資格などが付与される機会があれば歓迎です。(私立大学教務系課長補佐)
  • 中小規模の大学事務職員には専門に特化した能力ではなく、広くかつある程度、深い総合的業務処理能力が求められる。限られた人員配置の中で、大学制度の変化に順応し、教員との協働を進め、大学間競争を生き残る大学の構築に寄与するためには、専門特化型の職員ではなく、大学事務全般に通暁したハイレベルのゼネラリストが不可欠である。(公立大学事務局長)
  • 大学が生き残っていくためには、大学事務職員の能力開発は必要不可欠な事項であると感じます。事務職員自身が自身の能力を意識し、日々の業務に担わる必要を感じています。今までは「教員の補助的役割」という意識が強かったように感じますが、この意識をなくし、「大学を主体的に運営する専門家」という役割を担って、職務に担わるべきであると考えます。(国立大学経理系係員)
  • 今後、事務職員も企画・立案に参加することが望まれているが、長年の慣習により意識改革が進んでいないのが現状(特に50歳代以降は難しい)。若い人達をどんどん登用するとともにスキルアップを図ることが大切だと思います。(国立大学教務系課長補佐)
  • 大学事務職員の役割は、学生が充実した大学生活が送れること、教員の教育研究活動が活発に展開できるように支援すると同時に、大学運営の担い手としての自覚を持ち大学経営に参画することである。単に与えられた業務役割をこなすのではなく、大学全体の動きを理解したうえで自己の役割遂行にまい進することが重要である。(私立大学総務系課長)
  • アメリカでは、アドミニストレーターという教員でも職員でもない職が確立されているが、日本ではまだ確立されたものはない。教員の本来の役割が教育(授業)と研究にあるならば、それ以外の役割はすべてを職員が担うべきである。今日の大学を取り巻く情勢がスピードをあげて変化している中、大学を維持発展させていくためには、もはや教授会中心の大学運営では対応しきれないことは明らかである。(私立大学経理系課長)


放送大学大学院 「大学のマネジメント」

また、このシンポジウムでは、放送大学大学院修士課程において、この4月から新たに開講された「大学のマネジメント」の講師陣によるパネルディスカッション「これからの大学職員の能力開発について」も行われました。
聴講者からの質疑応答を含め熱い議論が展開されました。

既に受講されている方もいらっしゃるのかもしれませんが、「大学のマネジメント」は半年間開講され、全15回にわたるラジオ講座です。講義概要等は次のとおりです。

主任講師

山本 眞一氏(広島大学教授)
田中 義郎氏(桜美林大学大学院教授)

講義概要

近年、大学を巡る諸環境は大きく変化し、とくに18歳人口の減少は私学経営に大きな影を投げかけ、また国公立大学においては法人化後の大学運営に格段の工夫が求められている。さらに雇用構造の変化や科学技術の高度化、大学マーケットのグローバル化などに対応するためには、従来の大学事務処理を遥かに超えるマネジメントの革新が求められている。本科目では、これらの変化に対応するための知識や考え方を、大学事務職員を始めとする関係者に身に付けさせることを目的とする。

授業の目標

受講者が現職の大学職員あるいは管理職にある教員であることが多いとの前提の下、できる限り実践的かつ実際的な教育内容を提供するよう努める。このことにより、受講者に広く大学マネジメントに関する知識を提供するとともに、彼らが現実に直面している大学マネジメントの諸課題を適切に解決するための問題設定、解決に至るための複数の代替案の策定、採用すべき解決案の決定、実際のマネジメントへの応用など、幅広い実践力を身につけさせるようにする。

シラバス

全15回の講義内容は、放送大学のホームページをご覧ください。
http://www.u-air.ac.jp/hp/kamoku/H20/daigakuin/seisaku/s_8930392.html


「事務職員」から「大学職員」へ

大学事務職員の能力開発(職能開発)については、この日記でもご紹介した(2008-4-18 教職員の職能開発)ように、先に中央教育審議会がとりまとめた「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」の中でもその重要性が指摘されています。

最近では多くの大学でSD(スタッフ・ディベロップメント)の取り組みが進められており、以前何度かこの日記でもご紹介したところですが、なかでも山形大学の取り組み(2007-12-17 大学職員の能力開発(3))には注目すべきものがあります。

SDを通じた大学経営人材の養成が今後大いに期待されるところですが、先日、国立大学財務・経営センターが配信したメルマガの中に、山形大学の樋口さんという職員の方が書かれた以下のような記事がありました。

大学職員の世界が閉ざされている限り、この国の高等教育に将来はないと言っても過言ではないと思いますし、そのために大学職員は、個別大学だけに通用する能力ではなく、普遍的な能力を身につけなければならないと思います。

山形大学の樋口さんのようなこころざしを持つ多くの「新しい大学職員」の出現を心から願ってやみません。

向上心のない職場には魅力を感じない(国立大学法人山形大学 樋口浩朗氏)

残念ながら、タイトルの言葉は私が言ったのではありません。

これは、昨年国立大学財務・経営センターが主催した国立大学法人若手職員勉強会への参加者55名に対し企画委員会リーダーである横浜国立大学の片平剛さんが行ったアンケート調査の「能力開発が必要である理由」への回答の一つです(「国立大学法人職員の能力開発に関する意識調査」集計結果より)。
私はこの言葉に大変共鳴し、蛍光ペンを引きました。今回はこの言葉に対する雑感を述べることによって、本メルマガの編集長からの宿題をこなさせていただきます。

平成20年度になりました。大学職員として16年目になります。山形大学に採用以来、学内では工学部や法人化対策室、学外では文部省教育助成局、吉林大学(中国)留学、国大協企画部を経て、昨年4月から企画部で将来構想や目標・評価などを担当しております。

同年代の本学職員の中では外部機関での経験が長いようです。しかし、決して山形大学が「向上心のない職場」だから外に出たのではありません。今思えば、向上心をもつために外の機関に出された(出していただいた)と感じています。

大学職員として16年目と書きましたが、意識上は「オレは国家公務員だぜ!」が11年、「大学職員にならなきやなあ・・・」が3年、文字通り「大学職員」と感じるようになったのは国大協出向期間が終了した昨年4月からです。
つまり、本気で大学職員と名乗る覚悟ができたのはこの1年のことです。公務員時代を経験した方なら、多かれ少なかれ「大学職員」を意識するようになったのは、法人化以降ではないでしょうか? 

その「大学職員」という言葉について、桜美林大学の舘昭教授は「教員も職員」であり、「日本の大学組織の弱体の原因はこうした職員概念の混乱にある」と述べています。法律上は事務職員と定義されています(学校教育法第92条)。

私は概念上の混乱があっても法律上の定義に反していても「大学職員」でありたいです。さらに言えばプロの大学職員になりたいのです。全く主観的な理由ですが「事務職員」には向上心が感じられません。満足できないのです。

「向上心のない職場に魅力を感じない」で、注意すべきことは、魅力を感じないからといって安易に異動を希望したり、転職してしまったり、キャリアプラトー化してはならないということだと思います。

今、大学は良かれ悪しかれ大注目されています。昨年は教育再生会議や経済財政諮問会議などの政府等会議による大学・大学院改革の提言ラッシュがありました。今月中には初の教育振興基本計画が閣議決定され、高等教育についてはそれなりの計画が盛り込まれる見通しです。
まさに大学職員にとっては捲土重来、これだけ向上心をかき立てられる機会はなかったのではないでしょうか。嘆く前に今の大学という職場でこの機会を活かすべきだと思います。

大学の外部環境はガバナンス上の機会であふれています(必要以上の危機感の煽動に要注意)。
一方、大学内部の職場環境については、向上心に支えられた自律と協調、そして貢献がキーワードだと思います。

前号の本メルマガで東京工業大学の渡部秀明さんは「老いも若きも世代や職位を超え、大学の活力を最大限に引き出すために、互いに協力し合い、心から融合すること」の大事さを指摘しています。全く同感です。
昨年度は「第1回国立大学一般職員会議」や「第1回国立大学若手職員勉強会」、「第1回国立大学附属病院若手職員勉強会」、「大学職員サミットやまがたカレッジ2007(→山形大学が会場!)」など、大学職員間でソーシャルキャピタル(社会関係資本)の形成を後押しするような活動が続きました。今年度はさらにこれらを活発にしたいものです。

実は、冒頭の調査結果には「自大学の発展及び自己成長のため」との回答もあります。
片平さんは「国立大学職員の職業、職務に対する倫理性の存在を発曵した」とまとめています。この発見によると「向上心のない職場に魅力を感じない」との回答は、国立大学職員の強い自負心の表れと捉えられます。

法人化後4年を経過し、平均年齢33.9歳の国立大学職員の一団が、自身の成長と自身の国立大学の発展を同一視している状況には、言いようのないワクワク感があります。このワクワク感を国公私の設置形態を超えた大学職員間で共有し、まずは日本国内でソーシャルキャピタルを形成していくことが、グローバル化の中で大注目されている日本の大学が“あるべき姿"になるための一つの手段になるのではないでしょうか。