2008年4月18日金曜日

教職員の職能開発

去る3月25日に「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」と題する報告書が、中央教育審議会大学分科会制度・教育部会によってとりまとめられたことは、既にこの日記でもご紹介した*1ところですが、この報告書の中では、教職員の職能開発の重要性、特にFDの実質化(中身の見直し)や、両輪としてのSDの重要性が提言されています。

個人的に重要と考える部分についてご紹介します。


職能開発の重要性


  • 言うまでもなく、学士課程教育の実践に直接携わっているのは教員であり、また、管理運営等を担っているのは職員である。ここまで述べてきた「3つの方針」に貫かれた教学経営を行う上で、これら教職員の資質・能力に負うところは極めて大きい。個々の教職員の力量の向上を図るとともに、教員全体の組織的な教育力の向上、教員と職員との協働関係の確立などを含め、総合的に教職員の職能開発を行うことが大切である。こうした認識に立って、本節では、ファカルティ・ディベロップメント(FD)やスタッフ・ディベロップメント(SD)それぞれの改善充実の方策について述べる。

求められるFDの実質化


  • これまでの大学改革では、教職員の職能開発のうち、特にFDの推進に力点が置かれてきた。FDについては、論者によって様々な定義や説明がなされるが、行政的には、「教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取組の総称」とされてきている。制度上は、中央教育審議会の答申に基づき、平成11(1999)年、各大学がFDを実施することに関する努力義務が定められた。その後、FDの実施については、平成19(2007)年度から、大学院に関して義務化され、平成20(2008)年度からは新たに学士課程での義務化が予定されるなど、逐次、制度面の対応が図られてきた。また、平成18(2006)年12月に成立した教育基本法では、教員に関する条文の中で、教員は「絶えず研究と修養に励み、」職責を遂行しなければならないこと、そして、「養成と研修の充実が図られなければならないこと」が新たに規定された。

  • こうした制度化に伴ってFDは多くの大学に普及し、平成17(2005)年度の実施率は約8割となっている。相応の規模の大学では、大学教育センター等にFDセンターの機能を担わせており、これらの組織の関係者がFDの推進の牽引役として努力を払い、我が国の実情を踏まえた創意工夫が行われている。FDセンター等の関係者をネットワーク化したり、FDの専門的人材(ファカルティ・ディベロッパー)の配置・養成をしたりする取組の萌芽も見られる。

  • このようにFDの普及が図られ、見るべき取組も現れてきてはいるが、それが我が国全体として教員の教育力向上という成果に十分繋がっているとは言い切れない。各種の調査によれば、学生の教員に対する満足度は決して高いとは言えず、授業等の改善に対する要望も強い。また、国際比較調査によれば、FDによって、教員の資質能力が「はっきり高まった」と回答した学長の割合は、アメリカが半数近くであるのに対し、我が国は1割足らずに止まっている。

  • 現在のFDの在り方については、様々な調査結果などを踏まえると、例えば次のような課題があると考えられる。

  • 一方向的な講義に止まり、個々の教員のニーズに応じた実践的な内容に必ずしもなっておらず、教員の日常的教育改善の努力を促進・支援するものに至っていないこと

  • 教員相互の評価、授業参観など、ピアレビューの評価文化が未だ十分に根付いていないこと

  • 研究面に比して教育面の業績評価などが不十分であり、教育力向上のためのインセンティブが働きにくい仕組みになっていること

  • 教学経営のPDCAサイクルの中にFDの活動を位置づけ、教育理念の共有や見直しに生かしていく仕組みづくりと運用がなされていないこと

  • 大学教育センターなどFDの実施体制が脆弱であること(FDに関する専門的人材の不足、各学部の協力を得る上での困難、発達途上のFD担当者のネットワークなど)

  • 学協会による分野別の質保証の仕組みが未発達であり、分野別FDを展開する基盤が十分に形成されていないこと

  • 非常勤教員や実務家教員への依存度が高まる一方で、それらの教員の職能開発には十分目が向けられていないこと

  • こうした課題を抱える一方で、「大学全入」時代を迎え、学習意欲の低下や目的意識の希薄化といった学生の変化に直面し、個々の教員の力量向上のみならず、教員団による組織的な取組の強化が益々強く求められるようになってきている。先の調査でも、学長の多くはFDの必要性を認めており、その点で海外との温度差は無い。今必要なことは、制度化に止まらず、FDの実質化を.図っていくこと、そのための条件整備を国として進めていくことである。その際、FDを単なる授業改善のための研修と狭く解するのではなく、我が国の学士課程教育の改革が目指すもの、各大学が掲げる教育目標を実現することを目的とする、教員団の職能開発として幅広く捉えていくことが適当である。また、FDの実質化には、教員団の自主的・自律的な取組が不可欠であることに留意することが大切である。教員の個人的・集団的な日常的教育改善の努力を促進・支援し、多様なアプローチを組織的に進めていく必要がある。

教員の専門性の明確化と評価体制の確立


  • FDの目指すべき目標設定や教員の業績に対する評価を適切に行うという観点からすれば、大学教員に必要な「職能」や「教育力」の内容を明らかにしていくことも重要である。これまでも、海外では、国際機関、教員団体あるいは個々の大学が倫理綱領等の形態で、大学教員の役割・責務を明文化する取組が行われてきた。アメリカを中心に、教員の担う機能として「4つの学識」(発見、統合、応用、教育)があるという考え方も普及してきている。最近では、コンピテンシーの観点から、教員の教育力に関する枠組みを作成しようという動きも現れている。一方、我が国においては、私学団体等が教員の倫理綱領のモデルを提起したり、教育力の指針を提案したりする例はあるが、総じては、大学教員の公共的な役割・使命、専門性が必ずしも明確に認識されないままになっているきらいがある。ユニバーサル段階を迎え、大学の在りようが多様化し、「大学とは何か」が問われるのと同様、「大学教員とは何か」も自明ではなくなってきている。まずは、それぞれの大学あるいは大学間の協同で主体的な論議を行い、大学教員の専門性をめぐる共通理解をつくり、社会に宣明していくことが求められる。

  • 高度な専門職である大学教員について、共通して求められる専門性が存在する一方で、その多様な在り方も尊重されなければならない。大学が機能別に分化していく中、個々の教員についても、教育、研究、社会貢献、管理運営などに関して、当該大学において期待される役割の比重に相違が生じてくる。教員の業績評価に当たって、一律的な尺度によるのではなく、きめ細かな工夫が求められる。ただし、大学は、いかに機能別分化が進もうとも、第2節で触れたとおり、「教育」と「研究」との相乗効果が発揮されるような教育内容・方法を模索していく必要がある。このため、教員間の役割分担がなされるとしても、大学教育に携わる以上、各教員は、当該分野の先端の動向に接触し、専門的知見と知的誠実性を保持する努力を払う責務があると考える。

  • FDを実質化するためには、教育業績の評価を適切に行うことが不可欠である。教育業績の評価は、研究業績の評価に比して難しい面があり、諸外国でも様々な試行錯誤が行われている。我が国では、未だ普及の途上にあるが、ティーチング・ポートフォリオ(大学教員による教育業績記録ファイル)など、特定の指標によるのではなく、多面的な評価を導入・工夫していくことが必要である。また、学生による授業評価の結果は、業績評価の指標としての信頼性には課題もあるが、教員の自己評価やFDの活動に活かしていくことは重要であると考える。

大学院における大学教員養成機能の充実等


  • 生涯を通じた職能開発を考える上では、大学教員となって以降のFDの問題だけを対象とすることは適当でない。大学教員となる前の段階、大学院における大学教員の養成機能(いわばプレFD)の在り方を見直すことが必要である。各大学院において意図的・組織的にプレFDがなされなければ、ユニバーサル段階の大学教員となるべき備えはできない。

  • 平成17(2005)年の中央教育審議会答申「新時代の大学院教育」は、「大学院に求められる人材養成機能」として4つを掲げ、そのうちの一つに「確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成」を位置づけている。教育を担う者としての自覚や意識の涵養、教育方法等の学習がなされるよう、個々の大学において、あるいは大学間の連携によって、TAの活動等の充実をはじめ、組織的な取組の展開を図っていくことが求められる。こうした取組は、ポスドク段階のキャリア形成支援という観点からも重要となる。

  • なお、学校教育法の改正により、講座制や学科目制に関する規定が廃止され、教員組織の編制について各大学の裁量が拡大した。講座制等は、その弊害が指摘される一方で、職能開発の機能を事実上担ってきた面もある。講座制等を廃止する場合、十分に職能開発の機能が確保されるよう、適切な組織・体制の在り方を検討していくことも求められる。

職員の職能開発


  • 職員については、大学の管理運営に携わったり、教員の教育研究活動を支援したりするなどの重要な役割を担っている。職員の大学における位置づけ、教員との関係については、国公私立それぞれに状況の相違があるが、大学経営をめぐる課題が高度化・複雑化する中、職員の職能開発(スタッフ・ディベロップメント(SD))は益々重要となってきている。教員一人当たりの職員数が低下していく傾向にあること等も、個々の職員の質を高めていく必要性を一層大きなものとしている。職員の間でも、大学院での学習を含め、自己啓発の重要性への意識が高まり、学会や職能団体の発足など、職能開発の推進に向けた機運が醸成されつつある。

  • 高度化・複雑化する課題に対応していく職員として一般的に求められる資質・能力には、例えば、コミュニケーション能力、戦略的な企画能力やマネジメント能力、複数の業務領域での知見(総務、財務、人事、企画、教務、研究、社会連携、生涯学習など)、大学問題に関する基礎的な知識・理解などが挙げられる。その上で、新たな職員業務として需要が生じてきているものとしては、例えば、教育方法の改革の実践を支える人材(例えば、インストラクショナル・デザイナー、ファカルティ・ディベロッパーなど)、研究コーディネーター、学生生活支援ソーシャルワーカー、インスティテューショナル・リサーチャー(学生を含む大学の諸活動に関する調査データを収集・分析し、経営を支援する職員)などがある。国際交流を重視する大学であれば、留学生受入れ等に関する専門性のある職員も必要となろう。これらの業務には、学術的な経歴や素養が求められるものもあり、教員と職員という従来の区分にとらわれない組織体制の在り方を検討していくことも重要である。さらに、財務や教務などの伝統的な業務領域においても、期待される内容・水準は大きく変化しつつある。それぞれの大学において、新旧様々な業務について、職員に求められる能力とは何かを分析し、明確にしていくことが求められる。

  • 専門性を備えた職員、アドミニストレーターを養成していくためには、大学としてFDと同様、学内外でのSDの場や機会の充実に努めていくことが必要である。職員に求められる業務の高度化・複雑化に伴い、大学院等で専門的教育を受けた職員が相当程度存することが、職員と教員とが協働して実りある大学改革を実行をしていく上で必要条件になってくると言っても過言ではない。なお、教職員の協働関係の確立という観点からは、FD及びSDの場や機会について、両者を峻別する必要は無く、目的に応じて柔軟な取組をしていくことが望まれる。

  • 以上のようなことから、SDの推進に向けた環境整備について、FDと並ぶ重要な政策課題の一つとして位置づけるべき時機を迎えていると考える。また、我が国の大学をめぐっては、教育研究活動を支援する人材の量的な不足という問題があることにも留意する必要がある。職員の質・量それぞれの課題について適切な対応をしなければ、大学改革を推進していく上での隘路となる恐れがある。

大学間の協同の必要性


  • こうした教職員の職能開発に関する課題を乗り越え、実効ある取組を進めていくには、個々の大学の努力に期待するのみでは限界がある。FDやSDの取組が活発な海外の事例を見ると、拠点的組織やネットワーク、学会や職能団体など、個別大学の枠を超えた支援の体制や基盤が発達していることが伺える。特に、イギリスでは、教員の教育力向上を大学改革の重要な柱として位置づけ、国が積極的に関与・支援を行っている。

  • こうした事例を参照しながら、大学問の協同の体制づくりに向け、関係者が主体的努力を払うとともに、国としても、大学教育を振興する基盤整備の一環として、適切に関与していくことが求められる。その際、国立大学等の大学教育センター等における取組が各地域で進展しつつある中で、FD及びSDの大学間連携や支援に関する組織的な役割や貢献を果たし、ネットワークを広げていくことを期待したい。


去る4月11日付で文部科学省が配信したメルマガには、上記に関連した次のような記事が掲載されてありました。

編集後記


我が家の4月のカレンダーには城趾公園の桜の風景と、皆川盤水の句「満面にふくらんで来し朝桜」。今年は開花が早く、東京界隈は既に葉桜です。

3月末には京都・山形と続けて出張しましたが、かたや開花直前、かたや雪模様と、地域間の風土の違いを実感しました。

この出張の目的は、いずれもFD関係の行事への参加でした。

20年度からの「義務化」に当たって、各地でFDの機運が盛り上がっているようです。

あるセッションを覗くと、テーマは「高等教育センター若手教員の奮闘」でした。

様々な事例発表の後、コメント役の先生が、FDの推進を担う若手に対し、「あと10年の辛抱」と締め括っていました。経営者の意識改革、教員の世代交代などを待つならば「10年」ということのようです。

このたび、学士課程教育に関する大学分科会の中間報告について、パブリックコメントが開始されました。この報告書のポイントの一つは、「FDの実質化」です。

大学経営にあたられる方々が本報告を参照され、FDの企画・実施に生かしていただきたいと願います。

ただし、審議会の提言は金科玉条ではありません。

上記のコメント役の先生の言われたように、大学の風土に応じた「ローカライズ」が大切なのでしょう。FDの開花に向け、少しでも「辛抱」の時間を短くするよう、奮闘する先生方、大学を応援したいと思います。