2008年4月7日月曜日

骨抜きになった教育の未来

「教育振興基本計画」(答申案)

去る4月2日に開催された中央教育審議会教育振興基本計画特別部会において「教育振興基本計画」の「答申案」が示されました。
答申案本文:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo7/shiryo/08040303.htm

2月29日に示された「答申素案」については、既にこの日記でもご紹介したところ*1ですが、今回の「答申案」は、基本的には「答申素案」をベースにしつつも、十分満足のいく出来にはなっていないようです。

まずは今回の「答申案」の中心部分となる章「今後5年間に総合的かつ計画的に取り組むべき施策-特に重点的に取り組むべき事項」のうち、高等教育関係の主な部分をご紹介します。


キャリア教育・職業教育の推進と生涯を通じた学び直しの機会の提供の推進

○専門的職業人や実践的・創造的技術者の養成の推進

大学・短期大学、高等専門学校・専修学校等における実践的な職業教育を促す。特に、国際的に活躍できる高度専門職業人を養成するため、専門職大学院等の教育の高度化を促すとともに、各分野の評価団体の形成を促進する。
さらに、実践的・創造的な技術者を養成するため、高等専門学校の振興のための計画を策定し、その実現に向けた取組を行う。

○生涯を通じて大学等で学べる環境づくり

個人のキャリア形成や地域活動への参画等のため、生涯にわたる学習へのニーズに対応し、大学・短期大学、専修学校等における社会人等受入れに必要な環境の整備を促すとともに、大学等と産業界等との連携による取組への支援により、大学等における社会人受入を促す。



大学等の教育力の強化と質保証

○社会からの信頼に応え、求められる学習成果を確実に達成する学士課程教育等の実現

学士課程で身に付ける学習成果(「学士力」)の達成等を目指し、各大学等において教育内容・方法の改善を進めるともに、厳格な成績評価システムを導入するよう優れた取組を促す。
また、教員の教育力の向上のための実効ある取組を全大学等で展開していくよう優れた取組を促す。
さらに、大学等の設置認可や認証評価制度、情報公開を含めた包括的な教育の質保証の在り方について、中央教育審議会において検討し、必要な方策を講ずる。

○国公私を通じた大学間の連携による戦略的な取組の支援

全国各地域において、大学間の連携により、各大学等の教育研究資源を有効に活用し、地域貢献等を推進するための取組が充実したものとなるよう支援する。
また、国公私を通じ複数の大学等が学部・研究科等を共同で設置できる仕組みを平成20年度中に創設する。
あわせて、大学等が社会的要請の高い人材育成について地域や産業界と連携して行う優れた取組を支援する。



卓越した教育研究拠点の形成と大学等の国際化の推進

○世界最高水準の教育研究拠点の形成と大学院教育の振興

平成23年度までに、世界的に卓越した教育研究拠点の形成を目指し150拠点程度を重点的に支援する。
あわせて、すべての大学院において、大学院教育の組織的展開の強化を図り、国際通用性を確保し、高度な課題探求能力が育成されるよう、その優れた取組を支援する。
また、大学の教育研究水準の高度化を目指し、科学研究費補助金の拡充を目指すとともに施設・設備の整備や、国公私立大学を通じた共同教育研究拠点の整備を支援する。

○「留学生30万人計画」の策定・実施

大学等の国際化や国際競争力の強化、諸外国との相互理解の増進を図るため、2020年頃の実現を目途として「留学生30万人計画」を策定し、計画的に推進を図る。今後5年間においては、留学生の大幅な増加を目指す。


この「特に重点的に取り組むべき事項」は、「答申素案」では記載されていませんでしたが、この部分を読む限りにおいては、もっともなことが書かれてあり特に問題はありません。

しかし、このような多くの重要施策を確実に進めていくための「財政的裏付け」に関しては、今回の「答申案」は、関係者を落胆させただけのものとなりました。

特に、高等教育関係については、この日記*2でもご紹介したように、2月8日開催の中央教育審議会教育振興基本計画特別部会において、大学分科会を兼務する安西祐一郎慶應義塾長、郷通子お茶の水女子大学長、金子元久東京大学大学院教育学研究科長、木村孟独立行政法人大学評価・学位授与機構長の連名による意見書*3が提出されていただけに、今回の「答申案」の内容が、こういった有識者の意見を全く無視する形で取りまとめられ、「答申案」の前半に示された「目指すべき教育の姿」が単なる絵に描いた餅になってしまったことはとても残念でなりません。

特に、答申を締めくくる最後の重要な章である「施策の総合的かつ計画的な推進のために必要な事項」については、「答申素案」と「答申案」を見比べるだけでも次のような「やる気のなさ」が見えてきます。

まずは、最も重要と思われ多くの教育関係者が期待していた「教育に対する財政措置」については、「答申素案」では「現在検討中」として何も記載されていませんでしたが、「答申案」では、「教育に対する財政措置の効率的かつ効果的運用」という名称に変わり、まるで中央教育審議会の委員ではなく財務省の役人が書いたような月並みな内容になってしまっています。特に後段の部分は財政当局的意見です。


改正教育基本法第16条第4項には、国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない旨規定されている。我が国の教育に対する公財政支出は、全体のおよそ2割強を国が、8割弱を地方が占める構造となっており、我が国の教育の振興を図っていくためには、国と地方公共団体が、それぞれの役割を踏まえ、教育振興基本計画に掲げられた施策の推進について必要な財政上の措置を講じていく必要がある。

しかしながら、現在、国の財政状況は大変厳しい状況にあり、これまでの歳出改革等の改革努力を継続する必要がある。その際、限られた予算を最大限有効に活用する観点から、施策の選択と集中的実施、コスト縮減、効果的な実施に努める必要がある。

あわせて、我が国の教育の振興に当たっては地方公共団体の取組が不可欠である。各地方公共団体においても、その責任の自覚の下に、それぞれの実情を踏まえつつ、その地域における教育の振興に取り組まれるよう、強く期待したい。

さらに、企業や個人等からの寄附金、共同研究費等民間からの資金の活用について、各教育機関の自助努力を後押しするための税制上の措置の活用を含む環境整備等を進める必要がある。


国の財政危機を背景に教育費の負担を地方自治体や民間、個人に押し付けようとする無責任な財務省の腹のうちが見え見えの内容であり、中央教育審議会(あるいは文部科学省)の力のなさに、この国の将来がとても不安になりました。

このほかにも、「答申素案」ではわりと力強く明確に書かれてあった表現が「答申案」では形骸化している箇所が随所に見受けられます。

例えば、

○計画の実施に当たり国の果たすべき役割

政府は、関係府省間の緊密な連携を図りながら、計画に掲げられた施策を [着実に実施する必要] がある。

[その成果を見極めながら、効率的・効果的に実施する必要] に変更

○進捗状況の点検及び計画の見直し

教育振興基本計画を効果的かつ着実に実施するためには、定期的な点検とその結果のフィードバックが [必要] である。
このため関係府省には、毎年度、自らの施策の進捗状況について、 [適切な指標等も用いつつ] 点検を行うことが求められる。

教育振興基本計画を効果的かつ着実に実施するためには、 [事業量指標ではなく、成果指標による] 定期的な点検とその結果のフィードバックが [不可欠] である。
このため関係府省には、毎年度、自らの施策の進捗状況について、点検を行うことが求められる。 [その場合、十分な成果を上げることのできない施策については廃止するなどの対応も必要である。]

[中央教育審議会は、関係府省の行った施策の自主的な点検結果に基づき計画の進捗状況について点検を行った上で、必要に応じ、計画の見直しを含め、文部科学大臣に対して意見具申を行う。文部科学省は、具申された内容に基づき、必要に応じ、関係府省とも連携しつつ、所要の措置を講ずることが求められる。]

→ 全文削除

今回の教育振興基本計画は、政府が5年間に取り組むべき具体的方策について示すものであることから、策定から5年後を目途に見直しを行い、 [中央教育審議会の意見を聴いて、] 次期計画を策定する必要がある。

→ [中央教育審議会の意見を聴いて、] を削除



このように、今回示された「答申案」は、答申素案より大幅に後退したものであり、高等教育関係者はもとより国民の期待を大きく裏切る骨抜きの答申案と言わざるを得ないと思います。

まもなく答申が出されることになるのでしょうが、今後は理念よりも具体的施策とその確実な実行を願ってやみません。

参考までに、「答申案」についての報道の対応を見てみましょう。

教育投資額 明記せず 振興基本計画答申案を了承 委員からは批判も (2008年4月3日付毎日新聞)

今後5年間の教育の政策目標を定める「教育振興基本計画」について、中央教育審議会特別部会は2日、「確かな学力の保証」など9項目を今後重点的に取り組む分野とする答申案を了承した。教員増員や、教育投資などの数値目標は盛り込まず、委員からは「財務省の審議会の答申のようだ」と強い批判の声も出た。

基本計画は、改正教育基本法で政府に策定が義務付けられた。初めての計画となる今回、具体的施策としては、道徳の教材の国庫補助制度創設▽大地震で倒壊の恐れのある小中学校1万棟の耐震化支援▽幼稚園、保育園の機能を一元化した認定こども園の認定2千件以上-などが示された。福田康夫首相が掲げる「留学生30万人計画」は2020年ごろの実現を目指す。

昨年2月に始まった特別部会は当初、35人学級実現に必要な教員の増員数の試算が提示されるなど、教育予算拡充を目指した。しかし最終的には、財務省など関係省庁の了承を得られたものだけが、答申案にも盛り込まれた。教育投資については「メリハリをつけながら、真に必要な投資を行う」などの表現にとどまった。

これに対し、委員の片山善博・前鳥取県知事は「役人の密室協議で日本の教育が決まってしまう。闇で力を持った人が言うことを聞かせるのはいじめと同じ」と痛烈に批判した。しかし、ほかに目立った反論はなく、答申案は、さらに政府内調整を進めたうえで、4月中旬の中教審総会に提示される見通し。


教育予算額の記載なく、不満も 中教審部会(2008年4月2日付産経新聞)

中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の特別部会は2日、校舎耐震化1万棟、認定こども園2000園の数値目標や道徳教材の国庫補助制度などを内容とする教育振興基本計画の答申案を了承した。教員の定数増や教育予算について具体的記載がなく、一部委員から「財政当局への配慮だ」と不満が出た。

答申案では、今後5年間に(1)社会全体で教育向上(2)社会の一員としての育成(3)知性豊かな人間育成(4)教育環境整備-に取り組むとした。

施策として、家庭・地域・企業との連携強化や生涯学習・スポーツの推進、高等教育の充実などを掲げたが、多くはこれまで教育再生会議などで示された内容。数値目標は、(1)平成32年ごろまでに留学生30万人(2)博士課程在学者の約2割に生活費相当額支給-などにとどまった。

教員定数、教育予算などは「必要な措置をする」との表現にとどまり、数値の提示はなかった。

これについて片山善博委員(慶大教授、前鳥取県知事)は「事前に行われた省庁間のやりとりを明らかにしてほしい」と述べ、財政当局に配慮し、教育予算が確保されていないと非難した。

教育振興基本計画は改正教育基本法で策定が定められ、中教審が昨年2月から審議を続けてきた。4月中にも閣議決定される。