2008年11月16日日曜日

やる気を引き出す職場と人材育成

書店に行くとこのようなタイトルの付いた本が所狭しと積み上がったコーナーを目にします。民間企業、お役所など多くの職場で社員や職員がどれだけやる気をもって仕事に取り組めるかが、組織や個人が求めるそれぞれの成果を最大限引き出すための重要な「鍵」になっているのではないかと思います。

前回ご紹介した、愛媛大学経営情報分析室の秦 敬治氏のお話の中にも、「教職協働」を進めるための大学の組織づくりに必要なこととして、ドラッカーの言葉「現代の組織は上司と部下の関係ではない。それはチームである」を引用した上で、1)教職員の強みを引き出せるような組織や制度を作ること、2)教職員を同じ立場で仕事させる機会を作り出すこと、3)重要ポストにおける教職員の割合を検討すること、4)職員が「極めるため」のサポートを惜しまないこと、が述べられています。

これは、主に「教員と職員との関係」に視点を置いたものだと思いますが、私は、「上司と部下との関係」つまりは、「学長、役員、幹部職員という大学の経営に最も責任を有する者が真剣に考え実行しなければならないこと」としても十分当てはまることではないかと思います。

大学の中には、「仕事ができない、しない、させない」管理職、上司という位置にあぐらをかき、自分の保身だけを大事にして仕事をするような人間として尊敬できない管理職が思いのほかたくさんいらっしゃるような気がします。残念ながら、若手のモチベーションや未完の能力を開発し向上させるために、本気になって汗をかくような管理職はごくごくわずかなような気がします。

こういった現状をいち早く打開しなければ、「やる気を引き出す職場」にはなりえないし、効果的な「職能開発」は不可能です。

今回は、桜美林大学大学院国際学研究科大学アドミニストレーション専攻田中 修さんが書かれた「事務職員のやる気を引き出す職場の見直し-共通理解に裏付けられたアイデンティティある事務組織-」(2008年1月、修士論文要旨)(抜粋)をご紹介したいと思います。


この益々競争が激化する環境下で、高等教育機関としての大学がこの趨勢に対応していくためにはどういった改革を進めていけばいいのだろうか。その重要課題が「事務職員のやる気を引き出す職場の見直し」である。共通理解に裏付けられたアイデンティティある事務組織体制のなかで、法人の経営方針、大学のミッション(教育目標・方針)を深く理解し、やる気を持って職務に励む者といえるであろう。具体的には、人間性ある行動で常に改革モチベーションを持ち、大学アドミニストレーター及びプロフェショナル職員としてのスタッフ業務では水平思考的発想プラス創造力構成の企画ができること、一方、これまでの専任職員が担っていたライン業務でもプロフェショナル職員として積極的且っ効率よく職務を全うするという意志を持つこと、そして仕事への意識をもち“覚悟をもって働く"という理念を深く理解し得る人材である。その結果、学外関係者(学生・保護者、地域住民等)には好印象を与えることができ、学内関係者(主として教職員)に対して、極めて円満な人間関係を保つ人材であり、この人材が大学における「職員理想像」であり、競争原理が避けられない大学経営戦略面にとって、この人材育成は避けられないといえるであろう。

大学において、この「職員理想像」を創作していくには職場内にどういった措置をすればいいのか。検証・分析の結果、現時点で3つの施策が必要不可欠との視点に達した。第1の施策は“事務職場内の「不平等感」の撤廃"、第2の施策は“その職場内で納得しえる「人事制度」の設定"である。この第1・2については「人事改革制度」(以下、「人事考課」と記載)として、「勤務評価」及び「能力主義・成果主義(以下、「成果主義」と記載)」の評価システムを既に導入している大学(2004年私立大学:10.8%)、今後導入を検討している大学もかなりある(同:18.5%)。その反面、反対意見があり、取り組んでいない大学もある(同:17.5%)。その主たる理由は一言でいえば人事考課の基本的カテゴリーである人間をどう評価するか。「人間の行動評価」は数量・軽量化できない故、評価される側が適確に納得できないからである。この「行動科学」の視点から容易に分析できれば問題は無い。しかしながら、「人間の行動」は複雑怪奇で、どう判断・分析し精査すればいいのだろうか。多分、多くの人達は所謂心理学を学んだ経験豊かな専門家でなければ適正に判定できないと思われるであろう。しかし、今後、一先ず、職場間に「不平等感」をなくし、職員個人の「やる気」を引き出す人事考課施策のベストは何か。それが課題であり、人事制度カテゴリーの中で、時代の流れから「成果主義」に論点を当てて検証した結果、3ポイント<1)公正な判断基準の構築として、終身雇用と成果主義を融合する日本型年功制度に立ち返るべき。2)何度もやり直しが効くという敗者復活のスキルアップ、且つ長期間支援していく仕組み。3)評価する側と評価される側がお互いに納得できる関係の構築、換言すればコミュニケーションを核とした制度設計。>の最重要課題に達した。

第3施策は“事務研修で「働き方の基本理念」の浸透"であり、模索した結果、学者の見解及び企業経営トップ経験者の意見を最重視した。この働き方の基本理念とは競争原理が避けられない状況下では“覚悟をもって働く"という以外には考えられない。そして、“覚悟をもって働く"とは“仕事への熱意"と受け止めるべきであるとともに、どういった理念なのかを模索した結果、2つの理念<1)「矛盾の中で働く覚悟」、2)「負の経験から働く覚悟」>にたどり着き、「職員研修」で徹底・浸透していくべきである。この働き方により大学のミッション、建学精神、帰属意識が深まり、「職員理想像」のもとで、大学本来のあるべき姿としての存在価値ある「共通理解に裏付けられたアイデンティティある事務組織」に帰還することは確実であろう。

なお、補足として、第1・2の人事考課の施策について、経営面からだけで判断すべきでないとの見解を持った。我が国においては、高等教育機関としての大学が設立されて以来、国の施策もあって「大学は倒産しない」というのが常識風土であり、所謂「放漫経営」であった。しかし、1991年に大学設置基準の改正が、2004年度に国立大学が独立行政法人化されたことから、この常識風土が崩れてしまい、競争原理がすすむ中で、今後の大学における職員の人事政策は旧態依然の体質を改善し、事務組織、人事制度も改革しなければならなくなった。その手法が「人事考課」を導入すべき、少なくとも「勤務評価」は行うべき、できれば「成果主義プラスコンピテンシー」を実施すべきであるとの結論に至った。しかし、この成果開発が、経営戦略の面での成果配分(=人件費の削減・圧縮)のための見直しという意識を持ってもいいが、評価される対象者に対して前面的に押しすすめるべきではない。その理由は、この人件費削除を前面に出すと、圧力・強制力が高まることにより、職員に所謂ストレスが溜まり、帰属意識が低下し、職員の改革には繋がらないからである(「うつ病」が増えてきている実態から)。2005年1月の中教審の「我が国の高等教育の将来像」の答申で、「21世紀は「知識基盤社会」の時代であり、大学の高等教育は個人の人格形成上も国家戦略上も極めて重要」と述べている。世界経済が情報化・グローバル化で日本経済も変容していく環境下で、知識基盤社会では専門知識の高い人材育成が不可欠であり、職場内にこの人間形成教育も行うべきである。この理由から、大学の環境において、職員への業務評価は単なる経営戦略面からの視点で実施すべきでなく、焦燥の念を深めない“人間形成"の人材育成を最重要視すべきである。その環境下でしか、職員のacademismからadministrationへという大学行政総合管理職員創造のための職員事務システムが形成されないであろう。