2012年10月31日水曜日

生き残りをかけた改革の加速を

立命館アジア太平洋大学副学長・大学マネジメント研究会会長の本間政雄さんが書かれた論考「大学改革実行プランの帰趨にかかわらず改革必須の情勢の認識を」(Betwee 2012年10-11月号)をご紹介します。(下線は拙者)


なぜ今、唐突に「大学改革実行プラン」か

文部科学省の政策は、中央教育審議会を中心にさまざまな角度から議論され、大臣に提出された答申をベースとして形成される。文科省は答申を、政(与野党政務調査会、議連など)、官(予算を握る財務省、交付税を握る総務省)、関連団体(国立大学協会、日本私立大学連盟など)との調整・協議を経て、逐次法令化、予算化する。教育課程のあり方などの「重い」課題は国民的な合意が得られないとなかなか実行できないので、時間はかかるが、このプロセスは合理的である。

一方、短期的な、あるいは緊急性の高い課題は、このプロセスを経ず、文科省内部での議論だけで、あるいはせいぜい「調査協力者会議」等の専門家会議から、短期間で結論を得る。

6月4日に国家戦略会議に報告された「大学改革実行プラン」(以下、「プラン」)は、上記からすると異例である。プランには、中教審で議論されてきた政策だけでなく、国立大学の「ミッションの再定義」に基づく「国立大学改革プラン」の策定、大学の教育力などを測る「客観的評価指標の開発」といった重要施策も列記されている。にもかかわらず、2か月足らずの間に省内の課長級のワーキンググループでまとめられた。水面下で国大協と事前に調整した形跡はない。

こうしたプロセスは異例ではあるが、初めてではない。2001年6月に、文科省は「大学(国立大学)の構造改革の方針(遠山プラン)」を公表した。これは、①大胆な再編・統合による国立大学の数の大幅な削減、②国立大学の法人化、③競争原理の導入による国公私トップ30大学の形成という3つの政策を柱とし、既定路線の②は別として、①③は唐突に発表された。

今回のプランと「構造改革プラン」には共通点がある。いずれも、(国立)大学のあり方に対する強烈な不満が政官財界にあり、中教審を通じた緩慢かつ微温湯的な改革に不信・不満を募らせていたことが背景にある。破綻寸前の国家財政に危機感を募らせる財務省は、大学の削減によって毎年1兆1000億円を超える国立大学への交付金や3000億円超の私立大学への補助金の削減を企図しているし、グローバル化が急速に進行する産業界は、グローバルな人材の育成が進まない大学に苛立ちを強め、学長の権限強化などのガバナンス改革を求めている

国立大学の法人化は、産学連携による大学発ベンチャーの育成を進めていた通産省(当時)が仕掛けたと巷間ささやかれているが、今回のプランは財務省がシナリオを描いているのはほぼ確実である。消費税増税に見られるように財務省の政治力は侮り難く、与野党、財界に万遍なく根回しを行ったうえで、首相が議長を務める国家戦略会議で文科省に強烈な圧力をかけたのである。わずか2か月でプランをまとめざるを得なかったのは、文科省が追いつめられていた証左であろう。

ねらいは、再編・統合と共通指標での「実力」評価

プランは、20~30年後の日本の将来像と求められる人材像をふまえ、大学改革の方向性として、①大学機能の再構築、②大学ガバナンスの充実・強化の2つを挙げ、具体的には、①で大学教育の質的転換と入試改革、グローバル人材育成、地域再生の核としてのセ ン タ ー・オブ・コ ミ ュ ニ テ ィ(COC)構築、研究力強化、②で国立大学改革、改革を促すシステム・基盤整備、メリハリある資金配分、大学の質保証の徹底推進という計8つの政策領域を提示。各領域で具体的な方策が2~4ずつ列挙されている。2012年度を改革始動期、13、14年度を改革集中実行期、15~17年度を改革検証・深化発展期と位置付けて、6年間でPDCAサイクルを回すとしている。

ここでは、多岐にわたる改革方策をいちいち紹介する紙幅もないので、インパクトが大きいと考えられる3つに絞って、ねらいを考えてみたい。

まず、国立大学改革である。プランは、全国立大学・学部の「ミッションを再定義」し、2013年度から「大学・学部の枠を越えた再編成等」、すなわち「リサーチ・ユニバーシティ」群の強化や機能別・地域別の大学群の形成に進むとしている。このために、「1法人複数大学」や国公私立大学等の共同による「教養教育実践センター」等の教育研究組織を可能にする制度的枠組みを整備するとしている。

「再定義」が 何を意味するかは、個々の大学に即して考えてみればわかりやすい。プランでは、2012年度中にまず教員養成、医学、工学の3分野で「再定義」を行い、存在意義を「見える化」するとしている。

少子高齢化が進む中で教員養成大学・学部の存在意義を問い直せば、縮小・統合再編という方向性が明確にならざるを得ないし、教員養成コースの縮小によって余剰となった教員を集めてつくった「ゼロ免課程」の存在意義には大きな疑問符がつくだろう。明確な人材ニーズに基づく構想・設置ではなく、まず教員がいて、その専門分野で可能な教育・研究組織を考えるという全く転倒した論理でできあがったからだ。例えるなら、原子力工学の技術者がいるから原子力発電所が必要と言うようなものだ。

工学といえば、室蘭工業大学(鉄鋼、造船)、京都工芸繊維大学(工芸、織物)など、地元の産業と密接に結び付いて設立された大学は、その産業が衰退した現在、ミッションはどのように再定義されるのか。当初、国立大学自身が再定義するとしていたが、「既存のすべての機能が必要」という結論になることを見越し、文科省自らが再定義に乗り出すと聞く。中途半端に終わった「構造改革プラン」による再編・統合の第二幕になるか、国立大学はかたずをのんで見守っている。

第二に注目すべきは、「大学ポートレート」による情報公表の徹底と大学の教育力などを客観的に評価する指標の開発である。従来、高校生の大学選択の基準は、偏差値、立地、授業料、「ブランド」であり、教育・研究機関としての「実力」を示すデータが公表されることはまずなかった。企業も、「大学教育に関心はない」と公言し、銘柄大学の学生かどうかや「人間性」といった曖昧な基準で採用してきた。

プランでは、大学の教育力、研究力、地域貢献、国際性に関する特徴を明らかにするため、比較可能な指標を開発し、公表を促すとしている。ねらいは、共通の指標に基づく大学の「実力」の公表により、根拠が曖昧だった従来の指標での社会的評価を覆し、教育で実績を挙げている大学・学部が高校生や企業から正当に評価され、選ばれるようにすることであろう。

第三は、実績に基づく資金の重点配分であり、国立大学には「潜在力のある大学に対し、エビデンスに基づいて重点的支援を行い」、私立大学には、成長分野の人材育成、国際化、社会人受け入れに取り組む大学と、大学情報を積極的に発信したり「先進的ガバナンス」改革を行ったりする大学への特別補助の充実を図るとしている。これらは「メリハリある資金配分」によって改革を促す施策であるが、支援の基準として「潜在力」や「先進的ガバナンス改革」が入った点が注目される。

経営効率化こそが再編・統合の真の課題

果たして、プランは実行されるのだろうか? 答えはイエス&ノーである。これまでも中教審のそ上にあった「大学ポートレートの公表」「客観的評価指標の開発・活用」、GPや特別補助など、実績のある政策の延長線上のものは着実に実施されるだろう。

他方で、紆余曲折が予想されるのは国立大学の「ミッションの再定義」の先にある再編・統合である。「1法人複数大学」方式は、既に統合した大学で実質的に採用済みと言っても良く、比較的容易に実現しそうだ。問題は、「規模のメリットを生かした経営の効率化と重点分野の強化」が図れるかどうかである。統合大学では、距離的な障害もあって経営の効率化は進まず、教育研究組織の融合による重点分野の強化も形だけの場合が多い。

九州大学、長崎大学、鹿児島大学などの統合による大九州大学構想があるやに聞くが、重複する工学部、法学部、水産学部などはどこかに集約という話になり、議論が起こるであろう。

「国立大学は多すぎる」とする財務省や、行政の無駄排除を掲げる民主党が構造改革プランのときのような見せかけの再編・統合で黙っているとは思えない。プランの帰趨にかかわらず、各大学はそこで投げかけられた課題を正面から捉え、生き残りをかけて改革を加速しなければならない。


インデックス・コミュニケーションズ
発売日:2008-04-05