◇
実質化のための4つのポイント
中長期的な観点から計画を策定する私立大学は増えているが、単に策定するだけで改革推進に効果があるわけではない。計画や政策を立案するだけでなく、それが浸透し、教職員の行動に結び付いてこそ、効果を上げていることがわかってきた。このように将来計画を「実質化」するには、何に注意を払うべきか。ポイントを挙げる。
①自学の状況を把握する
自学の実態を知るために分析している情報を、図表3(略)に示した。受験生推移や志願者動向、授業評価、就職状況、財務分析、学生満足度などの基本情報は多くの大学で分析されている。しかし、「地元の高校生のニーズ」(32%)、「卒業生を採用する企業の意見」(37%)など、ステークホルダーのニーズと自学の現状の関係は、十分な分析を行っていない大学も多い。大学に対する厳しい意見も含めて実態を把握して、その乖離を埋めるための情報を集め、生かすことが重要だ。
また、「学生の学習実態調査」(40%)もそれほど高くないが、学生の満足度や就職状況等との関連性を含めて分析することも有効だと考えられる。大学では自己点検評価や認証評価など、さまざまな情報収集・評価活動が行われているが、こうした価値ある情報を有機的に結び付けておらず、したがって十分に活用できていないケースも多いのではないか。学内に眠っている貴重な情報の収集・活用はトップのイニシアチブによって進める必要があるだろう。
②財政計画と結び付ける
図表4(略)には、将来計画を策定するうえで重視する点をまとめた。67%の大学が計画の財政的裏付けや見通しを「とても重視」と回答しているとおり、財政計画と結び付けることが重要である。私高研の調査(2009年)では、中長期計画が財政計画と関連している大学(101校)の帰属収支差額比率は8.3%、そうでない大学(57校)は-1.9%で、財政と結び付いた計画が収支の健全さにつながっていることが明らかになっている。なお、この結果は大学の規模などの諸条件による影響を除外して分析しても同様であった。
私高研の最新調査では、財政状態が悪い大学ほど、「全学のあらゆる課題を盛り込む」ことを重視する傾向が見られるが、優先課題を絞り込み、計画を学内資源の適切な配分につなげることが一部の大学では重要であろう。
③単年度計画に反映する
将来計画の具体性を確保するために、単年度計画に反映することも重要だ。実際に、78%の大学がこれを行っている。
さらに、将来計画では「いつまでにやるのかのスケジュールを明確にすること」や、「毎年、計画の進捗状況を評価、確認すること」が重要であるが、前者は66%、後者は60%の大学しか行っていない。単年度計画に反映しても将来計画の進捗状況が思わしくない大学は、このあたりを再確認することが必要だろう。
④構成員が課題を共有する
計画を実際に行動に移し、改革を推進していく主体は、経営陣ではなく、学内の構成員である。将来計画は、教職員の間で課題を共有・浸透させるための手段として考えることもできる。将来計画の浸透状況は、経営陣の間では56%の大学が「十分に浸透している」と答えているが、全構成員についてはわずか8%に過ぎず、きわめて多くの大学が構成員への浸透に課題を残している。
構成員の間に浸透している大学ほど、将来計画の策定効果を強く実感しており、定員充足率や中退率は、ほかの諸条件による影響を除外して分析した結果でも、望ましい状況にある。
では、構成員との課題共有を進めるためにはどうしたらよいのか。66%の大学が行っているが、数値目標を掲げることも効果的である。大学の現状や課題をわかりやすい指標で示すことが構成員の周知に役立っているようだ。
数値目標を掲げている大学のみに対象とする項目を尋ねたところ、定員充足率(77%)や財務指標(76%)を掲げるケースが多く、これらに比べると就職率(52%)、中退率(35%)、学生満足度(16%)はそれほど多くない。その大学にとって重要な項目を厳選することが重要で、やみくもに多くの項目に数値目標を掲げても構成員の頭に残らないだろう。
計画策定の過程で、「情報を公開し、意見等を受け付ける仕組み」も、課題の浸透・共有を進めるうえで有効だ。22%しか実行されていないが、これらの大学における全構成員への将来計画の浸透は、18%が「十分」、76%が「ある程度」という状況だ。なお一般的には、小規模大学ほど大学の課題は共有しやすく、浸透が進んでいると考えられるが、実際には、どの調査データを用いて分析してもこのような傾向は見られない。つまり、規模に関係なく、大学の努力いかんによって浸透度は変わり得るということだ。
当時者意識の醸成を
将来計画の策定は、すでに一般的になりつつあるが、重要なのは、このプロセスを通じて学生募集の安定化と教育力の向上を図ることである。そのためには、計画がその大学の現状や課題に合っているかという内容の適切性や実現性が重要であることは、言うまでもない。これに加え、個々の教職員の意識と行動をいかに大学の改革へと向かわせるかが成否を分ける。将来計画の策定によって、めざすべき方向性の決定と共有、構成員の間での当事者意識の醸成こそが、まずは重要である。
最終的には、教育力向上のために教職員が同じ方向をめざして行動することが当然とされ、個々の構成員の成長が重視される組織風土の形成こそが、改革の実現に結び付くのではないか。