平成29年(2017年)6月1日
日 本 学 術 会 議
第一部
人文・社会科学の役割とその振興に関する分科会
要 旨
1 本提言の背景-人文・社会科学から見える学術の危機
国立大学法人に対する平成27年(2015年)6月8日の文部科学大臣通知(以下、「6.8通知」)を受け、日本学術会議は二度にわたって幹事会声明を公表した。これらの二つの幹事会声明を継承し、かつ日本学術会議がこれまでに発出した原則や指針とも関連させながら、本提言では、日本の学術が直面する諸状況、解決すべき喫緊の課題を整理し、学術振興のために人文・社会科学が果たすべき役割と課題を検討した。
人文・社会科学には、時間と空間の視座を組み合わせ、多様なアプローチを駆使して諸価値を批判的に検証するという特質がある。学術の発展のためには、取り分け中長期的な社会的要請に応えるためには、人文・社会科学のこの特質を活かすことが欠かせない。人文・社会科学と自然科学の双方が協働して学術の危機を克服し、人類が直面する諸問題の解決に当たらなければならない。
2 本提言の位置づけ-2001年声明と2010年提言の継承と発展
平成23年(2011年)の東日本大震災と福島第-原発事故は、科学・技術のコントロールには学術の総合的考察が不可欠であることを再認識させた。この年に始まった日本学術会議第22期(平成23年10月~平成26年9月)は、福島第一原発事故がもたらした深刻な諸問題の解決と復興課題に組織をあげて取り組んだ。この経験を踏まえ、本提言は、21世紀に入って日本学術会議が発出した二つの意思(声明および提言)「21 世紀における人文・社会科学の役割とその重要性」[2001 年声明]及び「日本の展望-人文・社会科学からの提言」[2010 年提言]を継承・発展させつつ、改めて人文・社会科学が果たすべき役割と課題を論じ、その実現のための要点を五つにまとめた。
3 学術の総合的発展のために-人文・社会科学からの提言
人文・社会科学は教育・研究における自己改革をいっそう進めるとともに、学術の総合的発展を目指して、人文・社会科学の立場から以下の5点を提言する。
(1)教育の質向上と若者の未来を見据えて高等教育政策の改善を進める
人文・社会科学系のこれまでの教育改革は教養教育改革とセットになって進められることが多く、その成果は、学生主導型授業の導入や留学を基軸にした総合的英語教育の実施など、教育GPでの人文・社会科学系プログラムにも反映されている。こうした実績を踏まえた教育改革には、以下の課題解決が必須である。グローバル化に対応するために英語による授業を増やすとともに多言語教育や多文化教育を充実させること、各分野の「参照基準」を具体的に実践し、論理的・批判的思考力・表現力などの「市民」として求められる基礎的能力を理系教育にも高校教育にも取り込むことができるよう協力すること、国際的水準にあわせて教員の再教育を進めること、私立大学人文・社会系学生への奨学金制度を充実させること、である。
(2)研究の質向上の視点から評価指標を再構築する
人文・社会科学領域での研究の質向上を図るには、研究の多様性、文献への依存度の高さ、成果の公表方法、「スロー・サイエンス性」といった人文・社会科学の特性を考慮した評価方法や資金配分が策定されるべきである。そのためには、人文・社会科学の側でも、研究成果の公開・共有・可視性の向上を図り、分野の特性に応じた評価指標を確立させるべく努力しなければならない。
(3)大学予算と研究資金のあり方を見直す
1990 年代半ば以降、日本の高等教育政策は、基盤的経費から競争的資金へと研究資金の比重を移してきた。「期間限定の研究プロジェクトへの支援」という性格が強い競争的資金では、中長期にわたる教育・研究基盤の脆弱化を防ぐことはできない。中長期的なスパンで研究成果を捉えることが多い人文・社会科学を発展させ、その特質を活かすためには、安定的経費が不可欠である。また、変化の激しい現代世界に対応するには、人文・社会科学においても、たとえば、データベースの構築、資料電子化の基盤整備、共同利用体制の計画的推進など、中長期的な視野に立つ「大型」経費が必要である。一方、安定的経費の削減は、とりわけ地方国立大学に深刻な打撃を与えている。地方における文化継承・社会問題分析の専門家集団として、地方国立大学の人文・社会科学系学部・学科が果たしてきた役割や将来の可能性に十分配慮した人員配置と予算措置を国が講じることが望まれる。
(4)若手研究者と女性研究者の支援を本格化させる
常勤ポストの任期付ポストへの転換、及び非常勤ポストの削減は、若手研究者を脅かす深刻な問題となっている。低賃金の非常勤講師に依存する大学経営のあり方を自明視せず、克服すべき構造的問題ととらえて、常勤ポストの確保や非常勤講師の待遇改善に努める必要がある。人文・社会科学系における女性研究者比率は、自然科学系に比べると高い。その結果として、女性研究者に対する支援は自然科学系に偏りがちであり、人文・社会科学系の女性研究者が直面している問題が見えづらくなっている。今後は、全体的・包括的な女性研究者支援策を一層強化するべきであり、とりわけ、職階格差の解消と学協会役員の女性比率の上昇を図らねばならない。
(5)総合的学術政策の構築をはかる
日本では、人文・社会科学を含む学術全体を視野に入れた国の総合的政策は存在しない。しかし、21世紀社会では「科学技術基本法に基づく科学技術の推進」ではおさまりきらない多くの問題が発生し、それらを議論する必要があることは明らかである。人文・社会科学の振興は、学術全体の総合的かつ調和的な発展を展望して政策化されるべきである。今後、日本における学術の現状と課題を事実に基づいて解明し、広く国民と共有するために、人文・社会科学と自然科学を含め、学術の全領域に渡る「学術白書(仮称)」の作成が必要である。それとともに、日本学術会議を中心として「学術基本法(仮称)」の制定などに向けた検討を進めることが望ましいと考える。