2007年12月13日木曜日

大学職員の能力開発(2)

前回は、法人化前の国立大学における大学職員の能力開発に関わる課題と法人化後の展望について、筑波大学大学研究センター長(現広島大学高等教育研究開発センター長)の山本眞一氏が書かれたコラムをご紹介しました。

法人化後4年目を迎えている現在、果たして山本氏の展望は現実のものとなっているのでしょうか。

ちょっと乱暴かもしれませんが、法人化後の国立大学職員の能力開発の状況について書かれたレポート*1により検証してみたいと思います。


事務部門の問題は、組織の問題である以上に職員の能力開発の問題である。

これまで、事務局の運営も、職員の採用から研修、移動、昇進にいたる人事も、全ては文部科学省と各大学の事務局長の責任であり、教授会は言うまでもなく、学長や評議会もそれに直接かかわることはなかった。

事務部門の管理運営の権限が、人事権を含めて全面的に学長と役員会の手に移ったのは、法人化がもたらした、まさに革命的な変化のひとつなのである。そして、初めてその実態に触れた学長たちの、事務部門と職員に向けられた目には厳しいものがある。

  • 法人化に伴い、事務部門の専門性が強く求められるようになった。しかし従来はゼネラリスト指向の人事政策であったため、対応しきれていないのが現状である。今後できるだけ早い時期に、大学運営のプロを育成することが求められている。

  • 法人化後、直面した新たな課題に対応していくためには、事務部門の縦割り構造や、これまでの業務のやり方に拘泥するような意識では対応していくことが困難。管理職からの意識改革が必要

  • 事務職員の専門職能化、資質向上があまり進んでいない。

  • 法人化前後で、あまり意識の変化、業務内容の変化がない。

  • 公務員体質がなお持続している。

  • 企画・実施能力及び迅速さは、課題と感じている。

  • 一部職員の公務員意識の残存、交流人事の弊害、情報の非共有

  • 法人化後も意識改革ができず、相変わらず前例主義・事なかれ主義・指示待ち型の、一部の事務系管理職員をどう教育するのかが、目下の大きな悩みでありテーマ

しかし同時にそれが、職員の資質能力を高め、事務部門の強化を図り、職員をイコール・パートナーとしていくことなしに、効率的で円滑な大学経営は望みがたいという、学長たちの認識の反映でもあることを見落としてはなるまい。

人事担当の理事の現状認識は、さらに厳しい。担当理事を対象にした調査の結果によれば、法律・法規関係(65%)、組織・管理関係(57%)、人事・労務関係(55%)、財務・会計関係(50%)、施設・設備関係(37%)と、施設・設備関係を除く全ての業務分野で、職員の「能力不足」が指摘されている(括弧内の数字は「能力が不足している」と答えた理事の比率)。

特に法律・法規関係で不足を指摘する理事は、3分の2に近い。施設・設備関係は別として、それ以外のどの業務分野についても、「能力・人数ともに十分」と答えた理事は2割に満たず、法律・法規関係ではわずかに5%にすぎない。

また、期待される能力を持った職員がどれほどいるかを尋ねた結果でも、「能力・人数とも十分」と答えた理事は数パーセントにとどまり、能力の不足を指摘する理事が、外国語処理能力(74%)、企画立案能力(71%)、対外折衝能力(70%)、情報処理能力(62%)と、どの能力についても7割前後に達している。

さらに言えば能力だけでなく、「能力・人数ともに不足」とする理事も、各分野とも5割前後に上っており、法人化後の国立大学法人がいかに、事務部門の専門人材の不足をかこち、理事たちが危機感を抱いているかをうかがわせる。

その強い危機感からか、どのような分野の専門家・スペシャリストを養成したいと思うかを尋ねた。自由記述方式の質問に対して72大学の理事が回答を寄せている。

大多数の理事が複数以上の業務分野を挙げており、その内容は企画・法規・法務・人事・労務管理・会計・財務・広報・国際交流・知財管理・資産管理・危機管理・安全衛生・就職・市場調査など、驚くほど多岐に渡っている。

しかし、法人化2年後の現状では、実際の職員の採用や研修システムが、そうした危機感を適切に反映したものになっているとは言い難い。

法人化前に比べて、例えば、職員採用の方針が変わったと答えた理事は半数強(57%)に過ぎず、専門能力を重視して採用していると答えた理事も2割にとどまっている。

採用方針の変化があった大学で、その変更の具体的な内容として最も多くあげられているのは「専門性」の重視だが、それが現実に最重要の採用方針とされるようになるのは、まだ先の話と見なければなるまい。

現在いる職員の研修についても、8割近い大学が、職員の研修計画を持ち、そのほとんどが、中期計画等の経営戦略の中に、その研修計画を位置づけていると答えている。

しかし、具体的な能力開発への取組みの内容を見れば、現在実施されているのはもっぱら「自己啓発の奨励・支援」「学内研修の強化」「諸機関のセミナー等の利用」などであり、「通信教育等の利用」を除いて、大学・大学院・専門学校等、学外の教育機関の体系的な教育プログラムを活用しようという動きはまだ、極めて弱い。

しかし同時に、職員の能力開発に強い意欲を示す大学が現れ始めたことも、指摘しておくべきだろう。

職員の意識改革が、教員に比べて遅れているというのが、大方の学長の評価だったが、人事担当理事の目から見ても、法人化を機に職員の仕事への意欲が「高くなった」と答えた理事はわずかに4%、「やや高くなった」を加えても4割にすぎない。

こうした現実に対する強い危機感から、一層の意欲向上策をとっている大学が51%、これからとる予定の大学が34%あるが、その向上策の具体的内容を見ていくと、22の大学で研修の強化が挙げられていることがわかる。

  • 自己啓発の研修のための職務専念義務の免除制度の開始。職員調書に将来のキャリアプランを記述

  • 自己啓発への情報提供、経費援助、勤務時間の配慮などを検討

  • 自発的な計画に基づき海外の機関へ派遣し、調査活動を行う研修を実施

  • 職務に関連した自主研修(大学、大学院、通信教育等)に係る支援(授業料の一部負担)、職務に関連した資格取得に対する支援(受験料、受講料の負担)

  • 専門性の高い職員を養成するため、仕事に関連する授業を無料で受講できるようにした。

ただ、こうした職員の能力開発の積極的な試みを進めている大学の数はまだ限られているだけでなく、人的資源の相対的に豊かな大規模・研究大学や、理工系の単科大学に集中している。

多数を占めるそれ以外の大学の場合には、必要性はわかっていても、実施するための資源、ゆとりに乏しいというのが現実なのだろう。

  • 法人化後、新たに必要とされた業務(中期目標・計画、年度計画の作成、評価、財務管理、労務管理等)については、大学規模の大小を問わず、一定程度の作業量が発生するものであるが、中小規模の大学では十分な人員配置ができない。大規模大学との問で逆ハンディキャップレースとなっており、全体的な対処が必要ではないか。

  • 長い間の直轄国立大学の歴史の中で、主要ポストの自主配分管理もできず、ゼネラリストの美名の下で専門性の欠如した「事務員」的職員を多く抱えてきた。法人となって相当部分を自己裁量で人事できることになったが、一個の独立した「法人」の運営・経営を行うために協働すべきスタッフ-特に中堅スタッフ-が充実していない。目々口にしていることであるが、10数年前にはなんらの考えもなく、政策的育成も行わず、大学を「運営」してきたそのツケである。今日なんとか進められているのは個人として能力のある職員のおかげであるが、近未来的には大きな不安を抱かせる状況となろう。総人件費削減の下、また手厚い労働者保護政策の下では、少数の例外者を除き、現にいる中堅、若手をいかに育成していくかしか解決策はない。近隣大学に比べると実質的な、かなり厳しい考課を実施しているが、開き直られたらそれまでである。どのようにして意欲・志気を向上して「もらうか?」が次の課題である。

大学現場に身を置く者として、ご指摘を否定も肯定もするつもりはありませんが、法人化後の国立大学は少しずつではありますが、確実に変わってきているのではないかと思います。あくまでも実感に過ぎませんが・・・。

大学に勤める職員の意識を変え、スキルを上げるためには、前例主義や教員主導で行われてきた大学経営手法そのもののを抜本的に変える必要があると思います。と同時に、あるいはそれ以上に、大学職員自身も、自分を取り巻く環境や自分の立ち位置を正確に把握し、危機意識を持って自分のやるべきことを考え、自分で実現していくことが求められているのだろうと思います。


*1:「国立大学法人の財務・経営の実態に関する総合的研究」(2007.3月)研究代表者 天野郁夫