2007年12月12日水曜日

大学職員の能力開発(1)

このブログでも何度か取り上げてきましたが、大学を取り巻く環境の急激な変化とともに、大学経営に関する大学職員の担う役割や能力開発が益々重要になってきています。その実践例が紹介された記事が目にとまりました。

経営改革職員が主役 勝ち残り戦略、担い手に

教員の陰に隠れがちだった大学職員の存在感が増している。18歳人口が減るなか、大学間競争を勝ち抜く経営の担い手として期待されているからだ。

私大はもちろん、法人化を機に経営が求められるようになった国立大も事情は同じ。「地味」という大学職員のイメージは変わるかもしれない。

「教員は理不尽」「先生(教員)の言いなりになるな、と若い職員に言っている」

山形大で11月に開かれた「大学職員サミット」。パネリストと会場の意見交換が特に熱を帯びたのは、教員とのかかわりをめぐる話題が出たときだった。

「専門領域という“たこつぼ”に逃げ込む教員を引っ張り出すのは職員の腕だが、教員以上にかたくなな職員もいる」。

パネリストで玉川大知的財産本部の近藤誠事務部長は壇上で本物のたこつぼを取り出し、文部科学事務次官を退き9月に就任した結城章夫・山形大学長に贈った。「非協力的な教職員に直接言えないことを、つぼに叫んで下さい」とジョークを交えた。

サミットは、桜美林大大学院の高橋真義教授(大学アドミニストレーション専攻)のゼミ生らが企画した。多くは現役の大学職員だ。

高橋教授は日本私学振興財団(現・日本私立学校振興・共済事業団)職員だった約30年前、私大に職員として出向。

何事も教員中心で、職員は反論すらしない関係を変えようと職員の勉強会を始めた。「いまや職員が教育サービスをプロデュースしていかないと大学は立ちゆかない。“職員の時代”だ」と話す。

文科省の杉野剛・私学行政課長によると、私大で職員の存在感が増した背景には、大学設置基準の大綱化(91年)でカリキュラムが自由に作れるようになるなど規制緩和の進展がある。

職員が教員に働きかけ、他大学に差をつける戦略的な経営をしていかなければ、18歳人口が減るなかで大学間競争に勝ち残れなくなってきた、というわけだ。

■産官への窓口

大学職員は「定型的な業務しかしない」と言われることもあった。だが、産学連携など大学改革にいち早く取り組んだ立命館大では「教職協働」のかけ声の下、さまざまな局面に職員がかかわってきた。

びわこ・くさつキャンパスにある「理工リサーチオフィス」は、理工系の教員と企業、行政を結びつける総合的な窓口だ。職員約100人のうち「テクノプロデューサー」と呼ばれる人が20人いる。1人が10~15人の教員を担当し、それぞれの研究内容を熟知。企業からの委託研究などの求めに合わせて教員とテーマを決めていく。「複数の分野にまたがる研究では、まずプロデューサー同士が協力するのです」。同オフィスの野口義文課長は自信深げに言う。

今年春、東京駅前に「東京キャンパス」を開設した。これまで京都駅前で開いてきた校友大会を11月、オープンキャンパスと併せ「オール立命館デー」として東京で開いた。首都圏で存在感を高める一連の経営戦略を主に練ったのも職員だ。

■高校訪問部隊

一方、国立大も04年度の法人化に伴って予算配分や組織のあり方が各大学で決められるようになり、私学に遅れながらも職員の活躍の場が広がってきた。

山形大は昨年7月、入学志願者の減少傾向に歯止めをかけようと、学生や受験生、卒業生らと大学との関係づくりをするEM(エンロールメント・マネジメント)室を設置した。教員1人、職員4人の態勢。高校訪問拡充などを盛り込んだ入試緊急対策を作り、高校を訪れる「入試アドバイザー」の指導や実動部隊として活躍中だ。 入試アドバイザーも職員31人からなる。

「教員は自分の学部のPRに偏りがちだが、高校訪問では全学の説明が求められ、それをする人が必要だった」とEM室の福島真司教授。

田村幸男副学長は「EMは企業で言えばIR(投資家向け広報)で、大学の経営戦略そのもの。全学の教職員の協力が成否を握る」と話す。

■学ぶ場次々、連携も探る

大学職員自らが大学経営などを学び、専門知識を身につける場も増えてきた。

今年春、東京・四ツ谷駅近くにできたNPO法人「大学職員サポートセンター」もその一つ。学生の職業選びや人生設計を手助けするための「キャリア支援」と、私大職員向け「財務管理基礎」のセミナー(各5回)を開講中だ。「キャリア支援」は少人数形式。2回目の講座では、学生に自分の生き方を見つめてもらう方法などを話し合った。受講した私大職員は「就職活動で“人生の中間決算”を迫られる学生をどう支えたらいいか手探りだが、自分のやり方で良かったか確認できる」と効用を説く。同センターは11月、大学職員を志望する大学3年生対象の「就活セミナー」も開いた。「大学はつぶれないと思っている学生は多いが、経営次第ではつぶれると知ってほしい」。小日向允(まこと)理事長は言う。

大学院では、桜美林大が01年度、国際学研究科の中に、大学経営を教える「大学アドミニストレーション専攻」を開設した。04年度からは通信教育課程も設け、北海道から沖縄まで各地の大学職員や私学経営者が学ぶ。08年度からは研究科に格上げする計画だ。

東大大学院にも05年度、教育学研究科に大学経営・政策コースができた。大学の管理運営や高等教育政策の教育を通じ、各大学の幹部職員の養成を目指す。

名城大大学院は大学・学校づくり研究科を置いている。

国立大法人化を受け、職員の経営力を高めようと2年前にできたのが国立大学マネジメント研究会。会員は管理職を中心に約500人。改革事例のノウハウを共有し、横のつながりを持つこともねらう。(平成19年12月4日付asahi.com)

職員の能力開発に関わる課題


上記の記事は、大学職員の今後担うべき役割と求められる能力を、先進事例の紹介を通じて展望しているものではないかと思います。

おそらく多くの大学職員は、こういった記事を目にするたびに、自分達もそうありたいと心から願うことでしょう。反面、どうして自分たちはそうならないのだろう、できないのだろうという現実の壁にもぶつかって、あるべき姿を追い続ける気持ちが強ければ強いほど、実現のための具体的方策やその実効性について悩み、悶々とした日常を送っているのが実際ではないかと思います。

大学職員の能力開発にかかわる問題は、大学の組織や構成員の意識の問題とも複雑に絡み合っており、残念ながら、なかなか即効性のある解決策は見当たりません。特に、大学における職員の位置づけに起因する課題は根深いものがあります。

国立大学法人の制度設計が最終局面を迎えていた平成14年初頭、当時、筑波大学大学研究センター長をされていた山本眞一氏が、雑誌(アルカディア学報)に、大学職員の能力開発に関わる当時の国立大学における課題と、法人化後の展望について次のような意見(抜粋)を寄せられています。

能力と意識の開発を -独法化に備えての職員の専門職化-

■職員論の原点

大学は教員だけのものではない。職員の支えがあってこそ、あるいは職員を抱える経営体がしっかりしてこそ成り立つものである。このことに対しては、誰もが異論を差し挟まないであろう。しかし、各論レベルになると途端に話は別になる。

多くの大学では、大学の特性ではあろうが、教授会主導の素人経営という実態がある。必然的に、その教授会の権威をバックにした教員が上位に、教授会決定を実行する役割を担う職員が下位に位置付けられがちである。

フルタイムで懸命に大学経営の支援に当たっている職員がその役割に相応しい処遇が与えられず、パートタイムで、しかも「雑用」と認識しつつ経営責任の一端を担っている教員に過大な権限が存在するという、まことに奇妙な取り合わせがまかり通っている。

これが、大学経営に対する危機意識を有する有能な職員の不満の原点であり、その状況の改善が望まれてきた。

基本となる問題意識は、職員の位置付けの改善とともに、その新たな位置付けに相応しい能力開発、意識改革である。

多くの職員の不満は、有能な職員に相応しい役割が与えられない、職場の同僚の間に問題意識が見られない、前例主義に拘っていて新しい状況に対応する意欲がないなどであり、職員の位置付けの改善や資質・能力の向上にある。

■変わる諸環境

近年、大学をめぐる諸環境は大きく変化してきた。

国立大学は、独立行政法人化の時期が迫り、従来のような「親方日の丸」ではなく、それぞれの大学が事後的に厳しい経営責任が問われるようなシステムに変貌せざるを得なくなっている。

これらの事態に的確に対応し、大学が21世紀知識社会において主導的な役割を果たしうるようにするためには、大学を支える経営人材の質の良否が決定的意味を持つ。

従来通りのアカデミックな論理に拘泥する教員と、その意のままにしか動けない職員という組み合わせの中からは、決して将来の展望は開かれないであろう。

教員出身であれ職員出身であれ、大学経営に責任と能力を有する人材を育てる必要がある。ただしその際、職員の中から今よりも多くの有能な人材を育て上げるのが現実的な策ではないかと思っている。その意味で、国立大学の独法化はその重要な契機となるであろう。またこのことは、公立や私立大学においても同じような問題提起になるのではないだろうか。

■現行システムの問題点

独法化により、国立大学には今より遥かに大きな経営上の自己責任とそれを裏打ちする自律的判断能力が求められる。

学長と評議会、学部長と教授会との関係の見直しと同時に、職員組織の在り方や職員の能力向上策の見直しも必要である。

ところで、国立大学の事務組織には私立大学にはない問題がある。それは、幹部事務職員が文部科学省人事で動くいわば「外付け」の部隊であるということだ。彼らは若年時に大学職員から文部科学省(現呼称)職員として抜擢され、文科省で仕事をした後、30歳台後半で大学事務局の課長として全国の大学に散らばっていく。その後は、文科省勤務を含めて、2、3年ごとに大学を異動し、最終的には国立大学事務局の部長や事務局長として公務員生活を終えることになっている。

必然的に、大学の立場から自主的に大学経営を考えるよりは、文科省の意向をいかに大学首脳部に伝えるかということが彼らの仕事の中心になりがちであるし、大学経営に関する専門的知識を学ぶための時間的余裕にも乏しい。

一方、幹部以外の職員は、同一大学に長く勤めるものの、案件の決裁ができるような職位につく機会に乏しく、したがって能力向上のインセンティブも弱い。つまり、先ほど教員と職員との関係で指摘した問題点が、ここでは職員相互の間においてもあるのだ。問題点の二重構造であるとも言えよう。

■改善の方向

文科省に置かれた調査検討会議は、昨年9月に「新しい『国立大学法人像』について」と題する中間報告を出し、事務組織について「従来のような法令に基づく行政事務処理や教員の教育研究活動の支援業務を中心とする機能を越えて、教員組織と連携協力しつつ大学運営の企画立案に積極的に参画し、学長以下の役員を直接支える大学運営の専門職集団としての機能を発揮することが可能となるよう」見直すとし、また、幹部事務職員を含めて大学職員の任命権は全て各大学に属するとしている。

つまり、職員組織の位置付けとともに、職員の二重構造についても何らかの改善を加えようとしているかに読める。このことが実現し、実際に運用が始まれば、事務職員の立場はかなり変わることになろう。

もっとも、問題は職員組織そのものだけではなく、職員自身の向上意欲にもよっている。

私は昨年2月に、全国の国公私立全ての大学を対象に、事務局長及び40代中堅職員1300人に、職員の資質・能力向上方策に関するアンケート調査をした。

紙数の関係で調査結果の全貌を紹介することはできないが、大多数が、経営戦略等の企画能力の向上、知的財産権の処理など最近注目されている新しいタイプの専門知識を学ぶ必要性を感じており、とりわけ、国立大学事務局長にその傾向が強いことが、現状との対比を考えるにつけ、大変印象的であった。

今後大学をめぐる経営環境がますます厳しく、かつ競争的になる中で、大学の経営能力の良し悪し、ひいてはそこに働く職員の質が大きな意味を持ってくる。

10年1日のような安定的職場であるという意識ではもはや許されない。それは国立のみならず、公立、私立大学の場合も同様なのである。