桜美林大学教授の篠田道夫さんが書かれた「組織改革、人材育成、リーダーシップ-日本の事例」(文部科学教育通信 No346 2014-8-25)を抜粋してご紹介します。
学長のリーダーシップを強化する組織改革
筑波大学の創立当初の管理運営改革案は、当時としては斬新かつ先駆的なものであった。「従来の学部自治を改め、大学一本の自治体制が構想され、研究・教育・厚生補導の三副学長制の他、卒業生・市民有識者・評議員からなる理事会、学部教授会を人事の立案だけにとどめる全学人事委員会システムなどが提案されていた。複数の副学長制には、一般教員を管理運営の責務から解放し、教育研究に専念させるという意図も含まれていた。また、従来の事務局の他に企画調査局や公開大学局を設置」するなど、全学的なリーダーシップの貫徹と参加型ボトムアップが両立する形で、企画部局や情報公開など先進的な組織配置であった。その後紆余曲折を経て組織名称や役割は変更されたが、トップのリーダーシップを重視し効率よく運営していくという基本は堅持されてきた。
リーダーシップを貫徹する上では、末端の教員組織を方針が浸透する形でいかに編成するかが決定的だ。筑波大学は当初から学部を廃止し学系組織で運営されたが、ここが人事権や財政権を持ちながら研究組織として機能したため、あまりにも権限が強くなりすぎて教育組織からの要求がほとんど受け入れられず教育が後退する弊害が生じていた。
そこで教員組織と教育組織の分離を行い、学系を廃止し10の大きな系を設置、それが教育組織である9の学群と8つの大学院研究科と緩やかに対応する組織編成とした。学系会議の持っていた機能も、人事案件の審議機能は系の教員会議へ、教育のプログラム運営は学群・研究科の教育会議で行うというように二つの機能を明確に分けた。
その上で10人の系長には大きな責任と権限を委譲するとともに大学執行役員を兼務することで全学的立場から系の運営ができるシステムとした。併せて役員体制も見直し、新たに国際、学生、情報担当副学長を設置、それまでの総務・人事、財務・施設、研究、教育などと合わせ9人体制とし理事を兼務して経営責任を持つなど学長の下での全学掌握体制を強化した。
学長補佐は14名体制とし、組織的に職務を遂行すべく学長補佐室を置き総合調整機能を強化、担当分野の責任と併せ統合的な力を発揮できるようにした。学長のリーダーシップの下に学位プログラム化を推進すべくグローバル教育院を設置、教育研究環境の整備、人的資源の戦略的な配分、学生支援の充実を、系の上に立って横断的、全学的に推進できる機構とした。
大きな組織であればあるだけトップのリーダーシップの発揮は制度や組織、規程に阻まれ、困難になる。創立当初からのリーダーシップが貫徹する運営組織作りの伝統を堅持し、様々な議論を重ねながら組織改革を積み上げることで、直面する課題遂行に相応しい意思決定と執行システムを作り上げてきた事例と言える。
優れた改革プランも、こうした組織改革による執行権限の強化、リーダーシップ貫徹のシステム構築なしには、特に大規模大学では一歩も前進しない。
職員のプロフェッショナル化と運営参加
大工原氏は「これまでの大学経営は、経営の専門家でなくても可能であったが、これからの大学経営は大学経営の専門家が必要」で、とりわけ「大学経営のプロとしての職員の必要性」が高いと指摘したうえで、自身が会長を務める大学行政管理学会の職員育成の取り組みを紹介する。
創立時534名だった会員は現在1327名、テーマ別研究会は、大学人事研究、大学職員研究、財務研究、大学経営評価指標研究、大学事務組織研究、教育マネジメント研究など12にのぼる。会員の関心分野のトップ5を上げてみると、①組織、②大学職員論、③人事、④教育、⑤トップマネジメントと組織や人事、トップや職員のあり方などマネジメントに関心が高いことがうかがえる。これまでわが国の大学職員は存在感が薄かった。
しかし、近年、厳しい競争環境の中で職員の役割への期待と桜美林大学をはじめとした職員養成の大学院ができ、また行政管理学会をはじめとした研究・研修組織の発展、職員自身の取り組みの前進により、プロフェッショナルとしての認知と力量形成システムが整備されてきた。私立大学職員数は12万人を超え、医療系従事者を除いた事務系でも6万人近くになり、その力は大きい。
18歳人口の減少、グローバル化の急展開等、大学を巡る競争環境は激化の一途をたどるなかで、「これまでのぬるま湯的経営から脱却して、厳しい競争に勝てる経営に発想を転換する必要がある」。「学生にとって魅力があり、社会にも役立つ大学に改革すべき」で、そのためにも「プロフェッショナル職員が必要」となっており、危機の時代だからこそ「プロとしての存在感を示す絶好の機会である」。そのために「意思決定に必要な提案、助言のできるプロフェッショナルとしての高度な知識、能力を開発すべき」とする。
大学行政管理学会の設立時からの提言は、高度なプロフェッショナルとしての能力を持った行政管理の専門家の育成と、大学組織やマネジメントの改革、近代化、管理運営面での改革の重要性である。設立趣旨の中でも述べている「教員統治」「教授会自治」の伝統的運営をいかに近代化するか、行政管理の専門職の中核を担う職員がいかに大学運営に参画し、その運営の中軸を専門的に担うことができるか、ここに、これからの大学の未来がかかっている。
大学の戦略目標を達成する上ではこれまで述べてきたトップの指導力が不可欠だが、トップだけで目標の達成は不可能だ。それを支える教員と、特にマネジメントの遂行や教学支援において、職員の果たす役割は決定的だ。トップが正しい判断や政策立案を行い、それを迅速に執行していく上で職員の専門的な課題発見や問題解決力は欠かすことができない。
それは職員のすべてが現場におり、実態やニーズ、問題点を熟知し、それに関るデータを持っているからにほかならない。この現場にいる職員が問題分析力や企画提案力を身につけ、情報発信できるか、ここに大学の未来がかかっており、その総和こそが大学改革力にほかならない。トップを支える中堅職員の力が問われている。
大学リーダーの役割と企業家的経営
矢野教授は、グローバル化時代には人的投資のあり方が問題で「教育と研究への投資は、経済を活性化させるだけでなく、成果である所得の分配を平等化する源泉である」として、大卒プレミアム(収益率)は日本では維持され、アメリカでは大きく向上している点を指摘する。したがって、「学歴間格差の拡大という事実、およびグローバル化と技術進歩のインパクトを重ねると、大卒が過剰だとは考えられない。未来の経済活力の促進と社会の平等化のためには、さらなる人的資本投資が必要なのである」と結論づける。
「今日の大学政策に求められている課題は、マンパワー政策、学術研究政策および高等教育財政政策の3つ」だが、こうしたグランドデザインは文教政策の論議の俎上に上らず、マクロの展望を欠いている。しかし、政府に何かを期待するのでなく個々の大学が創意工夫するのが大事である。「グローバル時代の大学に求められているのは、未来を先取りする企業家的大学経営である。大学の経営は、入口と出ロの新しいマーケットを開拓し、入学してくる学生を将来の職業に接続させなければならない。大学経営の戦略は、入口と出口の新しい市場の開拓と共にある」「そのためには、マクロな市場変容を展望し、その大きな流れを個別大学のミクロな市場に具体化させる力が求められる。大学経営の革新は、市場の革新だから、大学幹部職員に期待されているのは、マクロとミクロを接続する想像力であり、分析力であり、企画力だ」と提起する。これは、大学の経営の今後そして幹部のあり様にとって非常に重要な提起だと思われる。
「企業家的大学経営」の提起は、まさに戦略経営であり、大学を管理運営していれば良い時代からの転換である。マクネイの大学組織モデルーでは、大学の管理運営を同僚制、官僚制、法人性、企業性の4つに分類する。政策方針を明確に策定し、戦略の共有を前提に環境変化や顧客ニーズの変動に現場で敏感かつ柔軟に対応できる「企業性」組織モデルへの移行が、今日の大学組織改革のひとつのテーマとなってきた。明確なトップの戦略設定とその実践における分権化の新たな組織体制の構築、大学組織におけるトップと現場の権限委譲と新たな接合システムの創造が必要となっている。
「マクロな市場変容をミクロな市場に具体化する力」「入口と出口の新しいマーケットの開拓」も、今日の大学戦略のかなめである。学術的卓越性だけで存立できる大学はほんの一部で、大半の大学は入口と出口を最重視した大学改革が求められている。入ロと出口は社会の接触面であり、ここでの評価が大学の評価を規定する。
「大学の革新は市場の革新」は重要な点で、外を動かし外と結び付ける力、市場と大学の接続、外の変化を内部改革につなげる力、これがマネジメントカの核心をなす。市場の中で価値を証明することなしに今日の大学の発展はない。その際、「想像力、分析力、企画力」が中核的力になる。それは、市場の変化が予測困難であり、正確な実態分析をベースにしつつ今後の動向変化への想像力が不可欠で、そこに基礎をおいた企画力が問われている。中国の3つの大学が提示したトップリーダーの役割の基礎となる考え方の指摘だと言える。
具体の事例として、国立大学人事担当理事の苦悩・懸念・期待を挙げる。苦悩は上からの人件費削減圧力と下からのスタッフ拡充圧力の間での矛盾である。懸念は大学全体の戦略と現場実態を結合する上での一般職と専門職の未分化、あいまいさである。そこからの期待として現場の問題点を改善政策に結び付ける力を持った専門スタッフ、「企画型業務」の増加であり新たな業務への積極的挑戦で、この点は大工原氏の提起とも重なる。
政府の政策に期待するより「日常的な実践を改革する経営が求められている」。かつての狭いマーケット、変化の小さい安定した時代には、閉じた自律組織でも何とか生き延びてこられた。今では、市場の拡大と激しい変化への対応が不可欠だ。不確実で不安定な環境の中では、変化に対応する組織からさらに一歩進んで未来を先取りする戦略、企業家的な大学組織が求められる。この交流討論会でのマネジメントやリーダーシップのあり方に関る提起の総括的方向づけとなっている。