2008年9月25日木曜日

経営的視点からみた大学のあるべき姿とは(1)

国立大学法人の本質的な課題の一つに「経営」があります。
これまで約5年間、国立大学は「運営」はやっても「経営」はやってきていないという厳しい指摘を耳にすることがよくあります。
国立大学時代の「運営」をそのまま続けているだけで、「経営」を知らない・できない学長、理事の経営陣に対する苦言も多く聞かれます。勿論このことは、経営陣を支えるべき幹部事務職員にも言えることでもあります。

国立大学法人の「経営」とは何か。正直言って、具体的に明確にこういうことだと自信を持って答えることが残念ながら私にはできません。
そこで、今更の感はありますが、今日から数回に分けて「大学の経営」に関して書かれた考察をご紹介しながら、少し「経営」について考えてみることにしました。


まず今日は、日本福祉大学常任理事の篠田道夫氏が書かれた「戦略経営の確立に向けて-今なぜ戦略的な経営が求められるか-」(抜粋)をご紹介します。


私大を巡る厳しい競争環境

大学をめぐる環境の厳しさには、二つの側面がある。外部的には規制緩和と市場化による競争激化であり、内部では、その結果としての教育や経営の困難さの増大である。各種の参入規制の撤廃により、毎年10校ほどの大学が設置され、また国立大学法人化が定着するにつれ、私大との間での学生争奪戦は激しさを増している。二大都市圏にある大学を除くと、定員を満たせない大学のほうが多数を占めるという異常事態が進行している。株式会社立大学や海外大学日本校の新たな参入もある。第三者評価の義務付けは改革を励ます半面、問題がある大学を浮き彫りにする機能も併せ持つ。COE、GPなどの競争的な資金の拡大は、採択されるか否かが資金獲得だけでなく社会的評価に連結する仕組みをますます強化させている。さらには定員割れしている大学への補助金減額幅を従来の15%から50%近くに拡大する厳しい措置も進められている。競争により大学改革を促進する政策からさらに一歩踏み込んで、市場評価を得られない大学の退場を促す方向への展開が進んでいると見ることができる。

実際、学校法人の倒産も増加し、また半世紀ぶりに大学間同士の合併の動きも始まった。赤字法人は拡大し、大学で30%を超え、短大では50%近くとなっている。定員割れで補助金がカットされた大学・短大は、全体の2割を超え196校に上る。


教学改革を包含した経営

こうした環境の下で、経営困難を抱える法人は拡大し、経営システムのあり方やガバナンスの改善が強く求められることとなった。競争の激化は、明確な大学の特色化に基礎を置く、目標を鮮明にした経営戦略の策定を求め、この実現のためのマネジメント、全学的な力の集中の必要性を鮮明にする

経営困難は、財政悪化にとどまらない。定員割れの急速な拡大、全入状況の進行は、都市と地方、大規模大学と中小大学の二極化の進行を促し、地方私大の経営と教学の全体にわたる困難を拡大させている。全入状態は、学生の学力低下や進路を切り開く力の低下をもたらし、それが大学の特色や強みの低下や就職水準の低下をもたらし、ひいては志願者減へとつながる悪循環に陥ることとなる。いまや教育の中身・特色、就職状況が直接入学者確保に結びつく点で、教学の有り様や改革は、経営存立基盤そのものに直結するようになった。また地方に立地し、地元の支持基盤の強化が直接大学の発展に結びつく大学では、地域密着型の研究テーマ、地元企業や自治体と連携した研究や社会人教育事業の推進は不可欠であり、研究や社会貢献もまた、経営戦略の重要な一環になる。


戦略経営の必要性

言い換えれば、経営と教学は共通の現状認識や目標の下、一致した基本政策の推進やマネジメントが求められている.すなわち、経営が間接的な条件整備からより直接的な大学政策への関与や政策統合を不可避とする。「大学の市場化」「競争と淘汰」政策の進展の中では、これと切り結び存立の基盤を固めることなしには、どんな意義ある教育事業でも継続は不可能だからだ。中長期計画立案の第一の意義は大学の目指す基本方向を指し示す明確な旗印を掲げ、全学一致を作り出す点だ。自由な風土の大学では、ベクトルの一致なしには改革への力の集中は困難だ。第二に即効性に欠ける教育・研究改革を基礎に社会的評価を獲得するには、実現への総合的施策や年次計画が欠かせない。私学の最重要課題は、こうした目標を鮮明にした戦略経営の確立であり、教育の特色化による社会的評価の向上である。右肩下がりの財政構造の中、投下原資の縮小により、重点を絞り込んだ事業展開が強く求められる。もちろん戦略経営とは「経営優先主義」ではない。大学教学の中期的な発展構想を核にしなければ、大学は存立し得ない。大学の本質的な価値を担保しながら、社会的ニーズや人材需要にいかに迅速に対応し、評価の向上に結び付けられるか、ここに大学経営の特質がある。そして私立大学の経営人材、職員像も、まさにこの課題を担い推進することを抜きには考えられない。


マネジメントの水準と大学の質

『月報私学』(2007年8月号)掲載の「財務から見た地方・中小規模大学」(両角亜希子)の中の「大学類型別の最近5年間の収支変化」によると、地方・中小規模大学(207校)は、都市・大規模大学(114校)に比して明らかに財政悪化している比率は高い(地方47%:都市29%)。他方、帰属収支差額比率が10%以上改善しているのもまた地方・中小が高い(地方22%:都市8%)という事実を指摘している。これは地方大学の中で、経営の急速な悪化と大幅な改善という二極化が激しく進行すると共に、都市大学より経営改革が進んでいる地方大学が多いことを物語っている。厳しい中でこそマネジメントによる差がはっきりと現れている。

同じく両角は「高等教育においては、システム全体の制度的な問題だけでなく、個別の高等教育機関の組織、行動の現実とそのあり方が重要な問題となっている。しかし日本ではこの問題について実践的な関心が強い半面で、体系的な研究はまだ少ない。」(「大学の組織・経営-アメリカにおける研究動向」)と指摘する。個別法人のマネジメントの経験の中から共通する教訓や法則を導き出すことが、日本の大学改革の前進にとって極めて重要になっているといえる。

清成忠男(法政大学元総長)氏は、2006年8月7日付の日本経済新聞「教育・研究の質保証、大学の組織全体に依存」において、「教育・研究の質は、それを支える大学全体のシステムに依存している」として、ドイツの大学評価機関での国際ワークショップにおける議論を紹介しながら、「こうした討論を踏まえると大学の質は、最終的には大学のガバナンスに依存するという結論が導き出される。学内におけるガバナンス、学外のステークホルダーとのかかわりにおけるガバナンス、そしてトータルなかバナンスのあり方が教育・研究の質を決定する。」したがって、「大学の組織や意思決定のプロセスを評価対象として重視する」ことが大切だと提起している。(文部科学教育通信 No203 2008.9.8)