2008年9月23日火曜日

大学マネジメントセミナーレポート


去る9月10日(水)に、学術総合センター一橋記念講堂(東京)において、国立大学協会が主催する「平成20年度大学マネジメントセミナー(財務編)」が開催されました。

このセミナーは、国立大学の財務担当役員、担当幹部職員等を対象に毎年行われているものですが、今年は例年に比べ、民間企業出身の講師陣の気合の入った辛口が出席者の気持ちを引き締める場面が多かったような気がします。

特に印象深かった3人の方の講演内容のポイントをご紹介します。(聞き取りメモにより記載していますので、講演者の意図が正確に反映されていない部分があるかもしれませんがご容赦ください。)


国立大学の財務について-なぜ財務戦略が必要なのか-(筑波大学理事・副学長 吉武博通)

吉武さんは、新日本製鐵株式会社から筑波大学に入られた元民間人の方です。
  1. 国立大学が新たな発展プロセスをたどるためには、独自の「構想力」「実行力」が必要であるとともに、自らの存在意義を社会・国民に的確に示すことが必要である。

  2. 大学を強くする最も手っ取り早い方法は、大学を社会に「さらす」こと、恐れずに自分を「さらす」ことである。

  3. 自らが置かれている現状を直視した上で、「ビジョン」(15年程度の将来像)を描き、ビジョン達成までの道筋である「戦略」(経営戦略、財務戦略、情報戦略等々)を明らかにした上で、「PDCA」サイクルを回しながら、「着実に改善」を重ねること(「改革」より「着実な改善」)が重要である。

  4. 戦略の中でも最も重要な財務戦略の構築に当たっては、「金」だけを見るのではなく、「人、もの、金、時間が真に有効に活用されているか」について、従来の発想にとらわれず抜本的に見直し、最も効果的な活用を目指して、大胆な組み替えを行うことが重要である。そのためには、財務部門や会計業務に携わる職員が、戦略的な部門や職員に変わらなければならない。財務担当職員は、会計検査院、文部科学省、規則等を振りかざし、「適正性」を追求し「効率性」を無視している。財務担当職員が従来の枠組みにとらわれていると大学はだめになってしまう。戦略的財務部門・職員は、人事部門、教務部門、学部等とコミュニケーションを図り、学生のニーズ、教育研究現場の視点からの発想、効率性と適正性は車の両輪との信念、学問や社会の将来に対する洞察と大学職員としての当事者意識・使命感を持つことが必要である。財務部門が変わらなければ大学は変わらないという緊張感を持つべきである。

  5. 国内外には課題が山ほどあり、その中心に大学が座るべきである。大学は、教育、研究、経営の質を高め、社会の信頼を勝ち得ることが必要である。特に国立大学(中でも地方の社会・経済・文化における地方大学)の果たすべき役割は極めて大きい。


世界の中の日本の大学-財務からみた経営課題は-(株式会社脳機能研究所取締役 関口光晴)

関口さんは、東京工業大学卒業後、都市銀行を経て東京工業大学理事(経営担当)を経験した立場から講演されました。

  1. 運営費交付金削減の議論だけやっていて何もしなければ、世界は日本の大学に見向きもしなくなる。財務担当者が本気になって動かなければならない。

  2. 「グローバル化」と「国際化」は違う。今、食物の7割は外国産であり、「食事」の面で起きていることが「人」の面ですぐに起きる。経済活動のグローバル化において、競争相手は当然ながら世界であり、経済効率性が益々追求されるようになる。これに対応していくためには、高等教育の共通言語としての「英語」の普及、情報の解釈力が重要である。

  3. 世界の大学は、「学歴社会」に大きく変化している。ヨーロッパでは、「ボローニャ・プロセス」が進行中であり、これは、1)各国で比較可能な学位システム、学部・大学院の構造を統一しよう、2)各大学の単位互換をしよう、3)学生・教員の移動の障害を除去しよう、4)欧州レベルで質の保証をしようといった動きである。また、アメリカでは、大学は「アカデミック・キャピタリズム」へ変貌している。これは、利益追求の大学を目指すものであり、州政府の補助金が60~70%から40%以下に減少する中、大学は、外部資金、寄付金集め、産業界とのパイプを強くする活動を強化している。

  4. 日本の大学も大きく変貌しようとしている。国際競争力(企業ニーズ)に結びつく高等教育に変わってきた。大学は知識産業の一つとして、基礎研究から企業研究へ、教員の共同体意識(教授会自治)から企業的ガバナンスへの変化が必要とされるようになった。

  5. イエール大学では、学長がホームページで、グローバルシステムを育てる、世界中から優れた学生・学者を集めグローバルユニバーシティイになるという宣言を行い、そのためのプロセスも明示している。また、中国では、優秀な人材を欧米に出し勉強させ、中国に帰国させ中国で人材を育てるという「海亀作戦」を行っている。

  6. 我が国の財政赤字は、国民一人当たり850万円の借金。したがって、財源を教育に振り向ける余裕はない。加えて少子化による影響は甚大で、私立大学では41.7%が定員割れとなっている。国立大学は、いかに優秀な学生を集めるか努力しているのか。少子化のために学生の学力やモチベーションが落ちているが、何か対策をやっているのか。大学は、現実が見えているのに見ようとしていない。

  7. 人材育成面での教育界と産業界とのミスマッチが大きい。産業界はもはや大学には期待せず、経済産業省に期待している。経済産業省がなぜか教育の原点である「社会人基礎力アップ」活動をやっている。大学は何をやっているのか。別の省がやっているのに文部科学省は止めようともしない。

  8. 因習に凝り固まった大学運営も問題である。国立大学はガバナンスがはっきりしない。教員の共同体意識(教授会自治)が強すぎる。なぜ学部長を学長に選ばせる制度がないのか。権限と責任を正面から見るべきである。教授会とは何なのか。

  9. 「大学経営」と「大学運営」は違う。大学経営とは、方向を決めてその方向へ持っていくこと。なのに、経営をわからない人達がやっている。経営をできる人が誰もいない。共同体意識が強いために、一度採用されたら解雇できない。とてもおかしい。

  10. 事務職員と教員の意識に差がありすぎる。事務職員の意識・能力は私立大学の方が高く、教育研究に平気で突っ込んでくる。国立大学では、事務職員は単なる補助者と教えられてきている。大学を経営する主人公は事務職員であり、教員は実際に経営をしていない。

  11. 企業は、なぜ出身校を隠して採用試験をするのか。質の保証ができていない大学がたくさんあるからである。パナソニックやソニーの製品は品質の保証ができているから壊れない。どういった人材を育てるべきかは、卒業生と受入れ先にコンタクトしたら見えてくる。卒業生に向いた大学を作ってほしい。「教育の成果は卒業生」であり卒業生を大切にすべきである。

  12. 大学の特色を際立出せるためには、「具体的な目標」を描くこと、「達成までのプロセス」をしっかりと作り込むことが必要である。学部によって使命は違うわけで、それをはっきり出すこと、統一する必要はない。また、世界の中での存在感を増すべきであり、今のうちだったら、地方大学でもアジアには出て行ける。

  13. 中期目標と学長の任期がリンクしておらず、人の作った目標を別の人が実行している。中期目標が全国的に総花的であり、絞り込んだ目標、達成感が持てる目標を作ることが必要である。だから民間企業は数値目標を設定している。また、部局長も責任者であるという体制を作ること、実現に責任を持たせることが必要である。さらに、理事の半数は学外者を登用すべきである。


財務における効率性と公正性の確保に向けて-監査役(監事)からみた国立大学の財務戦略-(筑波大学監事(元日本監査役協会会長)吉井 毅)

吉井さんは、新日本製鐵大分製鉄所の建設に最初からかかわった経験を含め講演されました。

  1. 国立大学は、未だ財務戦略を考える域に達していない。大学が抱える基本問題を解決する方が先ではないか。幕末、備中松山藩の改革を行った「山田方谷」は「理財論」の中で、理財の中に屈してはいけないと言っている。つまり、細かいことをやってはいるが効果が現れていない国立大学のこと。国立大学は、国の出資カンパニーであり、今後、いかに自由度を持つか、存在意義を国や社会に訴えるかが重要である。

  2. 松下幸之助は、自著「21世紀の日本」の中で、日本の2010年のあるべき姿、どうすればいいかというアプローチを描いている。国立大学は学ぶべきであり、ミッションを明確にし、責任をとり、行動しなければならない。

  3. 少子化は大変な時期であるが、反面チャンスでもある。運営費交付金の1%削減などは、民間企業の合理化に比べれば大したことではない。生産性を上げることは決して難しいことではない。要は誰が腹をくくってやるか、いかに次の体質に脱皮できるかである。「執念」が成否を決める。能力ではない。執念のない人は「難しい」をあげつらう。執念のある人は「可能性」を追及する。大学の一体感、使命感が事の成否に重要である。

  4. 教育の品質が低下している。マスプロ的対応・評価、大量生産型は終わり。個別に対応していくことが必要であり、異質のことに力を入れて踏み込んでいくべきである。また、ミッションの明確化を図り、具体的アクションプランを作ること。定量化できるか、短期的に成果が出るかは教育の難しい問題であるが、知恵の出しどころである。

  5. 「法人化とは何か」を真剣に考えなければならない。今はホールディングカンパニーだが、個々の大学の姿や方針は国家の方針とは違うはず。日本には「人材」しか資源がない。大学院の拡充よりも、早く仕上げて早く社会に出すことが必要である。

  6. 「大学の背骨」は、付加価値をつけて社会に送り出すことである。これに沿っていろんなことを考えるべきであり。資源を集中すべきである。「社是」は、国の時代はなくてもよかった。「財務」担当役員と「企画」担当役員が別になっている民間企業はない。同一である。

  7. 「教育の評価」をしなければ大学はよくならない。PDCAの中で一番大事である。卒業生のフォローを出かけてやっている大学は少ない。そこに資源(人)をかけるべきである。

  8. 大学の人事制度・運用は、極めて憂慮すべき状態である。ここにいかに早く手をつけるかが重要である。50歳になって1人がやっと課長になるという世界はない。そんなところで職員のモラルはない。優秀な職員は理事にするくらいのことを本気で考えなければ将来を乗り切ることはできない。ここ数年が勝負である。

  9. 経営力やマネジメント力の強化を本気でやる必要がある。それは研修で身につくものではない。エスカレータ方式教育の発想ではだめで、OJTしかない。自分で身につけるしかない。自分達で自分を磨くことに努めなければならない。