2011年1月12日水曜日

戦略を着実に実現していくことのできる組織づくり

標題は、大学の在り様を真剣に考える大学人であれば誰しもが悩み求め続けるテーマではないかと思います。

岩田雅明氏(共愛学園前橋国際大学入試広報・進路支援センター長)がアルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム No.429)に掲載された「戦略を実現できる組織に 意欲を高める組織風土づくり」をご紹介します。


組織が生き残っていくためには、戦略的ポジショニング(Strategic Positioning)と組織能力(Organizational Capability)が必要だとされている。戦略的ポジショニングとは、差別化された存在意義ということで、例えば旅館業界であれば、最高の料理や空間を提供してくれる高級旅館と、家庭的なサービスで廉価で泊まれる旅館というように、それぞれが個性を発揮している状態である。大学の場合であれば、設置学部や教育内容、教育手法、就職支援等のサービス内容がその要素となる。この戦略的ポジショニングの取り方が重要であることはもちろんであるが、大学の場合、人が人に対して、しかも4年間という長期間、教育サービスを提供するという組織体であることからすると、組織能力、中でも構成メンバーの意欲といったことが最も大切になってくると考えられる。

前稿(アルカディア学報421、平成22年10月6日付)でビジョンを持つことの大切さと、ビジョン実現のための戦略づくりという戦略的ポジショニングについて述べたが、今回はその戦略を着実に実現していくことのできる組織づくりについて私見を述べたい。

その大学の魅力的な将来ビジョンが描けたら、それを着実に実現していくことが成果を出すためには当然ながら不可欠である。そのために必要なことは、実施に当たる教職員の意欲である。前稿で、アメリカでの調査によると、強い意欲を持って業務を遂行しているビジネスパーソンの割合はわずか19%という結果であると書いたが、最近、大手企業の人材育成を担当している研修会社の幹部の方に話を聞いたら、日本もほぼ同じか、もしくはそれより悪いというのが現状ではないかと話していた。先日、人事担当者対象の研修会で、参加者に対して自分の会社で意欲的に働いている人の比率はどのくらいかという質問をしてみたところ、最高で80%、最低が20%未満という結果であった。同じ人数の組織であっても、働き方に4倍の開きがあることになるのである。

組織のメンバーの業務遂行意欲を高めるということは、経営戦略における重要な課題の一つで、多くの理論や実践が出されている分野であるが、その前段階として、自分がその業務を推進する役割を担っているということ、すなわち当事者であるという意識を持ってもらう必要がある。やらされているという意識でなく、自分の職務として主体的に行っているという意識である。この意識を持ってもらうためには、ビジョンとその実現のための戦略を共有してもらうことが不可欠である。私の知っているケースでも、この当事者意識の欠如が戦略実施を妨げている例が多いように感じている。優れた戦略だから必ず実施されるはずである、というのは幻想に過ぎないといえるだろう。

では、ビジョンとその実現のための戦略を共有してもらうためには、どうしたらいいのだろうか。そのためには関わってもらうことが不可欠であると思う。出来ればビジョンを描くという最初の段階から、関係している教職員に関わってもらうことである。人は関わることによって、はじめて出来上がった戦略を自分の戦略と意識することができるのである。

戦略の遂行に当たる人たちに当事者意識を持ってもらうことができたら、つぎはその遂行意欲を高め、かつ継続していくことが必要となる。人の意欲は、欲求を充足させようとすることで生じると言われている。有名なマズローの欲求段階説によれば、人の欲求には段階があって、低次の欲求が満たされると次の段階の欲求が出てくるという。具体的な内容としては、もっとも低次な生理的欲求から始まり、安全の欲求、所属の欲求、承認の欲求、自己実現の欲求と五段階の欲求からなっている。生理的な欲求を満たすための働きは、「食うために働く」ということになる。現在の日本の職場、特に大学ということでいえば、3つ目の所属の欲求までは満たされているといっていいと思う。したがって、意欲を引き出すために必要とされるのは、その上の『承認の欲求』ということになる。『承認』という言葉は普段あまり聞きなれない言葉であるが、文字どおり認めるということである。その人の存在意義を認める、その人の努力や貢献を認めるといったことである。

企業の社員旅行や社内運動会の復活とともに言われ出してきた言葉に、エンゲイジメント経営がある。厳密な定義ではないが、組織のメンバーが自己の成果のみ追求するのでなく、お互いが尊重し合い、成長を認め合う風土の中で組織の成果と自己の成長を図っていける経営の在り方というような意味である。このような経営手法は、個人の成果というものが見えにくい、大学という組織には非常に相応しいものではないかと思う。例えば、一年間を振り返って、各個人、各部門が大学のためにどのように貢献したかということを確認していくというようなことをすることで、教職員の『承認の欲求』を満たしていくことができるのではないだろうか。また認め合う中から、権限委譲による現場尊重という風土が育まれ、そこから自己実現の機会増大という、さらなる意欲喚起のサイクルへと繋がっていくことができるようになる。

このような承認による意欲喚起とともに、組織風土づくりに欠かせないものとして『問い』を共有するということがある。情報を共有することが大切である、とよく言われる。確かに情報を共有できていないと現状認識が一致せず、正確な判断ができないので、情報の共有は重要なことである。ただし、現在のように大学を取り巻く環境が厳しくなり、各大学に個性的な価値創造が求められている時代においては、情報だけでなく「ビジョンに向かうために必要なものは何か」という『問い』を共有し、教職員一人一人がその『問い』に関して考え続けていくことが求められていると思う。そして、『問い』は組織のけん引力になるとともに、組織の風土をつくることにも作用するのである。

ある大手化粧品販売会社の例がビジネス誌に紹介されていたが、その会社では目標売上達成が社内の至上命令であったので、とにかく売ることが最優先であったという。すなわち、その組織の『問い』は「売るためにすることは何か」というものであった。しかし売りつけるという意識が強く出てしまい、客はかえって離れて、意図とは逆に売上は下がっていってしまった。業績低迷の中で考え出した戦略は、顧客満足度を上げることで売上の回復を図るというものであった。そうなると、今度は社内における『問い』は「顧客の満足度を上げるためにできることは何か」というものになる。その結果、離れた客足が戻り、売上は以前を上回る状況になったという。

『答え』を与えて、やるべきことを示しても行動は起きるのであるが、革新を起こすためには『問い』を発し続けることが必要である。皆さんの大学ではどのような『問い』が求められているのだろうか。