2019年3月10日日曜日

記事紹介|一流の研究者・教育者が、優れた経営者になれるとは限らない

大学は社会からの期待に応えるために、一層の改革が求められており、中でも学長のリーダーシップに対する期待は大きい。近年、学校教育法改正などの制度見直しで学長の権限は大きくなり、同時に責任も一層重くなったのに、大学関係者の間では「学長を中心とする大学経営人材が育っていない」という見方が多い。

欧米諸国では大学の管理職は大学経営に関する教育研修を受けてから就任するのが一般的だ。だが、日本では研修の受講率も高くないし、受講しても大学団体などが主催する半日程度の研修がせいぜい。内容も文部科学行政の解説や個別大学の事例発表などを聞くインプット型が中心である。

東京大学が2015年に実施した「大学上級管理職調査」では、学長は他の大学上級管理職と比べて業務の範囲が広く、業務に必要な能力も多様で、極めて困難な仕事に取り組む専門職であることが再確認できた。学長の多くは、学部長や副学長などの学内役職を経て就任しているが、学内役職経験の有無と学長としての職務遂行力の間に明確な関連もみられない。

こうした結果から、日本でも学長などの大学経営人材の育成に真剣に取り組まなければならないと考えるようになった。「学長を育てる」というとおこがましく聞こえるかもしれないが、実際に多くの学長と接すると、それが切実に求められていることを実感する。

学長人材育成が最も進んでいる米国では、実践者によるノウハウの蓄積をもとに実践へのヒント集のような本も多く出版され、様々な研修の機会も多い。参考になる視点は多いが、日米では意思決定と執行の仕組みが異なるため、そのまま参考にできない点も多い。日本の実情に合ったヒント集の作成や研修の充実が急務であり、それには少なくとも3つの課題があると考える。

第1は優れた学長人材がどのような点を重視して経営しているのか、また彼らがどのように育ってきたのかという経験知を集積すること。第2は初任者の学長が大学を経営していくうえで、どのような困難に直面し、悩んでいるのかを把握すること。第3はそうした悩みを共有し、ヒントを得ることができる相互研さんの場を増やし、ネットワーキングの支援をして、その効果を検証していくこと――である。

それでも、近年の国公立大学は参加者同士の意見交換を取り入れた研修が増加傾向にある。気になるのは私立大学で、制度的に多様なガバナンス形態が認められていることや、理事長との関係によって学長の役割が変わることもあり、国公立ほどに変化は見られない。従来型のインプット型研修にも一定の意義と役割はあるが、アウトプット型研修への潜在需要は根強いはずだ。

第1の課題について、経営手腕に定評がある学長十数人に対するインタビュー調査を行った結果、共通性や個別性が見えてきた。共通点は大きく2つある。

1つは、教職員の理解や協力を引き出す工夫で、「自分の考えを正確にわかりやすく伝える能力」「教職員と丁寧に、真剣に話を聞くこと・誠実さ」「データでの説得・エビデンスの重要性」などである。

もう1つは、ビジョンや目標を示して組織を引っ張る能力で、「優れた提案力」「やると決めたらやり抜く強い覚悟・ぶれないことの大切さ」「理念や大きな方向を示して、賛同を得ておく」「他の執行部との関係づくり」「教職協働・職員の経営参画の重要さ」などである。

優れた学長たちは機会をとらえて、大学経営や高等教育政策を相当勉強しており、そのことが学長職を務めるうえで重要なこともわかった。

問題は第2、第3の課題である。そこで筆者が所属する東京大学の大学経営・政策コースは18年末、日本私立学校振興・共済事業団、日本私立大学連盟、日本私立大学協会の後援を得て、半日の初任者学長セミナーを試行的に実施した。

セミナーは、関西学院大学の村田治学長(中央教育審議会委員、私大連副会長)による基調講演の後、現職学長5人がアドバイザーとして参加、班別に分かれた受講者と意見交換をする形で進めた。いずれの班でも、初任者学長が直面している悩みをリラックスした様子で語り、アドバイザーを含めた活発で自由な意見交換が行われた。

受講対象を就任1年未満の初任者学長と学長就任予定者として、全国の私立大学・短期大学に定員20人で呼びかけたところ、募集開始から数日で定員に達し、その後も「ぜひ参加したい」という声が続いたため、急きょ30人(うち就任予定者10人)に定員を増やした。私立大学の学長は、理事長と兼任型、別人型があるが、今回の受講者は全員が別人型であった。

セミナーの実施で初任者学長、特に別人型の学長の間でアウトプット型研修のニーズが極めて高いことが裏付けられた。ただ、あくまでもこれは試行であり、一大学が単発でできることは限られる。学長人材の育成は日本の大学全体の課題だという発想を行政も社会も大学界も共有し、継続的で組織的な実践につなげることが重要である。

それがなくては、学長職は責任が重いだけの損な役回りとして忌避され、学長のリーダーシップに基づく大学改革という政策が砂上の楼閣になってしまうだろう。

大学文化の理解、実行力が不可欠

大学のガバナンス改革では常に学長のリーダーシップが議論され、権限強化が図られてきた。学長選挙が目の敵にされるのも、「学内の人気投票で選ばれた学長では痛みを伴う改革は断行できない」という指摘が根強いからだ。

だが、制度改正でいくら学長権限を強めても、学長自身が大学経営に関する深い理解と実行能力がなければ、リーダーシップは発揮できない。

一流の研究者・教育者が、優れた経営者になれるとは限らない。企業のように早くから将来の幹部候補を絞り込み、"帝王学"を学ばせることが難しい以上、大学の文化に合った経営人材育成法の確立が必要だ。

学長人材の育成、経営ノウハウ共有が急務|日本経済新聞 から