富山大学といえば、2005(平成17)年、当時の「富山大学」「富山医科薬科大学」「高岡短期大学」の3大学が統合してできた大学です。初代学長は、なぜか最も規模の小さい旧高岡短期大学出身で、このたびめでたく再選を果たしたわけですが、その選考方法が今回の騒動の原因になっているようです。
まずは、報道を見てみましょう。
富山大、お家騒動 学長再選に6学部反旗(2009年1月15日 朝日新聞)
富山大学(富山市)で昨年12月に再選された西頭徳三(さいとう・とくそう)学長に対し、8学部のうち6学部の教授会が異議や懸念を表明。その有志らが21日、学長選考を考える集会を開くことになった。次期学長を決める学長選考会議の前段階に、教職員を対象に実施した2度の意向投票では、3人の学長候補で西頭氏がいずれも最下位だったためだ。
学長選考会議は12月4日にあり、出席委員20人の投票で西頭氏が11票を得て再選された。選考会議は、富山県知事ら首長や地元財界人ら学外の委員が半数を占める。
西頭氏のほかに、大学院医学薬学研究部特任教授と大学院理工学研究部教授が推薦されていた。11月にあった2度の意向投票では、西頭氏はいずれも、1位に約200票離され、投票総数の約2割しかとれず最下位。ただし選考会議で、意向投票の結果は「選考の参考」とされていた。
この結果に、8学部のうち経済、人文、人間発達科学、理学、医学、薬学の6学部の教授会が相次いで、「大差のついた意向投票の結果を前にして最下位候補を選任した決定は、他の国立大学法人でも類例はない」「大学の自治を著しく侵害している」などと、異議や選考方法の見直しを求める声明を出した。
富山大は05年10月、旧富山大、富山医薬大、高岡短大の国立3大学が統合してできた。西頭氏は旧高岡短大の学長だった。旧高岡短大が前身の芸術文化学部と、工学部は意思表明をしていない。
文部科学省などによると、03年の国立大学法人法の制定以降、国立大学法人の学長選考に関する意向投票で、3位以下だった人物が学長候補に選ばれた例はないとみられるという。
西頭氏は「新執行部は教職員の意見を踏まえつつ、大学改革を仕上げる大きな責務を負っている。この責務を全うできる体制を構築したい」と文書で続投を表明している。
このほかにも、いろんな角度から見たコメントが報道されています。閉鎖的な大学の内部のことですから、どんな思惑や事情があるのか外部からは皆目検討がつきませんが、法人化後5年も経った今でも、法人化の趣旨が理解されず、教育公務員特例法に則って教員だけの人気投票で学長を決めていた国の時代の自治意識や慣習から未だに抜けきっていない方々が多いのも騒動を起こしている理由の一つではないかと勝手に推察しています。
国立大学法人の学長の選考については、報道や風の便りだけでは、正確な情報が社会の皆様に伝わらないのではという気もしますので、今日は法律のコンメンタール(国立大学法人法制研究会)を引用してご紹介してみたいと思います。
まず、国立大学法人の学長の任命や選考方法については、国立大学法人法第12条に定めがあります。
役員の任命(抜粋)
- 学長の任命は、国立大学法人の申出に基づいて、文部科学大臣が行う。
- 前項の申出は、第1号に掲げる委員及び第2号に掲げる委員各同数をもって構成する会議(以下「学長選考会議」という。)の選考により行うものとする。
- 第20条第2項第3号に掲げる者の中から同条第1項に規定する経営協議会において選出された者
- 第21条第2項第3号又は第4号に掲げる者の中から同条第1項に規定する教育研究評議会において選出された者
- 前項各号に掲げる者のほか、学長選考会議の定めるところにより、学長又は理事を学長選考会議の委員に加えることができる。ただし、その数は、学長選考会議の委員の総数の3分の1を超えてはならない。
- 学長選考会議に議長を置き、委員の互選によってこれを定める。
- 議長は、学長選考会議を主宰する。
- この条に定めるもののほか、学長選考会議の議事の手続その他学長選考会議に関し必要な事項は、議長が学長選考会議に諮って定める。
- 第2項に規定する学長の選考は、人格が高潔で、学識が優れ、かつ、大学における教育研究活動を適切かつ効果的に運営することができる能力を有する者のうちから行わなければならない。
法人化により、国立大学の学長は、経営・教学双方の最終責任者として、学内のコンセンサスに留意しつつ、強いリーダーシップと経営手腕を発揮することが求められるようになりました。
上記第12条は、法人化を契機とした学長の役割の増大などを背景に、1)文部科学大臣が国立大学法人の学長を任命するに当たっては、引き続き大学の自主性を尊重する仕組みを法制上整備することと、2)国立大学法人の経営に強いリーダーシップを発揮することが求められる学長の選考過程の改善を図ることの双方を重視して規定されているものです。
次に、法律の趣旨として求められる学長の要件とはいかなるものなのでしょうか。第7項に規定されています。
法人化前の国立大学の学長の要件については、教育公務員特例法第4条第2項(現行第3条第2項)が適用され、「人格が高潔で、学識が優れ、かつ、教育行政に関し識見を有する者」とされていました。
法人化に伴い国立大学の学長には、経営・教学双方の最終責任者として、学内のコンセンサスに留意しつつ、強いリーダーシップと経営手腕を発揮することが求められるようになったことから、第7項で規定する学長の要件も、1)国立大学は国の施設等機関から独立した国立大学法人となることから、教育行政に関する識見を敢えて要件としないこととする一方で、2)大学の経営に関する能力を重視するとの観点から、「人格が高潔で、学識が優れ、かつ、大学における教育研究活動を適切かつ効果的に運営することができる能力を有する者」と規定されています。
独立行政法人通則法に規定する独立行政法人の長の要件(同法20条1項)は、1)当該独立行政法人が行う事務・事業に関して高度な知識及び経験を有する者、2)事務・事業を適正かつ効率的に運営することができる者と規定しています。
これとの比較において、国立大学法人の学長の要件は、特に「人格が高潔で、学識が優れ」ていることが定められているとともに、求められるマネジメント能力についても「適正かつ効率的に運営」ではなく「適切かつ効果的に運営」と規定されているなど国立大学の教育研究の特性等を踏まえた独自の規定となっています。
もとより大学の学長はアカデミックなバックグラウンドを有することが国内外を通じ一般的であることは論を俟たないわけですが、本項の規定は国立大学法人の学長に企業経営の経験者などが就くことをアプリオリに排除しているものではなく、法令上は、あくまで高潔な人格とともに、専門性や高い識見、大学において適切かつ効果的な教育研究活動を実施するためのマネジメント能力を求めているものです。*1
なお、法令上「選考」とは、「公務員の任用の場合又は特別の資格、要件等を要する職業に就くことの認可、承認等の場合に、一定の資格、要件等に照らして適格者であるかどうかをはかり調べること」*2であり、国立大学法人の学長については、本項のとおりその要件を示し、その適格性を判断することが前提となっていることから「選考」という用語を用いているものです。
それでは、問題となる学長の選考についてです。
具体的な学長選考の過程において、学長選考会議が学内者の意向聴取手続(投票など)を行い、その結果を参考にして選考を行う国立大学法人もあります。
「新しい「国立大学法人」像について」*3は、1)学長選考会議が広く学内外から候補者を調査し、候補者を絞った上で、意向聴取手続を行うことや、2)意向聴取対象者の範囲を、教学・経営両面の最高責任者を選ぶ上で適切なものとなるよう教育研究や大学運営に相当の経験と責任を有する者に限定することなどが提言され、文部科学省も、国会において次のように説明しています。
これまでの国立大学の選考の仕組みでございますが、制度上、学内の教員組織の代表者のみで構成されております評議会で選考を行うということになっておりまして、具体的な選考方法といたしましては、多くの大学で教員による投票で学長の選考が行われてきたという実態があったわけでございます。
今回、法人化後でございまずけれども、学内者のみで学長選考を行っていた方式を改めまして、経営協議会の学外委員の代表者と教育研究評議会の学内の代表者が同じ人数で構成されます学長選考会議におきまして、学長選考の基準や手続を定めるとともに、具体の候補者の選考を行うという方式を導入することとしてございます。
この新しい方式によりまして、外の方の知見も入れながら、従来の学長選考の見直しを進めるとともに、経営面の手腕を十分見きわめながら、広く学内外から学長にふさわしい人を学長選考会議が責任を持って選考するということになるものと考えております。(遠藤純一郎 文部科学省高等教育局長(平成15.4.16衆議院文部科学委員会))
このように、学外委員も加わった学長選考会議が責任と自らの見識をもって学内外から適任者を選ぶことの重要性はつとに指摘されているところであり*4、実際に、宮城教育大学や鹿屋体育大学などでは学長候補者選定の際に公募を行っています。
東京医科歯科大学や政策研究大学院大学などのように学内の意向聴取手続を行わない大学もあります。
また、滋賀医科大学や新潟大学、山形大学など、学長選考会議が学内の意向聴取を行ったものの、審議の結果、意向聴取の結果とは異なる者を学長に選考した例もあります。
このうち滋賀医科大学及び新潟大学については意向聴取の結果と異なる学長選考の無効確認等を求める訴訟も提起きれましたが、いずれも法制上学長選考は学長選考会議の固有の権限であるとの大学等側の主張が認められ、訴えは退けられています。
東京大学の塩野宏名誉教授は、学長選考の具体的なパターンとして、1)選考会議中心主義、2)教員団重点主義、3)教員・職員段階主義、4)教員・職員平等主義をあげた上で、「規律密度の浅い法人法の下での各大学の試みが先行せざるを得ない」が、「今後わが国の国立大学が果たすべき役割を十分生かす最適の法的枠組みを構想すべく、学長選考手続を含めた大学法研究の進展が望まれる」と指摘しています*5。
国立大学法人の主体的運営の鍵である学長選考について、学外委員を含めた学長選考会議の力量が具体的な学長選考を通して試されているとともに、各国立大学法人の学長選考会議の取組やその成果を広く共有した上で、よりよい学長選考に向けて創意工夫を重ねることが重要であると言うことができるでしょう。