前回に続き、澤昭裕さんが書かれた論考「国立大学法人法と国立大学改革」をご紹介します。
5 国立大学法人の意思決定組織・・・不明確な権限・責任分担
国立大学法人法第二章第一節に、国立大学法人の意思決定組織が規定されている。先述した経営と教学の分離モデルが排除された結果、経営と教学双方を「総理」する学長のほか、役員会、経営協議会、教育研究評議会が設置される。学長のリーダーシップを改革の基本的方向としながらも、これまでの大学運営が教授会7中心としたコンセンサス方式で行われてきた伝統に配慮した、トップダウン・ボトムアップの折衷型となっている。こうした意思決定システムの問題点は、次の二点にある。
第一に、役員会と学長の権限・責任分担が不明確である。その理由は、第十一条第二項に「学長は、次の事項について決定をしようとするときは、学長及び理事で構成する会議(第五号において「役員会」という。)の議を経なければならない。」(傍線筆者)と規定されていることにある。役員会の「議」とは「議決」の意味であろうか、それとも「審議」の議であろうか。国立大学法人の制度設計の基本的考え方によれば、学長は全ての決定権限を持ち、責任を負うことになっているが、前者の解釈であれば、役員会が議決しないものは、学長が決定することができない。後者の意味であれば、経営協議会や教育研究評議会での審議事項と役員会での審議事項が重複し、内部調整コストは増大し、意思決定のスピードが犠牲になる。
この解釈については、第二十、二十一条に、経営協議会や教育研究評議会の任務として、重要事項を「審議」するという別の用語が当てられていることから見て、前者すなわち「議決」を意味するものだと考えられる。もしそうだとすれば、学長がある重要事項、例えば業績の上がらない学部の廃止を決定しようという際に、役員会が否決した場合、その学部は廃止できなくなってしまう。その結果、もし国立大学法人評価委員会で、当該大学の評価が下がり、たとえば運営費交付金を減額されたとすれば、それは学長の責任であろうか、それとも役員会の責任であろうか。また役員一人ひとりには何の責任も生じないのだろうか。国立大学法人の制度設計上、最も重大な曖昧さが、ここに潜んでいる。
第二の問題点は、現実の場面で重要な事項について意見の相違が出てきた場合、学内調整が、校務・学務に支障が生じない時間内で完了するかどうか、心もとないことである。例えば、学内予算配分のように、教学と経営双方に関連するような事項は、経営協議会も教育研究評議会も審議することができる。特に、経営協議会は半数以上が学外者であり、内部者で占められる教育研究協議会と考え方の相違が生じることは、大いにありうる(むしろ、それが経営協議会の任務であるといっても過言ではない。)。その結果、例えばある付置研究所の施設建設や大型設備の導入予算を巡って調整に手間取った場合、年度前半に配賦予算が確定しないことも考えられるが、その場合には年度内の物品調達や工事発注はあきらめざるをえないようなことも予想される。その案件に土地の処分などが関係していた場合、文部科学大臣の認可を必要とされるため、役員会の議決も必要になるし、文部科学省との事前調整にも時間を要することになる。競争的な研究テーマの場合には、研究現場は一刻も早く研究をスタートさせたいと考えているだろうが、こうした場合、学長が自己の責任において「見切り発車」できるのだろうか。(続く)