2012年4月4日水曜日

法人化と大学改革(3)

前回に続き、澤昭裕さんが書かれた論考「国立大学法人法と国立大学改革」をご紹介します。


3 「国立大学法人」と「国立大学」・・・経営と教学の一致

第二条の定義規定に、「・・・『国立大学法人』とは、国立大学を設置することを目的として、この法律の定めによるところにより設立される法人をいう。」とある。また、第4条第2項に「別表第一の第一欄に掲げる国立大学法人は、それぞれ同表第二欄に掲げる国立大学を設置するものとする。」との規定がある。これらの規定は当然のように見えるが、背景は少し複雑である。

学校教育法第2条には学校の設置者の規定があり、学校は国、地方公共団体、学校法人(私立)のみが設置することができるとされているが、この規定との関係で、改革後の国立大学は誰が設置するのかという点が問題になった。というのも、学校教育法第5条に「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定めのある場合を除いては、その学校の経費を負担する」と規定されているため、国立大学が国立大学法人によって設置されるものとすると、国が経費を負担する根拠が失われるのではないかということが懸念されたからである。

さらに学校教育法第2条には、国以外の選択肢は学校法人すなわち私立学校しか規定されていないため、国立大学が法人化されると、民営化への第一歩となってしまうのではないかという国立大学関係者の心配があった。国が設置者だという点に対する誇りや安心感がその深層心理にあったことは否めない。

これらの点は、結局、国立大学法人が国立大学の設置者となり、国立大学法人法と同時に制定された「国立大学法人法等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」において学校教育法第2条が改正されて、設置者のカテゴリーに国立大学法人が追加されることによって決着を見た(設置者費用負担問題については、国立大学法人法で国立大学法人に対する運営費交付金が交付されることが明記されたため、学校教育法第5条の「法令で特別の定めのある場合」に該当するものとして問題はなくなった。)が、その過程で、制度設計上の重要なオプションが失われた。それは経営と教学の分離モデルである。

経営と教学が分離していることが基本になっている「学校法人」は、前述のように民営化への第一歩となるかもしれないということ及び設置者負担主義の観点から国による財政措置の根拠がなくなるとの懸念から関係者に忌避されたため、最終的には国立大学法人の長=国立大学学長という経営と教学が一致した運営モデルが唯一の選択肢だとみなされることとなった。個々最近の文部科学省の大学改革政策は、学長のリーダーシップ強化(その反射として、教授会の関与の縮小)が基本になってきた。その方向性に誤りはないが、国立大学のような総合大学の場合、学部間の価値観や伝統の違いは、産業で言えば異なる業種間ほどの差があり、また組織帰属意識自体を持たない構成員も多数存在する。そうした大組織をまとめあげつつ運営する任務を、ひとり学長のキャパシティに依存することは、極めて困難であろう。

これまでは、経営面での権限と責任が文部科学省という大組織に属していた。したがって、国立大学の学長は教学のみの代表者であったことから、人事・予算その他組織運営についてのノウハウやスキルを問われることは少なかった。しかし、今後は自己の責任、それも自己のみの責任において、一大学全体の行く末が決せられることになる。確かに、副学長の増員などスタッフ機能を強めることも同時になされることになろうが、トップが全ての権限と責任を有するという設計になっている限り、スタッフはトップの物理的業務負担を軽くすることはあっても、本質的な解決にはならない。むしろ、経営責任をとる人物と教学の責任をとる人物を別の存在としなければ、伝統的に尊重されてきた大学の自治や学問の自由が侵される危険性をもはらんでいることに留意しなければならないだろう。

後述する国立大学法人の意思決定システムにも関連するが、経営と教学の分離運営モデルを機能させようとすれば、部局長に相当の権限と責任を分配する必要となる。そもそも「大学間競争」とは、実は学問・研究分野を一にする(したがって相対評価も可能な)学部・研究科間の競争であることが自然である。また、工学部、医学部、農学部などより経済社会との関連性が高い学問分野に属する教官と、理学部、文学部などより真理探究型で市場経済との距離が離れている分野に属する教官とでは、その価値観や学問観の開きもある。組織内に同一のルールで律しきれないサブユニットを含む場合には、組織設計論としては、特に権限の中枢を構成する人事権・予算配分権について、当該サブユニットの長に、権限の大きさと同等の責任を配分しておき、サブユニット間で調整しなければならないことが生じた場合に処理するルールを全学的に定めておくことが効率的である。

これは、文部科学省の政策であった学長のリーダーシップ強化という命題からみれば、権限分散という点で、一見逆方向の改革に見えるかもしれない。しかし、大学を個々の構成員からなるギルド的組織ではなく、現代的な有機的一体性をもつ組織だととらえれば、組織の運営執行部がこれまでより大きな権限と責任を負うという意味で、同じ方向を向いた考え方である。国立大学とは異なるが、同様の研究組織体である独立行政法人産業技術総合研究所の組織設計においても、こうした配慮がなされ、3000人を越す大組織が運営されている。(続く)