前回に続き、澤昭裕さんが書かれた論考「国立大学法人法と国立大学改革」をご紹介します。
7 学内資源配分システム
国立大学法人に対しては、独立行政法人制度と同様、運営費交付金が国から支弁される。また、土地、施設などの国有財産は法人に移転され、授業料その他の自己収入も個別の国立大学法人ごとに帰属する。こうした予算関連制度の変更によって、国立学校特別会計は廃止され、名実ともに個別の国立大学は予算執行の自由を得ることとなった。
筆者は、法人化に当たって、国立学校特別会計制度は存続する可能性の方が高いと考えていたが、法人制度の趣旨にそって廃止されたことは合理的な判断だったと評価される。筆者が、存続する可能性の方が高いと考えていた理由は、国立大学の授業料が一種の公共料金であり、教育の機会均等の観点から、国の規制にかからしめて全国立大学一律にすることが適当であるとの考え方が根強くあることに加え、仮に特別会計を廃止して授業料を自由化した場合、大学間競争の激化から、財政的に立ち行かなくなる大学法人が出てくることが懸念されるため、特別会計制度を維持して、大学法人間に所得再分配を裁量的に行える余地を残しておきたいと、行政当局が判断するだろうと考えたからである。
この授業料設定問題に関しては、国立大学法人法第二十二条第四項において、文部省令で定めることとされ、実際には標準額(現行水準程度)±α(上下10%くらいか)をその内容とすることになった。この結果、国立大学法人は一定の財務的自由度を得たわけだが、学部間での授業料差別化は認められておらず、横並び意識もあって、当面は全国一律水準の授業料に落ち着くものと思われる。しかしながら、少子化などの経営環境変化、中期計画期間終了時の評価などの制度的チェックなどによって、中期的には国立大学法人ごとや学部・専門職大学院ごとに、授業料の多様化に向けた力が働くことになろう。そうした時代を迎える準備として、今後各国立大学法人は、大学内の各部局の教育研究業績を挙げていく必要に迫られる。
こうした状況に直面しているという認識が生まれれば、次の最も大きな課題は、学内の資源配分をどのような方法で行うかということになる。ここでいう資源とは経営資源のことであり、学生定員、教職員定員・定数、新組織(行政用語では「機構」)、スペース、予算(施設建設費を含む)のことを指す。これらの配分は、中期目標や中期計画と密接に関連しており、各国立大学法人が持つミッションと整合的でなければならない。
そのうち、予算配分方式についてのオプションをみてみよう。概念的整理としては、集権的・分権的及び競争的・非競争的という両軸で構成する考え方もあるが、ここでは、米国の研究大学で実際に行われてきた学内予算配分方式の実証研究を行ったダニエル・ローダスを参考に、以下のように分類してみる。
1)前年度増分方式
2)フォーミュラ方式
3)予算計画方式
4)インセンティブ方式
1)前年度増分方式
この方式は、各支出項目について特段厳しい査定をせず、一律の増分を認める方式である。部局間配分においても、部局内配分においても、最も多くみられる形態であり、日本の国立大学でもいわゆる「当たり校費」の配分方式として、広く採用されてきた。この配分方式のメリットは、ほぼ一律のルールで増分が認められていくことから、現場サイドからの不満が生じにくく、調整にかかる行政コストが最小化できるとともに、相対評価が困難な学問分野間のプライオリティづけや業績評価を回避することができることにある。しかし、こうした予算配分方式は、中期目標及び中期計画が明示される国立大学法人においては、教育研究の戦略目標と予算配分結果とのリンケージが明らかではなく、国立大学法人評価委員会など外部評価機関からは、修正を迫られる可能性が高い。また、ダイナミックな教育研究分野の改革を行ってより上位のランキングを目指す大学にとっては、こうしたスタティックな予算配分方式は、重点的資源配分の障害となるだろう。さらに、効率化の観点からみても、この予算配分方式は、次年度予算を確保するため、年度内での無理な使い切りを助長する効果をもつことから、法人化によって得られた予算執行の自由(単年度主義からの解放、剰余金が積立可能)を失うことになる。
2)フォーミュラ方式
米国では、州立大学システムの中で大学間配分でとられることの多かった方式である。フォーミュラを構成する要素は千差万別だが、共通要素としては、学生・教官数、学位授与数などが挙げられる。国立大学法人に支弁される運営費交付金の算定根拠も、この方式に似たものとなっている。この方式のメリットは、恣意的な算定根拠要素を排除する限り、公平・公正感があり、予算要求交渉の際に生じる調整コストを最小化できることにある。その点、上記の前年度増分方式と同じであるが、この方式は大学内部での配分方式としてとられることは少なく、大学間での配分方式として採用されてきた。大学内配分方式としてフォーミュラ方式を適用しようとすると、学生関連要素が算定根拠の中心を占めるがゆえに、今後同一大学内での学部間競争を招くことになるとともに、学生単位当たり費用の差が大きい理系と文系の間で、不公平感が生じる可能性がある。
3)予算計画方式
全ての又は一部の教育研究プログラムについて、部局長等現場のマネジメントレベルも参加してコストベネフィットを評価し、各予算について正式な了解を与えていく方式である。この方式のメリットとしては、評価過程を通じて、実際に予算を執行することになる現場のマネジメントレベルも、大学全体が抱える問題点やジレンマを理解するようになることや、予算削減が必要となる時期や重点配分を行わなければならない場合に、より正式な手続きを経て意思決定ができることが挙げられる。しかし、米国ではこの方式をとった大学は、2-3年のうちに取りやめたといわれる。その理由は、評価のためのペーパーワークが相当負担であり評価過程自体も時間浪費的であること、評価結果について学内からの反発が生じる例が多くなったことなどである。
ただ、日本の国立大学では、これまでこうした学内での真剣なプロジェクト評価がなされてこなかったこともあり、中期計画に掲げられた重点プロジェクトなどについて予算決定を行う場合などは、この方式を採用することも一案ではないだろうか。
4)インセンティブ方式
これは、予算執行の自由と責任を部局に持たせ、その業績を評価して予算を増減していく方式である。この方式は、財源を税収から支弁されている州立大学が、アカウンタビリティの観点から採用したことに始まる。この系として、部局責任予算配分方式(部局が一種の独立採算制をとり、自己収入は当該部局に属するが、大学全体の間接費用も間接部門からのサービスの購入と認識して大学当局に支払う)や部局長責任予算配分方式(部局長が自部局の中期計画を作成し、その執行に責任を持つことと引き替えに、ブロック予算が部局に割り当てられる)がある。
前年度増分方式以外のいずれの方式においても、教育研究評価が予算の増減にダイレクトに結びついていくという意味では、国立大学法人の制度設計のコンセプトに合致する。業績評価については、当然のことながら「公正な評価基準はあるのか」「短期的な評価は基礎研究になじまない」などといった反発が出てくるだろう。しかし、だからといって評価をしなくてよいという理屈にはならないとの認識の上に立って、まずは導入することが重要である。いったん導入した後に、評価プロセスの改善、評価基準の修正などを積み重ねていくことによって解決しうる問題も多いものである。少なくとも、国立大学法人に対しては、国立大学評価委員会、政策評価・独立行政法人評価委員会、大学評価・学位授与機構による評価が、制度上行われることになっている。こうした評価を先取りしつつ、自大学内部において教育研究評価を進めていくことは、アカデミックプライドを維持するためにも必要なことだと思われる。
しかし、日本の国立大学に置いて、部局に予算執行権限と評価責任を持たせるこの方式が機能するかどうかについての本質的な点は、評価にまつわる方法論ではない。最も重要な問題は、学長が、国立大学法人全体のミッションと整合的な部局運営を部局長に指示する権限や、指示に反した場合に適切な処分を行う権限を、現実に行使することが可能かどうかということにある。部局長の任免権は、国立大学法人においては学長が持つことになってはいるが、これまでの伝統や歴史的理由から、部局長は部局内での選考によって選ばれてきているため、権原の所在や責任の取り方についても、これまでの認識が今後とも残存するだろう。そうした中で、大学中央執行部と部局の間の権限と責任分担の明確化が要求されるインセンティブ方式を導入することは、学内秩序に一時的な混乱を招く恐れもある。
以上の方式のオプションは、全ての予算配分を一方式だけで行うということを前提としたものではない。例えば予算の半分は前年度増分方式で配分し、残りはインセンティブ方式による、といった対応も可能だろう。また、事務局予算と教育研究部門予算とを区別して、別の方式を適用することも考えられる。さらに、人員配分については、人事制度や教官のキャリアパスの設計とともに検討することが必要であり、上記の予算配分方式をそのまま適用することは不適当である。
学内資源配分についての工夫が最も重要な実務上の課題であることは、どの国立大学法人にも共通に当てはまる。一方、大学という組織は、ヒエラルキー的な意思決定構造を有しておらず、また学生という他の組織には存在しない構成員を組織内に抱えている事情があることから、その課題を克服していくことは容易ではない。留意すべきことは、一度導入した制度は、修正・改善はできても、なかなか根本的な変革はできなくなるということである。各国立大学法人においては、建前はともかく、自大学の実力や自己の置かれている経営環境を冷静かつ客観的に認識したうえで、自法人のミッションの的確な遂行を可能とする学内資源配分システムを構築することが期待される。(続く)