2012年7月10日火曜日

官僚目線の大学改革

日本経済新聞社編集委員の横山晋一郎さんがIDE(2012年7月号)に書かれた「取材ノートから」から引用してご紹介します。

国家戦略会議

6月4日の国家戦略会議で平野博文文部科学相は「社会の期待に応える教育改革の推進」という文書を公表した。「教育改革の七つのポイント」として①小中一貫教育制度・高校早期卒業制度の創設、少人数学級の推進、②大学入試改革、③大学の教育機能の再構築とミスマッチ解消、④英語力・グローバル力の向上、⑤国立大学のミッション再定義と重点支援、⑥学生の75%を占める私学の質的充実に向けた支援・メリハリある配分、⑦世界で戦える「リサーチ・ユニバーシティ」の倍増、地域再生の拠点としての大学の機能強化-を掲げている。

文書には、今後の大学政策の大転換になりそうな内容が多数盛り込まれた。例えば、⑤では、2012年度中に「国立大学改革基本方針」、2013年中頃までに「国立大学改革プラン」をまとめるという。前者で国としての改革の方向性を示し、後者で大学ごとにミッションを再定義し、改革の工程を確定する。具体例として、予算の戦略的・重点的支援の拡大や、一法人複数大学(アンブレラ方式)制度の導入、国立大学法人評価の見直しなどを挙げた。

一部の単科医大の統合などを除けば、国立大学は1949年の新制大学発足時の配置や学部設置を、ほぼそのまま踏襲している。この間の社会の激変ぶりを考えれば、いつまでも60年前の制度がもつはずがない。大胆な再編統合を視野に国立大学の有り様を見直そうという発想は当然だ。だが一方で、国立大学は2004年4月に法人化されている。法人化から未だ9年目か、もう9年目か、立場によって見方は異なるが、2004年度の法人化の総括もないまま、さらなる制度変更に戸惑う人は多いのではないか。

例えば、現行の国立大学法人化制度の基本的枠組みの一つは、一法人一大学と学長の法人長(理事長)兼務である。文書がさらりと掲げるアンブレラ方式は、この原則の否定に他ならない。制度変更を否定するつもりは一切ないが、鳴り物入りで導入した法人化の根幹部分をこうもあっさり否定する政策とは一体何なのだろう。

アンブレラ方式の利点としてまず思い付くのは、同一法人化の大学間で重複部門の統合だ。真っ先に俎上に上がりそうなのが教員養成学部だが、文科省は教員養成の6年制化も検討中で、これには地域にある教員養成学部の活用が欠かせない。工学部も再編統合を求められそうだが、地場産業との産学連携など地域活性化の拠点として工学部への期待は高い。アンブレラにしても再編統合の困難さは変わりそうにない。文科省は、現行制度の問題点をきちんと総括した上で、なぜこの時期に国立大学法人の制度変更が必要なのか、しっかり説明するべきだ。

私立大学への影響も大きい。文書は⑦の関連で「大学の質保証の徹底推進」というページを設け、現状の問題点を指摘する。設置基準=規制緩和で基準を引き下げた、設置審査=抽象的な規程の運用、認証評価=最低基準の確認に留まり法的措置につながらない、法的措置=慎重な運用、経営支援=任意の協力が前提で強制力のある措置が出来ない・・・。厳しい指摘が並ぶ。その上で、今後の実施・検討項目として、設置基準の明確化や設置審査の高度化、認証評価の改善などを掲げる。経営課題を抱える学校法人には実地調査機能を強化し、早期の経営判断を促すとの文言もある。社会変化に対応できない大学等の対象のために、必要により法令上の措置も検討し、「大学としてふさわしい実質を有するものに適切な支援を進める」と結んでいる。

大学が「何でもあり」の状態になっていると憂うる声は、大学内外に多い。大学の質保証は喫緊の課題で、文書の指摘に共感する人も多いだろう。ただ、ここで問題なのは「大学としてふさわしい実質」の有無を、一体、誰が判断するかだ。そこが文書では見えない。恐らくは文科省の審議会などが担うのだろうが、私大の生殺与奪の権を「官」が握る心配はないのか。ある大学関係者は「これは官僚統制の強化だ」と指摘した。大学界の反応が注目される。