国立大学法人のマネジメント(日本福祉大学常任理事 篠田道夫)
国立大学法人化の3つの柱
国立大学の法人化は、規制緩和と競争激化の流れの中で、自律的に改革を推進するシステムとして登場してきたと言える。その運営は、三つの柱から成り立っている。
第一は学長への権限の集中によるマネジメントであり、第二は中期計画を軸とする政策に基づく自律的運営の拡大であり、第三はそれに基づく目標管理と評価である。三回の連載で、この三つをテーマにマネジメント改革としての法人化の意義と課題を考えてみたい。
学長権限の確立、選任制度
法人化により学長は法人の長となり、教学・経営両面での最高責任者として強い権限を持つこととなった。法人化以前の、大学を代表しながらも人事権も予算編成権も不十分で、学部長や事務局長が強い影響力を持っていた時代とは大きく変わった。
新設の役員会は決定機関として、年度計画、予算、さらに今までは主に教学側で審議されていた「学部、学科その他の重要な組織の設置」(国立大学法人法第11条2の4)など重要事項を審議、決定できるようになった。経営協議会の半数は学外委員による構成となり、企業等の最新の経営管理手法が導入できる。意思決定の複雑な階層化の中でダイナミックな改革の難しかった国立大学にとって、トップの強い権限の確保と法人機関の専決・執行領域の拡大は、改革の前進に大きな意義を持つ。
国立大学の学長は、私立大学でいう理事長・学長兼務体制で、政策統一や一元的な運営にとって、人を得られれば強い力を発揮する仕組みだ。東北大学のように学長選挙をなくして学内、学外者で構成する学長選考会議が中心的役割を果たすところも現れた。経営能力のある実力派リーダーを選び出すシステムが、学内の声をうまく取り入れながら機能すれば、現在の私学のトップの育成や選抜よりさらに進んだ仕組みとなりうる。ただ、ほとんどの大学が意向投票を行っており、その点では法人化以前と変わらないとも言える。しかし、意向投票の結果にもかかわらず、一位以外の人を学長選任した大学もあり、裁判になってもいるが、選考会議の力は確実に強まりつつあると言える。
役員会、経営協議会の強化
学長機能を支える役員会は重要だ。学長任命で編成できるため、部局の代表者だけでなく、中期計画の理念を共有できる実力のある教員、そして職員や外部人材も加えられる。学長の政策決定を支えるとともに、特にその執行管理をサポートし、学長の意思を実現する先に立たなければならない。
その点では、理事の構成とその分担責任体制も大切だ。大学の規模により理事定数は2人から8人の間だが、私立大学のような創立以来のしがらみがない分、経験や得意分野を生かした強力なスタッフ編成や業務分担ができる。
経営協議会は、半分を学外委員で構成することが法律で定められており、ここを通さねば経営案件の決定ができないことから、積極的に経営改革に活用すべきだ。経営協議会の学外委員は、アンケート(2008年5月9日付日本経済新聞)によると、重要事項の審議に意見が反映されたという声が60%なのに対し、十分でないとしたのも35%近くに上った。理事の20%近くは企業などから起用されているが、多くは非常勤で、必ずしも経営中枢の政策遂行に影響を及ぼす形にはなっておらず、学外者の活用が課題だ。
教授会や部局長会への政策浸透
中期目標に沿って事業を遂行していく点で、法人化前まで、大学の実質的決定に大きな力を持っていた教授会や部局長会が、どのような役割を担い運営されているか、また、教学トップとこの現場との政策統合を機構上どう位置づけるか、この統治の仕組みが極めて重要だ。しかし、この教授会や部局長会についての定めが、法人法ではなされていないのが致命的弱点だ。慣例のまま部局長会を設置しているところも多いようだが、法的位置づけがなければ、評議会と学部をつなぐ橋渡し機能も果たせないし、議論がいたずらに時間の浪費となる場合もある。学長や役員会でいかに迅速な意思決定ができても、それが教学や業務遂行の現場(部局)に貫徹されなければ意味がない。
この点では、学長が統括する「教育研究評議会」などトップと現場を結ぶ機関が、学内教学の基本方向を定め、具体化していく上でいかなる権限と実効性を持ち得るのか、この教学統治の実質化が重要だ。私立大学でも経営と教学の一体的な政策立案とその貫徹は、常に大学運営の中心問題の一つであり続けた。役員と現場をどうつなぐか、部局の自律性を適切に担保しながらも、大学全体の政策にどう効率的に統合できるか、本部と部局の関係は、引き続き法人運営の中心問題の一つである。
集中と分散のマネジメント
『IDE・現代の高等教育』2006年1月号は「学長の可能性」という特集で、学長の役割やリーダーシップについて東京大学の小宮山宏前総長や慶應義塾大学の安西祐一郎前塾長、『落下傘学長奮戦記』(中公新書ラクレ)の著者で岐阜大学前学長の黒木登志夫氏などが語っているが、結局トップダウンとボトムアップの接合なり、バランスという点が共通して強調されている。
厳しい経営環境の中では、当然ながら各学部の利益を超えて、長期的視野で大きな方向を定め、ビジョンを提起し、痛みの伴う改革を揺ぎなく進めるトップのリーダーシップが非常に重要だ。他方、大学はトップダウンだけでは駄目で、個人の能力や意欲という要素が大切であり、集中型と分散型のマネジメントを上手くバランスさせていかなければならない。小宮山氏の「自律・分散・協調系」という提起も、自律して存在し、分散して動いているのだけれども、最終的には、一つの目的に向かって協調していくような仕掛けづくり、リーダーシップが求められているという。
しかし、それを実際どうつくるのか、具体論の展開は不十分だ。つまりトップと部局をつなぐシステムや権限の有り様がはっきりしない。トップの政策とボトムの現実を接合させる結び目にいる機関が、どのような形で学内を統合し、また構成員の知恵も集められるか、この具体的な仕組みづくりが求められる。
業務遂行責任体制の確立
それからもう一つは、基本政策と現場の業務を結び合わせる幹部の役割だ。東京大学の佐々木毅元総長が日経新聞で述べた言葉を引用すると、「各法人の経営力を左右する具体的課題での改革推進には、『憎まれ役』を担う人材がなければ極めて困難であり、私の体験によれば、細部の議論になればなるほど、執行部の評判は芳しくなかった」(『国立大学の法人化から1年』2005年4月25日)。「憎まれ役」、つまり、その課題を実際に責任を持って執行する、そういう人材が不足しているということだ。
総論は賛成だけれども各論になると反対では、具体化が進まない。これを打ち破るには政策と業務の結び目にいる役員の責任体制だとか、幹部職員の経営力量や政策力量が、非常に大きな課題として出てくる。政策に掲げた課題や目標が、実際に現場で働く職員、部課長の確信になり、業務課題に落ちているのか、目標の実現に向かって業務や人事が組織されているのかが問われている。もちろん、これも私学と共通の課題だ。(文部科学教育通信No242 2010.4.26)