2008年10月20日月曜日

戦略経営の確立に向けて

昨今、大学経営戦略の構築に関する論考の多さとともに、各執筆者の視点の広さ、知見の深さに驚き、ひたすら敬服するばかりですが、今回は、この日記でもおなじみになってきました 日本福祉大学常任理事の篠田道夫氏が書かれた「戦略経営を構築するための基本手法」をご紹介します。

今回の論考では、簡単に申し上げれば、戦略的な大学経営を行うために求められる「手法」として、1)他大学が真似できない教学上、経営上の特色やスキルといった「中核能力」(コアコンピタンス)を育て強める施策、2)他大学等のベストプラクティスや一流の成果の成功要因や手法を学び、活用することを通して、自大学の改革、改善を図る取り組みであるベンチマーク手法、3)大学のミッションとそれを実現する政策全体、計画の全容を一覧化(可視化)した成果体系図(戦略マップ)の作成、4)顧客のニーズをつかみ、顧客の満足度を得る、あるいは高めるための手法であるマーケティング・マインドの活用が重視されています。

選択と集中、コアコンビタンス

戦略の策定と遂行の中で重視すべきなのがコアコンピタンス経営の考え方である。分析作業は、勢い短所や問題点、課題を明らかにすることが重視されがちだが、戦略として大学のこれからの発展の基軸は何かを考えるとき、長所、強み、それも中心となる強みは何かを鮮明にすることが特に重要だ。大学が社会的に存立している以上、他にない強みは当然持っている。この他大学が真似できない、あるいは真似しようとしても難しい内部に蓄積された固有の教学上、経営上あるいは社会連携事業の特色やスキル、この中核能力=コアコンピタンスに着目し、これを育て強める施策が求められる。これこそが差別化戦略の根幹であり、問題点を克服、改善する施策以上に、大学の将来を切り拓く原動力になる。

投資できる資源には限りがある。大学の中核事業の発展を考えると、コアコンピタンスの形成と強化に連動する事業を選定し、そこに特化することが必要となる。これが経営に「選択と集中」が求められるゆえんだ。選択と集中とは、事業全体を見直し、目的に対し、必要・不必要を明確にしていく手法で、重点事業への資源の集中の一方で、不要不急の業務の縮小や廃止は不可避である。生き残りのためには、他大学の優位に立つための教学・経営資源は何か、逆に不必要なものは何かを明確に判断し、リストラクチュアリングを遂行することが強く求められる。大学独自の個性を強める資源投入を強化するためにも、選択と集中の考え方は重要な経営原理のひとつである。

先進改革に学ぶベンチマーク

戦略の形成過程に、斬新な手法を導入し、劇的な改善を実現する手法として注目されるのがベンチマーキングである。同業や他業種のベストプラクティス、一流の成果を上げている所を探し、その成功要因や手法を学び、活用することを通して、自大学の改革、改善を図る取り組みである。どんな問題でも即座に解決策を考え出し、改革ができる人材はそう多くいるものではない。知恵を絞っても解決策が見つからない場合、他人の知恵や経験に学ぶベンチマーク手法は有効だ。しかも、現行のやり方とは全く異なる新しいやり方や視点を学び、取り入れることもできる。しかもベンチマークには失敗というリスクが少ない。なぜなら最初からベストの良いところを取り入れる取り組みであり、しかも、すでに実践で検証済みの方法だからである。

ただし、結果だけを真似る単なる「物まね」では良い成果は得られない。自大学の現状とベストの間には当然ギャップがある。このギャップの原因分析、なぜ差が出ているのか、その実践方法や組織体制の違いなどPDCAのすべての過程にわたって分析し、トータルに改革しなければ、結果だけの模倣では根本的な改革にはなりえない。ベンチマークの対象は大学運営や教学内容から、研究事業や社会連携活動の取り組み、経営、財務運営、事務システムなど多様であり、それによって選定すべき対象も異なる。

当然、同系先進大学がまず対象となるが、異なる系統の大学、違う業種や団体、企業も含め広くその分野におけるベストを対象とする。見落としがちなのは自大学の中でのベンチマークである。努力した優れた実践例は、よく見れば小さなものでも身近に必ずあるもので、この教訓の全学的普及、共有も重要だ。

政策全体を俯瞰する戦略マップ

池田輝政氏(名城大学)などが名古屋大学の中期目標・中期計画を策定する際、実践的にも使われた戦略プランニング手法も有効な方法だ。戦略策定会議を立ち上げ、建学の精神や組織の規範、ミッションや教育・研究の方向性をまず明らかにする。内部環境、外部環境を分析し、戦略ドメイン(ミッションを実現するための研究・教育・管理など主要領域の確定)と中期的遂行課題を設定、その実現のためのアクションプランを具体化し、その下に、3~5年後の具体的成果目標、成果指標を記載するというもので、基本の流れはMOSTの戦略立案に共通のものだ。優れているのは、これらを長文の文章で表現するのではなく、成果体系図(戦略マップ)として、一枚のマップで示し、可視化させている点にある。成果体系図の実際は、名古屋大学の中期計画*1などでご覧頂きたいが、まず、一番上にミッション・ビジョンを簡潔に箇条書きし、その下にその目標を実現するための柱となる主要領域を戦略ドメインとして、例えば研究、教育、国際化、社会貢献、管理運営・組織、学術情報、環境基盤、経営資源・・・など10項目前後に分け、横並びに記載し、その下にドメインごとの基本目標を簡潔に明記する。そして、さらにこの基本目標を実現するための行動目標を記載し、その下にそれを実現するための計画を箇条書きで書いていく。行動目標が二つ、三つになる場合は番号をふって記載し、下にいくほど実践的な内容となる構造となっている。この成果体系図(戦略マップ)は、ミッションとそれを実現する政策全体、計画の全容を一覧でき、構造的に把握できる点でたいへん優れている目標の実現に向かって全体が一貫した施策になっているか、その具体的施策のレベルが妥当なものかの検証にとっても意義がある目標から実行にいたる流れ全体を俯瞰でき、系統的に理解できる仕組みだ。政策そのものの全教職員の理解と行動の一致を作り出す上で効果的な手法だと思われる。

マーケティング・マインドを生かす

こうした戦略の具体化のための調査や、実際の成果を上げるための手法にマーケティングがある。マーケティングとは、どのような価値を市場に提供すればニーズを満たせるかをリサーチし、ニーズにあった製品を企画・開発する。そして適正な価格を設定して市場に告知し、顧客に提供して満足度を得る(利益を上げる)ことだと定義される。マーケティングは4Pの頭文字で表されるが、大学に即して考えれば、製品(Product)は教育内容やキャリア形成・就職支援、充実した学生生活の提供、価格(Price)は、学費や諸経費、奨学金など生活支援体制、立地(Place)は、キャンパス、施設設備、学習環境や交通の便なども含まれ、宣伝・広告(Promotion)は、広報、学生募集、さちには大学の対外活動や社会連携も含まれると思われる。顧客のニーズをつかみ、顧客の満足度を得るために、この4Pを総合的に捉えることによる一連の改善プロセスといえる。

従ってニーズをつかむためのマーケットリサーチが重要視される。常に市場の需要を調査・分析、それに基づいて教育や環境を改善し、適正な価格を設定してその中身を積極的に広報し、最終的に学生募集に結実させる。この一連の流れは別の言い方をすればCS経営(Customer Satisfaction)、顧客満足を第一とする経営の実現とも言える。提供する製品・サービスが顧客の目的に合致しなければ、顧客の満足を得ることはできない。今焦点の顧客である学生を獲得するための募集活動・大学広報は当然のことであるが、就職先の開拓と学生進路支援においても、また学生の満足度を高めるための教育改善の取り組みや学生生活充実のための企画などにとっても重要な手法として生かされるべきものである。マーケティング・マインドを大学のすべての分野での事業企画や実践に活用することが求められる。(文部科学教育通信No205 2008.10.13)

*1:国立大学法人名古屋大学中期目標・中期計画:http://www.nagoya-u.ac.jp/out/pdf/midterm_20080404.pdf