中京大学の刀根實氏が書かれた「大学組織と大学行政管理職員」のご紹介も今回が最終となりました。
これまで、アドミニストレーターの要件(備えるべき能力)として、
1 数字(財務関連諸表)が読める職員(Finance)
2 市場動向を理解して先手が打てる職員(Marketing)
3 ITを難なくこなせる職員(Digital Skill)
4 英語(外国語)が話せる職員(English)
5 人間の理解ができる職員(Communication)
6 国内外で交流ができる職員(Network) をご紹介してきました。
今回は、加えて、
7 専門知識なら教授には負けない職員(Professional)
8 危機管理ができる職員(Risk Management) です。
Skill 8 専門的知識
さらに、事務職員もその専門性を高める必要があるという点において、Professionalを挙げておきたい。事務職員にとっては、先の大学組織のところでも触れた専門性がますます重要になってくる。大学のみならず日本社会には、かつて三種の神器と呼ばれた雇用システムが今も根付いている。いわゆるジェネラリスト養成のため、組織内のいくつかの部署を経験する人事異動システムもそのひとつである。現在、我が国は社会全体がかつてのいいものは新しい世紀に残し、古くて使えないものは古い世紀に置いていこうとしている境目の時代に生きている。こうした中、日本式人事システムは新しい形になって、次世代に引き継がれなければならない。中途採用を利用してその専門性を競わせるといった従来にはないシステム作りを、中京大学でも早くから導入してきたと聞く。事実、中京大学では現行事務職員のうち、中途採用者の比率が約半数近くになっている。
また行政管理の出来る職員ならば、自らの専門性において、たとえ博士号を持っていなくても、教育職員と同等な議論が可能、あるいはそれ以上となることが理想であろう。その意味では、事務職員が夜間大学院や通信教育などを利用して、自己啓発を行っていけるよう組織的なバックアップ作りが不可欠である。学内に於いて、学生達に資格・免許を取得せよ、と叫ぶ前に自分達の自己研修をおろそかにしてはならない。また、米国大学にて留学生を扱うような国際関連部署では、博士号を持つアドミニストレーターが当たり前のように日常勤務していることも、日米間の格差を感じさせるひとつである。MBAなどを流行ではなく、自らのライフスタイルに照らし合わせた計画の一部として、さらには組織と個の関係を再認識した結果として、こうしたものが必要だと思うことが大切である。
Skill 9 危機管理能力
最後になったが、Risk Managementである。事務職員と危機管理といういささか聞き慣れない組み合わせに驚いてはいけない。民間企業では当然のこととして、組織のトップとナンバー2が出張に出かける際には必ず、意識的に飛行機の便を別々にすることは誰もが知っている。かつて、筆者が劇団四季に就職した1983年当時、全国公演で国内各地を移動する際に、主演女優とその代役となるべき俳優(アンダー・スタディと呼ばれる)とは、別の飛行機で次の公演地まで移動していたことを必ず思い出す。万が一の場合でも、公演に穴をあけてはならないという、常に顧客志向の結果である。しかし残念ながら、日本人の危機管理意識は世界レベルで見ても低いことはよく知られている。日本大学大学院の大泉教授はこれを民俗学的なアプローチでいくつかその背景を解説しているが、恐らく個人的にもこうした経験がなければあまり関心を示さなかった領域かもしれない。
ハーマンによれば危機とは、「意志決定集団の最優先目標を脅かし、意志決定が策定される前に対処時間を制限し、発生によって意志決定集団のメンバーを驚かすもの」と定義されている。また、危機管理を定義すれば、「いかなる危険にさらされても組織が生き残り、被害を極小化するために、危険を予測し、対応策をリスク・コントロール中心に計画し、組織し、指導し、調整し、統制するプロセス」ということになる。さらに付け加えればリスクは「コスト」であるとも言える。そのコストを先程の定義を用い、最小限に抑えるためのファクターが「スピード」なのである。大学という業種であろうとも、リスク・マネジメントは「生き残る」ためにも選択必要な分野なのである。
いくつかの先進大学に習って、そうでない大学は一刻も早くそれぞれに応じた危機管理マニュアルを検討し、作成し、実践すべき時に来ている。さらに、その分野での研究やノウハウを情報交換する場を頻繁に設定していく必要がある。我が国のいくつかの大学に於ける経営学部では、この危機管理を授業として採用している大学もあるが、まだ少数派であるのが実状である。
具体的に考えれば、毎年どこの大学でも多くの学生対象の、長期休暇を利用しての語学研修・異文化体験を実施している。多くの学生が海外に簡単に出歩く機会が増えれば増えるほど、危機管理は重要となってくるのである。具体的な事故が発生した場合の対策チームの策定から始まり、マスコミヘの記者会見や報道対策は言うまでもなく、最悪の場合の保険まで多くの大学で対策が整いつつある。しかしながら、それ以外の事例、例えば学内機密文書の漏洩、財政上の管理ミス、あるいは入試判定ミスなど大学経営を脅かす危機やリスクはいくつも存在するのである。
にも関わらず、国内の大学には危機管理センターも危機管理研究所も設置されているところはほとんどない。組織的に危機管理担当者、リスク・マネジャーを置いている大学も聞いたためしがない。如何なる場合にせよ、関係者に事故や事件が発生した場合には、大学は道義上の責任から逃れることは出来ない。こうしたことを想定し、多くの大学において最低でも年に一度程度の会合が組織的に開催されれば意識が変わってくることは間違いない。特に大学に於いては、海外との窓口となる国際交流関連部署では比較的、保険制度の導入などは進んではいるものの、大学全体としては非常にお粗末な状況であろう。本学では昨年、外国人留学生が夏期休暇中、放火により住居を突然喪失するという事件に遭遇した。日本中がお盆休み中であり、大学関係者は連絡が取りづらい状況であったにも関わらず、市内にある外国人留学生を支援するボランティア組織から、すぐさま大学宛に電話がかかり、警察署にも消防署にも連絡を行い、被害状況から現在の仮住まいまで教えて頂くという本当に頭の下がる思いをした。大学の危機管理マニュアルはこうした小さなことから、大事件・大事故までもカバーする大がかりで組織的なものでなくてはならない。
行政管理のDNAを次世代に
長い間、「大学はぬるま湯社会」といわれ続けてきた。事務職員になり行政管理を志向する者としては、まさに日々の実践でこれに反論していきたい。外部要因として強烈な競争意識(メガ・コンペティション)が津波のように押し寄せ、大転換を強いられる21世紀に生きる今、すべての事務職員はその一員として時代の大きなうねりに参加出来ることを心から感謝し日々の業務に励むと共に、新しいスキルを身につける努力を同時に実践しながら大学経営に新しいうねりを生み出していく必要がある。そうしたことが事務職員の行政管理という進化に繋がるのである。
道端に石が落ちていれば、自分でそれをどける地道な作業を忘れて、小手先のマニュアルで処理することは非常に危険なことである。こうしたことは、誰しもが理解している。がしかし、現実にそれを実践していくことが、いかに困難かも常に忘れてはならない。あとは、ひたすら先の9つのマトリックスにある使命を忘れず、8つの能力を向上させ続ける努力を怠らないことである。不断の努力が、次世代の遺伝子に引き継がれ、必ずや我が国の大学行政管理職員となって結実するはずである。
刀根實氏が書かれた「大学組織と大学行政管理職員」の全文については、以下のURLをご参照ください。
http://www.chukyo-u.ac.jp/kokusai/cuic/jp/greeting/organization.pdf