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2 大学ガバナンスの構造
本稿では、大学のガバナンスとは、大学運営の意思決定と執行手段の構造と考える。そこでまず頭に浮かぶのは、学校教育法第5条の「設置者管理原則」である。「学校の設置者は学校を管理し、法令で特別の定めのある場合を除いては、その学校の経費を負担する」という規定を鵜呑みにすれば、国立大学の運営は国立大学法人が、公立大学の運営は設置者である地方自治体あるいは公立大学法人が、私立大学の運営は設置者である学校法人が決めるということになる。しかし、ことはそう単純ではない。設置者のみならず、国と大学が大学のガバナンスの重要な主体だからである。
国は、国立大学の設置者であるだけではなく、国、公、私を通じて大学の公共性を保障する責任を負う。そのため大学の管理運営の枠組みとなる大学制度を設定し、制度の運用に責任を持つ。大学は、大学自治を保障された独立性の強い組織であり、大学の運営に関する意思決定の多くは大学自身が下している。大学の学内管理体制を大学のガバナンスという場合も少なくない。設置者が大学の運営を一方的に管理するのではなく、国、設置者、大学の三者の意思が相互に関連して、大学のガバナンスを形成していると見なければならない。その中で、特に、国・公・私を通じて大学のガバナンスを特徴づけているのは、大学の自治的性格、独立性の強さである。大学のガバナンスの解明は、まず、大学の自治的性格をどう理解するかにかかっている。
3 大学自治とは
大学は、単なる設置者の教育事業ではない。大学の運営は大学自身が決めるという大学自治の尊重は、先進諸国に共通する原則である。
ヨーロッパ大学協会(EUA)は、2009(平成21)年、「大学が社会により良く奉仕するためには、自治の強化が必要である。特に、大学のリーダー達が、大学のミッションと特色に即して学内組織を効率的に構成し、スタッフを選任・訓練し、教育・研究のプログラムを策定し、財政資源を使用することを許容する適切な規制の枠組みが必要である」と宣言し、ヨーロッパ34か国の大学自治の状況を調査した。昨2011年には、そのうち26か国について採点表を発表している(University Autonomy in Europe Ⅱ The Score Card)。
日本では、大学自治は憲法が保障する学問の自由(23条)の制度的保障と位置付けられてきた。学術の中心である大学における教育研究の自由が学問の自由の中核であり、それを保障するために大学の自治が認められているということである。この憲法に基づく法的保障とともに大学自治を支えるのが、大学の活動内容の特殊性である。大学が担う複雑高度な教育・研究は、大学自身にその運営を任せることで、より良い成果が得られるという認識が、大学自治尊重の実質的基盤である。EUAの宣言もそのような認識に基づくものであろう。付言すれば、大学自治が社会的責任、説明責任を伴うものであることもまた国際的に共通な認識となっている。
ドイツやフランスでは、大学が自治的施設であることを法律で明示しているが、日本では大学自治を正面から規定した法律はない。学校教育法が大学を「学術の中心」と規定している(83条1項)ことが、大学自治を学問の自由の制度的保障とする解釈を補強している。2006(平成18)年の教育基本法の改正で、大学に関する条文が追加され、次のような規定が設けられた。「大学については、自主性、自律性その他の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない」(7条2項)。現時点では、これが国・公・私立大学を通じる大学自治尊重の根拠規定といってよい。
大学の運営をめぐる国、設置者、大学間の関係は、国、公、私立で大きく異なっている。紙数も限られているので、公立大学については後日に譲ることとし、以下、国立と私立それぞれについて考察を進めたい。(続く)