「大学の地方創生戦略」(清成忠男・事業構想大学院大学学長)(リクルートカレッジマネジメント189 / Nov. - Dec. 2014)をご紹介します。
政府の地方創生政策が本格的に動き出した。前号では、地方創生における大学の役割について検討した。今回は、具体的な大学の地方創生戦略を取り上げる。
戦略の課題
地方の活性化は、地方に立地する大学の存立基盤を強化する。したがって、地方の大学は、地方創生戦略展開の主たる担い手にならなければならない。
まず、注目すべきは、流動性の大きい若者の動向である。地方は若者の流出を抑制し、流入を促進する必要がある。困難ではあるが、地方は人口の社会増をはかることが望ましい。
問題は、地方の範囲である。ここでは、全国を数カ所に分けた広域的な地方圏を単位として考える。圏域内では、大学は機能分化を進め、ネットワーク化をはかる。各圏域では、大学志願者の東京圏への流出を抑制する。そして、東京圏における大学卒業者のUターンや Iターンを促進する。
ただ、東京一極集中にはそれなりの理由がある。東京には中枢管理機能が集積されている。多様な知的資源も蓄積されている。その結果、高い付加価値が生み出される。同時に、大量の雇用が創出されている。
したがって、大学志願者には、将来における雇用の機会の豊富な東京圏の大学への進学を志向する者が多くなる。地方大学の卒業生も地元に就職の機会が乏しいとなると、東京圏に流出することになる。
もちろん、東京には独自の都市文化が存在し、地方の人々を惹きつける。だが、東京には、影の部分も存在する。東京の 2013年の合計特殊出生率は、1.13と全国最低の水準にある。仕事優先という状況とともに、子育ての条件が必ずしも整備されていない。少子化は当然の結果である。自然環境という点でも、東京が望ましい状況にあるとはいえない。
最近では、若者の価値観は多様化している。若者の東京志向にも変化が見られるのである。地方の大学志願者は、東京の状況をトータルに判断して進学先を決めるはずである。
いずれにしても、地方創生は、若者の地方回帰を前提とする。それでは、大学の志願状況は、どのように推移しているのであろうか。
志願者地元志向の動向
地元大学への進学希望が強まる傾向にあるという調査がある。リクルート進学総研の調査によると、地元志向の割合は、2009年 40.1%、2011年 46.5%、2013年 49.4%と推移している。ただ、学校基本調査によると、大学入学者の自県内入学率は、2010年に 42.0%であったが、2011年41.9%、2012年 42.0%、2013年 42.3%、2014年 42.1%と横ばいに推移している。こうした数値から見る限り、地元進学は必ずしも強まっていない。
また、入学者総数に占める東京圏入学者の比率は、2004年には40.3%であったが、2009年41.3%、2013年 41.1%、2014年 41.6%と推移している。東京圏一極集中が強まっているわけではない。志願者の流動性は落ち着いているといえよう。
それにしても、大学入学者はすでに大都市圏に集中し過ぎている。前述したように、2014年には入学者の 41.6%を東京圏が占めているが、人口の集中度は 29.8%に止まっている。東京圏に愛知県及び関西圏(京都府、大阪府、兵庫県、奈良県)を加えた3大都市圏には、入学者の 67.3%が集中しており、人口の 51.4%を大きく上回っている。今後のあるべき国土構造に配慮すると、地方分散をはかるべきだという見解が成り立つ。ただ、地方分散は、地方創生の成否に依存する。
地方創生の課題は、地方における産業の創出である。地方の雇用の機会が拡大すれば、大学入学者の地元志向が強まるはずである。ただ、入学者の地元志向には、大きな地域差がある。まず、この点を確認しておこう。表1(略)は、都道府県別に地元進学率の推移を見たものである。地元進学率の高い地域と低い地域を対比してある。地元進学率の高い地域であるが、それぞれ事情はやや異なる。3大都市圏に属しているのは、半数の5都府県である。地元に大学が集積されており、地元志向が強い。これらの地域では、大学等進学率が高い。また、福岡県と広島県は、3大都市圏に次ぐ地方拠点である。やはり大学の集積が厚く、地元進学率が高い。これに対して、北海道と沖縄は、地元流出のコストが高く、もともと地元進学率が高い。なお、7都府県において、地元進学率が上昇している。
他方、地元進学率の低い県であるが、やはりそれぞれ事情がある。多くの大学が集積している大都市に隣接しているため志願者の流出が著しい和歌山県、佐賀県、岐阜県などが目につく。和歌山県は 2014年に地元残留者 479人に対して、大阪府への流出者は 1835人に達する。佐賀県は地元残留者 527人に対して福岡県への流出者 1390人、岐阜県は地元残留者 1793人に対して愛知県への流出者4535人という状況にある。福島県は地元残留者 1519人に対して東京への流出者1674人、山形県は地元残留者と宮城県への流出者が同数、鳥取県は関西に流出、島根県は岡山県と広島県に流出、香川県は関西と岡山県に流出、長崎県と宮崎県は福岡県への流出、といった状況が見られる。いずれも、地元における雇用の場の不足が影響している。
また、表1(略)によって明らかなことは、地元進学率が高い地域においては大学等進学率の高い地域が多い。逆に地元進学率の低い地域においては総じて大学等進学率が低い。所得水準を向上させ、大学等進学率が上昇すれば、地元に多くの大学が成り立つようになる。結果として、地元進学率が上昇する。
大学の戦略的対応の方向
わが国の地方分権・分散を考慮すると、広域圏としての創生が現実的であろう。この場合、中枢拠点都市の強化と各県の底上げをベースにすることが不可欠である。
地方創生の鍵は、新産業の創出である。新産業は所得効果と雇用効果をもたらすとともに、域際収支をプラスにし経済自立に貢献する。所得水準の上昇は大学進学率を上昇させ、地元での就職を可能にする。若者の流出を抑制し、地方回帰につながる。
このように、地方創生は、大学にとっても大きなメリットがある。ただ、新産業創出は容易ではないし、一定の時間を要する。しかも、どのような産業を起こすかが問題になる。そのための戦略が不可欠であり、策定には大学の専門家が寄与できるはずである。
さて、産業は、国際通用性を必要とする産業とローカルな産業に大別できる。前者は先端技術を集約した産業であり、後者の典型は農業やヘルスケア・サービス産業である。ここでは、さしあたり前者の検討から始める。
別図(略)は、スマイルの表情に類似した価値獲得のスマイリング・カーブである。縦軸は付加価値、横軸はヴァリュー・チェーンである。産業としては、ICT産業を想定している。もともとは台湾のパソコン・メーカーのエイサーの創業者である施氏が発案したモデルであり、欧米の研究者が精緻化したものである。意味するところは、カーブの両端において付加価値が高い。川上の事業構想、事業モデルの開発、研究開発、知財戦略、川下での顧客をサポートするアフターサービス、複雑なシステム提供などにおいて、付加価値が高い。このシステム提供とは、単独の産業を超えて、複数の関連産業をシステム化することを意味する。さらに、その延長上で、より高次の問題解決をはかり、顧客サイドから新しい産業を構想し創出することが可能になる。ヴァリュー・チェーンの最終段階において、まさに知的作業が拡大する。そして、低付加価値の領域は、外部化される。こうした低付加価領域を戦略産業として新興国が挑戦することになる。
さて、中枢管理機能に関連する領域は、このカーブの両端に位置する。先進国の企業においては、こうした領域が戦略のうえできわめて重要である。いわば知識基盤社会に対応した中核的領域である。大学が関わり、拠点都市に厚く蓄積されることが望ましい。
1970年代から80年代には、わが国産業の主流は、カーブの中央部の生産機能であった。ターゲットが定まっており、規格化された良質の製品を量産し、シェアを拡大すればよかったのである。だが、今や時代は重化学工業段階から知識基盤社会への移行が進んでいる。
このスマイリング・カーブ論は、多くの組立産業にあてはまる。その他の多くの産業についても、一定の示唆を与えている。のみならず、知的作業を集約した領域が企業から外部化され、知的サービス業が多様に広がっている。こうした産業は、大学とも関連が深化している。
ところで、もう一つのタイプのローカル分野においては状況はどうか。やはり、かつての地域産業と異なり、例えば、農業について見ると、一方では事業モデルの開発や研究開発、生産方法の改革、他方でブランディングやマーケティング、さらにはシステム化による高付加価値化を志向する「6次産業化」といった知的作業が重要になる。
さらに、今後、ますます重要性を増すローカル産業は、ヘルスケア・サービス産業である。とりわけ、超高齢社会に対応して、地域レベルで医療と介護をシームレスに統合し、新しい地域社会を構築することがきわめて重要な課題になっている。やはり地域住民の視点に立った地域福祉社会の構想、ヘルスケア・サービスを統合する事業体の経営、関連する医療・介護・看護施設等の管理、参加事業体のICT化、等々の知的作業が不可欠である。介護現場の改善による高付加価値化も実現しなければならない。
こうしたヘルスケア・サービスの構築は、大学及び大学病院の主導に成否が大きく依存している。課題解決に対応した教育が重要なことはいうまでもない。
いずれにしても、ローカル産業の創出・拡大は、地元に雇用の機会を広げ、大学卒業生の地元就職の拡大を可能にする。結果として、入学志願者の地元進学率も上昇する。
大学の地方創生戦略
以上の検討をふまえて、大学の地方創生戦略について検討しておこう。
地方創生の担い手は、地元の民・学・産・公である。地域住民、大学、産業界、地方公共団体といった地域力の結集が不可欠である。ここでは、新産業の創出を取り上げるが、大学の役割について論ずることにする。
大学の戦略的対応は、大学界としての対応と個別大学の対応に大別される。前者は、地域を単位とした連携が中心になる。とりわけ大学の広域圏における連携が重要な意味をもつ。広域圏については、3大都市圏はすでに知的資産の集積が進み、かなりの拠点性を有している。ここでは、北海道、東北、中国・四国及び九州について検討する。表2(略)は、こうした地域ブロックの状況を示したものである。中枢都市として、札幌、仙台、広島、福岡の拠点性を強める必要がある。圏域内では、有力大学を中心として大学クラスターまたはネットワークを形成することが望ましい。大学の機能分化に対応して多様な知的資源が蓄積されているから、相乗効果を拡大することが可能になろう。圏域内の中枢部に波及効果の大きい新産業を創出する。同時に、同一県内においても大学間連携によって新産業を創出し、県経済の底上げをはかる。もちろん、圏域にとらわれず、大学間ネットワークの自由かつ多様な展開が望ましい。
結果として、圏域内にはグローバルな産業とローカルな産業が創出されよう。鍵は、企業や大学に蓄積された知的資源の活用である。創出すべき産業の選択については、産・学・公の密接な連携が不可欠である。連携にあたっては、構想力を有し、参加者の統合・調整を進めるリーダーの存在がきわめて重要である。そして、リーダーを支える事務局の組織と専門人財も不可欠である。なお、連携にあたっては、前号で述べた独立の研究所が媒介機関として活動することが考えられる。
個別大学の意識改革も必要である。大学は地域社会と運命共同体である。研究型大学であれば、新産業のシーズの創造や大学発ベンチャーの設立などで地域に寄与できるはずである。また、教育型大学であれば、地域社会を支える多様な人財の育成に貢献することが可能である。とりわけローカルな産業の人財育成には積極的に対応すべきである。
タイムラグがあるにしても、新しい産業の創出は雇用を拡大させ、結果として大学の地元進学率を高めることになる。私立大学の入学定員割れも解消に向うと思われる。
個別大学は自己の知的資源を活用して新しい教育研究分野を開拓し、大学の役割を内外に明確に示すべきである。それが地域社会における大学の存在感を強化し、大学は地域社会によって評価されることになろう。