2015年2月13日金曜日

地域創生とグローバル大学へ向けた教育改革

地域創生とグローバル大学へ向けた教育改革」(リクルート カレッジマネジメント190 / Jan. - Feb. 2015)をご紹介します。


2011年に大学設置基準が改正され、「大学は、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指し、教育課程の内外を通じて社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むこと」が明記され、就業力育成は大学教育の重要な課題となっている。各大学が活動の方向性を模索するなか、地域産業人材の育成や地域経済の活性化にもつながるような就業力育成の取り組みが注目されている。

この連載では、産業界との連携や地元自治体との協働によって学生の就業力を高めることに成功している事例などを、積極的に紹介していきたい。

今回は、2014年度「スーパーグローバル大学創成支援事業(SGU事業)」「地(知)の拠点整備事業(大学COC事業)」に採択された熊本大学で、谷口功学長にお話をうかがった。国際化と地域創生とを一体的に捉えた取り組みは、地方国立大学の目指す教育改革の方向性として注目される。

課題は学生のエンカレッジ

旧制五高の伝統を持ち、現在も地域のトップ校である熊本大学。谷口功学長は、「うちの学生は高いポテンシャルを持っていて、社会で十分に活躍できる。ただ、東京にいる人たちに比べて自己表現力や積極性がちょっと劣る。関西圏とか東京の学生は自分で自分を売り込むというのをやるでしょ。武士の社会を基盤とする熊本の文化的な特徴かもしれないけど、あまり自分を売り込むというのを良しとしないのです。そういう特性を捉えて、就職支援では学生一人ひとりの良いところをちゃんと主張できるように上手にエンカレッジ(刺激)して指導するようにと言っています」

出席率95%超の学長特別講義

学生の意識を醸成し、エンカレッジするために学長自らが手がけるのが『学長特別講義』だ。全学部の1年次全員(約2000人)が受講するため、4月から6月までかけて、約25回の講義が設定される。正課外の講義なので単位はつかない。講義時間は18時から19時30分。にもかかわらず、出席率は95%以上という。

始めたきっかけは、2011年3月の東日本大震災だ。
「当時、学生がちょっと浮き足立ったのです。被災地に応援に行かなくちゃ、ボランティアに行かなくちゃ、先生、行っていいですかと。気持ちは非常によくわかる。だけども、『とにかくボランティア』『行かないと悪い』というような感じもあったし、行ったらそれで終わりっていうのもダメだと思った。だから、もちろん行くのはいいけど、これは10年20年で終わる話じゃない。だからあなたたちは、ボランティアに行って免罪になるのでなくて、今ここでしっかり勉強して、日本の社会はどうあるべきかとか、新しい産業の創出とか、医学で人を救うとか、将来いろいろな役割を果たすことも、日本の復興のために役に立つということなんだと理解させて、落ち着いて勉強をさせようと思った」

この講義には、二つの目的がある。一つはこの地域=熊本の素晴らしいところを自覚させることであり、もう一つは、“なぜ・何のために学ぶのか”という、大学生としての使命を考えさせることだ。

「せっかく熊本にいるのだから、この土地の良いところを自覚して、自信を持てと伝えています。私は熊本出身ではないけれど、外から来たからかえって、熊本の良いところが目に付くということもあるわけです。ご当地の人は、良いところがあるのにそれに気が付かない。そのため、自分のいる地域の良いところを表現することが、意外とできないのです。そういう地域を見直すことをちゃんとやるべきだというと、ローカルばかりと取られがちだけれど、そうではない。ローカルで終わるのではなく、それを世界につなげるのです。その地域、熊本なら熊本の良いところを言うことが、自分たちを認めてもらうことだし、相手を認めることでもある。それが世界人であり、グローバル化なのですよ」

「だから、本学の歴史を振り返りながら、地域の話をしていくわけです。五高が明治20年にできましたと。なぜ一高から五高の5つの地域だったのかという話に始まってね。明治からの近代日本の150年の歴史は、私どもの大学の歴史そのものです」。歴代校長の中には講道館柔道の創始者である嘉納治五郎もいる、夏目漱石が教えた生徒の中に寺田寅彦がいるなど、著名人の話も交えて学生の興味を引きつつ、講義は2つめの目的につながっていく」

「勝海舟さんが、当時の五高の学生さんに書いてくれた『入神致用(ニュウシンチヨウ)』という言葉があります。学問でも仕事でも何でも人並みじゃダメで、もっと上まで行って、神様の領域に入れと。そうして初めて『用』をなす、人とか社会の役に立つところに到達すると。そういう人になれという意味です。私の解釈ですが」。当時の五高の学生は、日本のリーダーになるべく高等教育を受けていたエリートだが、谷口学長は今の熊本大生も同じだと言う。

「あなたたちは、こういう五高の歴史のある国立大学の、選ばれた学生なのだから、それだけのものは社会に返さないとダメだと。自分のために勉強するだけではダメだ、人や社会の役に立つという気持ちを持てと。そういう話を流れの中でしていくと、なんで勉強しないといけないかっていうのを、学生もある程度はわかるのですよ。その志を持つことは結果的に、就職のときも社会に出てからも、役に立っていくはずだと思います」

COCとSGUの接続

「国際化っていうのは、地域のことをちゃんと自慢できるということだよ」とたびたび話しているという谷口学長の構想の中では、『スーパーグローバル大学創成支援事業(SGU事業)』と『地(知)の拠点整備事業(大学COC事業)』とは、ごく自然に結びついている。

「地域の発展のためにもと申請した大学COC事業ですが、地域で終わってしまって世界につながらないのではダメで、学生さんのためにならない。さらに、学生を世界につなげることができる力を持たせるのに活用できる事業として、SGUを申請したわけです」

SGUの推進本部は学長直轄の組織だ。2013年度から先行した大学院先導機構などでの世界トップの先端研究の推進、大学COC事業、教養教育改革も同様に、学長をトップとする体制で推進している。

「いろんな実行部隊は作りますが、責任は全部学長にある形でコントロールしていく。といっても、学長が命令したらみんなそれを聞くというわけではない。多様性という意味ではそれが大学のいいところでもあるのですが。だから文科省などのプロジェクトはあったほうがいいのですよ。一般論で言っても、なかなか先生方に理解していただいて動いてもらうのは容易ではないのです。プロジェクトがあれば、これをやると伝えることができてわかりやすい」

教養教育としての『熊本学』

教養教育改革の一環として、2015年度からFYE(初年次教育プログラム)が始まる予定だ。そこでは例えば、地域研究の「熊本学」として複数の教員が担当するシリーズを組んで1単位程度とし、学長特別講義もその1コマになる方向だという。

「『熊本学』は教養教育の中で始まるのですが、世界とつながるSGUともいえる。オーバーラップしているわけです。そして最終的には全部マージ(結合)します」

谷口学長は「学生が、世界の中で生きていけるようにすること」が教養教育の基本的な目標だという。

「今の学生が活躍するのは10年後20年後の世界です。今よりも一段とグローバル化が進み、アジアもどんどん伸びてきているでしょう。そういう中で生きていくためには、日本のことを含めて地域のことをしっかり理解させておくというのがまず一つあるでしょう」

「地域のことを理解したら、それを世界につなげる、世界に向けて『地域』を発信する力をつけるということ、それがもう一つです。発信するためには英語なり中国語なりもあるかもしれないけれど、言葉を覚えるのが世界につながることじゃない。むしろ、日本の良いところを主張する、黙っていたらダメだという考え方、主張するコミュニケーションの力・意識・意欲のほうが必要です」

地域に関わる国立大学の役割

今後の課題を谷口学長に尋ねたところ、「課題といえば少子化・人口減少ですよ」という答えが返ってきた。

「私たちが18歳のときは、230万人とか240万人とかだった18歳人口が、今は110万人でしょ。80万人、つまりかつての3分の1になるのも遠い日ではない。大学について言えば、私立・国公立を問わず、定員の縮小ということも当然おこってくるでしょう」

ことは定員縮小にとどまらない。地域の人口が半減したとき、今は不足している人材、例えば医師が、余るかもしれない。そこまで考えて高等教育の役割をどう位置づけ、どう人を育てるかが、大学に問われていることだ。

「人口減少は、首都圏以外の地域はみんな抱えている問題で、それを乗り越えられるのは、たぶん大学の力だと思う。大学がどう機能強化して、その力を地域に及ぼせるか。大学から出てくる新しい『知』をイノベーションへと上手に育てて、地域に産業を作り雇用を作ることができるか」

熊本大学では、2003年に従来にない優れた強度と耐熱性を持つ「KUMADAIマグネシウム合金」、2012年には不燃マグネシウムを開発している。

「最先端技術として日本のみならず世界から注目されており、諸外国や他の地域の自治体や企業からの産業誘致の申し入れが絶えませんが、みんな断っています。世界のトップ技術をここ熊本に残しておくことで、世界中から熊本に人を呼ぶ、そういう核にするべきだと考えているので。これは一つの例ですが、新しい何かを作ることで、この地域を、人口の減り続ける日本の中だけでなく、成長する世界にどれだけつなげるか。それができるのは、大学しかないでしょう」

従来、地域に貢献すべき大学は公立、国のためにあるのが国立という、漠然とした役割分担があった。しかし谷口学長は、それが今は変わり、地域にきちんと関わることも国立大学の役割になったと捉えている。

「だからうちは、この地域でしっかりと役割を果たそうと思っているわけです。学生にも先生方にも理解してもらって、協力してもらわないといけない。でも、先生方より学生のためということをまず考えたいですね。学生たちの元気な活力あふれる雰囲気と、やる気と。何よりも学生が喜んでやるということですね。これからの学生たちをちゃんと育てておかないと、日本の将来がない。学生のためということが、日本の将来のため、地域の将来のためなのですよ」