2019年11月1日金曜日

記事紹介|目先の生産性を求めず、基礎研究の「層の厚み」を増す施策が必要だ

国立大の資金難響く

ノーベル賞の自然科学3賞(医学生理学、物理学、化学)の日本の受賞者は24人になる。世界6位だ。2001年以降だと18人で米国に次ぐ2位。ただし、ノーベル賞は対象となる業績が出てから受賞まで平均27・8年かかる。吉野さんの場合も、1980年代の元気な研究現場が生んだ「昭和の遺産」だ。

近年の日本の基礎研究はどうか。

論文数では、この10年間で世界シェアは2位から4位に、注目度の高い論文数に限ると4位から9位に落ちるなど退潮が著しい。博士課程への進学者数は03年度をピークに減り続け、人口当たりの博士号取得者の数は米、英、独などの半分以下だ。先進国で日本だけ減っている。将来も危うい。

企業はバブル崩壊とともに基礎研究への投資を大幅に縮小し、日本の論文の多くは国立大学が生み出しているのが実態だが、その屋台骨に元気がない。

国立大学の弱体化の背景には国の「選択と集中」の政策がある。04年の国立大学の法人化以降、教員の人件費や自由に使える研究費など、大学運営の基盤に充てる補助金(運営費交付金)を削減し、代わりに国の審査を受けて勝ち取る「競争的資金」を増やしてきた。運営費交付金の一部にも競争を導入し、ぜい肉のない経営体への「体質改善」を求めている。

その結果、何が起きたか。

国立大学は予算難のため教員の正規ポストを減らして新規採用を抑え、高齢化が進んだ。審査で有利な東大など一部の大学に資金が集中。多くの中堅の国立大学は資金難にあえぎ、人材育成の場である研究室の維持にも事欠く状態に陥っている。研究の「層の厚み」が失われつつある。

競争的資金の柱の一つにイノベーションを目指す研究費がある。政権の経済政策「アベノミクス」を受けたものだが、スケールの大きな研究とはいいがたい。「環境にやさしいIT機器」「放射性物質の低減」といった個別テーマが設定され、進め方や予算の使途が縛られ、頻繁に成果報告を求められる。現場の教員は予算獲得の雑用が膨らみ、研究時間が削られている。トップダウン式の限界が指摘されている。

吉野さんは、国の政策に振り回される大学の現状を「中途半端で最悪の状態」と危惧し、「百に一つのとんでもないリターンを生み出すイノベーションには、福井謙一先生のような真理を探究する基礎研究が必要」と言う。自らの賞金を原資に日本化学会に設置した「吉野彰研究助成」では「一切好きなように使ってもらいたい」と話す。

目先の成果急いでも

国は競争政策の資金配分の基準として、大学側に細かい数値目標の設定を求めている。財源難の中、企業と同等の手法を大学経営に適用し、生産性の観点から国の眼鏡にかなう大学を重点支援する。生産性とは投入コストによる割り算だ。しばしば引き合いに出されるのは、その大学が生み出した論文数や特許などの成果を、投入した運営費交付金で割った値だ。

そもそも、基礎研究の成果は生産性ではかられるべきなのか。

数値重視の背景には、政府が進めるEBPM(証拠に基づく政策立案)がある。予算配分の合理性を高めて国民の理解を得るためとされ、科学技術分野では国の第5期科学技術基本計画(16~20年)に導入が盛り込まれている。

しかし、研究者からは「測りやすいデータだけで評価されている」「基礎研究や学生の教育といった非定型の業務に数値目標はそぐわない」などといった批判がつきない。運営費交付金のかなりの部分は論文作成以外にも使われており、もっと精緻(せいち)な議論が必要だとの指摘もある。

博士課程の人材育成を専門に担う総合研究大学院大学の長谷川眞理子学長は、「データは政策判断を正当化するためにあるのではない。いまの政策は生産性向上が目的化している」と憤る。「学生たちは職探しにきゅうきゅうとし、すぐに成果が出る研究を目指さざるを得ない。指導する先生も余裕がなく、成果を急ぐと学生にしわよせがいく。これでは、飛び抜けたアイデアなど生まれようがない」。政策が生む悪循環を肌で感じている。

現場を信じ、「苗床」作るのが国の役割 個々は「賭け」でも、GDPを押し上げ

日本の国家予算は「借金」の返済と社会保障費が6割を占める。科学技術や教育、公共事業の予算額の割合は、平成の30年間横ばいのままだ。国の成長を考えれば将来への投資は必要だ。しかし、社会保障費を削ってでも「好奇心の赴くままの自由な研究」にお金を回す価値が本当にあるのか、疑問に思うかもしれない。

個々の基礎研究は「賭け」のようなものだ。だが国全体でみると、基礎研究力と経済力には相関がある。大学経営に詳しい鈴鹿医療科学大学の豊田長康学長によると、OECD(経済協力開発機構)の人口当たりの統計では、論文数とGDP(国内総生産)は比例する。GDPとイノベーション力の指標もおおむね比例する。基礎研究力、イノベーション力、GDPには、相互に押し上げ合う関係があると推定できる。

ノーベル賞を受賞した日本の研究も昨年の本庶佑・京都大特別教授のがん免疫治療薬「オプジーボ」、2014年の赤崎勇・名城大終身教授ら3人による青色LEDなど、世界的な市場を切り開いたものは多い。日本の経済活性化の好機となったのは間違いない。

これらの業績は、いずれも真理を探究する大学での基礎研究に端を発している。自然の仕組みの解明を至上の価値とするノーベル賞の伝統からみれば当然だが、一方でイノベーションに光を当てる近年の授賞の潮流にも沿ったものだ。真理探究の成果が貧困問題の解決や地球環境への負荷低減など、人類共通の課題にどう貢献したか。公共財としての科学研究の価値を近年のノーベル賞は強く意識している。

そして、イノベーションの成果は市場を通じて普及する。日本が「百に一つのリターン」という大きなインパクトを得るには、いたずらに競争を促すのではなく、現場を信頼し、豊かな好奇心の「苗床」を作る施策が求められる。

(記者解説)後退する基礎研究 0から1生む力、競争政策で弱まる 大阪科学医療部・嘉幡久敬|朝日新聞デジタル から