吉武博通 筑波大学大学研究センター長・大学院ビジネス科学研究科教授著 (リクルート・カレッジマネジメント161 Mar-Apr.2010号掲載)
変わるためには手本とスキルが不可欠
次は「スキル」であるが、3つの要素のなかで身につけるための方法論や道筋が最も見えにくいのがスキルではなかろうか。
責任感、職務知識、規則に基づき正確に処理する能力などは申し分のない大学職員も、新たな問題に直面するとたとえそれが小さな問題でも戸惑いを隠せないという場面を数多く見てきた。また、意識改革の必要性は理解し、何かを変えなければいけないことはわかっていても、具体的にどのように発想を変え、仕事のやり方を変えればいいか、それがわからずに前に進めないというケースも多い。
このような状況に陥るのは、身近に手本がないからである。スポーツでも芸術作品の制作でもものづくりでも見たことがないものを真似ることはできない。先輩たちが規則や前例に従って正確に処理する姿は常に見てきた。だからそのような仕事ぶりは確実に引き継がれる。それ自体は大切なことであるが、変化が激しく、次々と新たな問題が投げかけられる近年の大学の現場には、新たな発想や方法を生み出すダイナミズムも必要である。
このような状況に役立つ手本は本当にないのだろうか。学部新設に一からかかわった職員、制度やシステムをゼロベースから作り上げた職員、大きなトラブルを処理した経験を有する職員などは、手本となり得る何かをもっていると思われる。このような職員は後述するメンターになり得る。
これと並行して、大学が重視するスキルを整理するとともに、それをどのようにして養成するかについての方針を明確にすることも重要である。
ここでいうスキルは思考・行動特性を含む幅広い概念であるが、
- 仕事ごとにその目的を確認し、目的に照らして最も合理的な方法を選択する能力・習慣
- 仕事の判断や処理に際して拠り所となる価値基準や行動規範
- 改善や効率化の手法
- 理解を得やすい文書の書き方や説明の仕方
- 職場での良好な関係の築き方
- 組織を超えた連携・協働の方法
知識を体系化・構造化し人材育成を計画的に推進
3つめの要素である「知識」は、前述のとおり、「社会や学問の動向に関する興味・関心」、「大学業務に必要な知識」、「自分の大学に関する知識」の3つに大別できる。
大学教育において教養教育が重視されるように、社会や学問の動向に幅広く興味・関心を抱くことは大学職員の意識と業務の質を高めるために不可欠の要素である。ここでいう社会には国際社会や地域社会も当然に含まれる。
各国の経済状況を知ることで留学生支援業務への取組み方も変わってこよう。大学所在地の雇用状況は志願者数、在学生支援、就職活動に影響を及ぼす。このような具体的問題だけでなく、会や学問の動向を理解するなかで、自分なりの大学観が形成され、自分の大学の将来を考える上での座標軸を得ることができる。
大学業務に必要な知識は、「大学固有の知識」と「経営に関する知識」に分けることができる。前者には、大学の歴史・制度と諸外国の大学事情、大学を取り巻く状況と政策の動向教育に関する知識、研究に関する知識、学生支援・キャリア支援に関する知識、国際交流・留学生支援に関する知識などがある。
経営に関する知識は、経営管理、人事・労務管理、財務管理、施設管理、情報システム、知的財産管理、広報、リスクマネジメントなどである。それぞれに、企業にも大学にも適用できる共通の知識と大学だけに適用できる固有の知識(例えば国立大学法人会計や学校法人会計など)があることに留意する必要がある。
これらの大学業務に必要な知識には、担当職務に関係なく知っておくべき基礎知識と担当職務に関するプロフェッションを確立するための専門知識の2つのレベルがある。研修を実施する場合、対象者と目的を明確にした上で、それにふさわしい内容のプログラムを編成する必要がある。
本稿でいう知識の3つめが自分の大学に関する知識である。収容定員と在籍学生数,出身地分布留学生数と出身国・地域分布、学部別志願・受験倍率の推移、学部別就職率の推移、収入・支出内訳などについて、おおよその数字や傾向をすべての職員が頭に入れておくことが望ましい。さらに、自分の大学の歴史、教育の特徴、研究の強み、特色ある活動、最近のトピックスなども知っておくべきである。
自分の大学を知ることは自らを動機づけることになる。大学全体の状況を理解することで自部門や担当職務の課題も見え、他部門に対する理解も深まる。とりわけ、経営環境が厳しさを増すなか、大学がどのような伏態にあるかをより多くの職員が理解することで、危機感を共有することもできる。
求められる知識の全体像について述べてきたが、担当職務によって知識の深浅があるのは当然である。基礎知識のレベルであってもここに掲げたすべてが必要と考える必要もない。大切なことは知識を体系化・構造化することである。職員はそれに基づき自己啓発の目標を定めることができるし、人事部門はより合目的的な人材育成計画や研修計画を立てることができる。(続く)