2017年4月22日土曜日

記事紹介|パノプティコンの独房

首相官邸の裏のビルに国家安全保障局(NSS)がある。安倍晋三首相が外交・安全保障政策の司令塔として設置した国家安全保障会議(NSC)の事務局でスタッフは約70人いる。

数年前、ある男性はスタッフになることが決まった直後、こんな経験をした。

「中には監視カメラがありますから」

説明役の参事官から言われた。監視カメラはコピー機の近くを映すようになっている。

採用が決まって数日、居酒屋や喫茶店に入ると、いつも近くに同じ人が座っていた。声をかけられるわけでもない。ただ、近くにいた。

早朝、日課の散歩に出ると、日頃は見かけない場所に黒い車があった。自宅近くに戻ると、また同じ車があった。家族がゴミ袋を捨てた。自宅にもう一つの袋を取りに帰り、ゴミ捨て場に戻ると、直前に出していたゴミが消えていた。それも家族が捨てたものだけ。

単なる思い過ごしや偶然かも知れないが、男性は気持ち悪さを感じた。

NSSは、情報を漏らしたら罰せられる「特定秘密」を取り扱う。関わる公務員や民間人は「適性評価」を受ける。例えば、家族の国籍、飲酒の節度、病歴、借金の有無なども調べられる。

採用する職員は口が軽くないか。外部のどういう人間と接触しているか――。情報漏れを防ぐため、管理を徹底することは組織の性格上、当然だろう。こうしたことは数日だけ。だが、最初に感じた気味悪さは、なかなか消えない。

NSSで働くスタッフは携帯電話を持ち込めない。報道機関の記者からかかってきた卓上電話には出にくい雰囲気になり、居留守を使うスタッフがいる。

徹底した情報管理はNSSだけに限らない。

経済産業省で2月、職員へ二つの決定が周知された。執務室を日中も原則施錠すること、そして「プレス対応の改善」と題した内部文書だ。こう書いてある。「取材は、広報室を通じて申し込むことを原則にする」「取材対応は、管理職以上に限る」

この措置の背景に、ある「事件」との関連性が、省内でささやかれている。

2月の日米首脳会談に先立ち、朝日新聞など複数の報道機関が日米経済協力の検討案を報じた。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の資金活用などを盛り込んだ案で、経産省が関わっていた。

報道が出た途端、野党から「年金は国民のお金。トランプ大統領に日本から、おみやげのように出すのは、どうか」と批判が噴出。首相は国会で否定の答弁に追われた。首相官邸幹部によると、この一件で菅義偉官房長官が経産省に対して激怒したという。

世耕弘成経産相は記者会見で「個別案件とはまったく関係ない」と述べ、この件との関連性を否定。「企業情報や通商交渉に関する機微情報を扱っている。私が就任当初から問題意識を持っていた」と施錠の正当性を強調した。

報道機関でつくる記者クラブ「経済産業記者会」は、施錠や内部文書の撤回を世耕氏に文書で求め、取材対応は一部緩和されたが、施錠は現在も続く。取材内容に関わる担当職員の在席が確認できず、取材は制約を受けている。

経産省は通商産業省時代から、開け放たれた大部屋の入り口から他部署の職員や民間企業の社員まで入ってきて自由に議論を交わし、縦割りの弊害を減らす。そんな気風があった。今回の措置で、過去のものとなりつつあることを同省幹部は嘆く。「息苦しい。風通しのいい経産省はどこに行ったのか」

別の幹部は「今回の対応について大臣や事務次官に官邸からの指示はなかった」と明かす。「1強」官邸におびえ、自ら内に閉じこもろうとする。「パノプティコン」の独房を自ら作るかのようだ。

菅長官激怒、すくむ経産省 報道対応、自ら突然の規制|2017年4月22日朝日新聞 から