大学が「投資」を始める前に、知っておきたい昔の話 ――1980年代の「財テク」というもう一つの記憶
このたび、文部科学省と経済産業省が、大学の資産運用に向けた「ガイドブック」を公表しました。
「大学の資産運用」と聞くと、少しピンとこない方も多いかもしれません。簡単に言うと、こういうことです。
少子化で学生の数が減り、これから大学の授業料収入は増えにくくなります。一方で、多くの大学は預金や債券などのかたちで、一定の資産を持っています。そこで国は、こうした資産を中長期的な視点から運用し、教育や研究を支える財務基盤の強化につなげようとしています。
特に私立大学では、学生生徒等納付金が収入の約8割を占める一方、2040年には大学進学者数が現在より3割近く減少すると見込まれています。そのため、資産運用などを通じて財源を多様化することが急務だと、今回のガイドブックでは説明されています。
その参考例として、よく引き合いに出されるのが、アメリカのハーバード大学です。ハーバードは巨大な基金を長期間にわたって運用し、その基金からの支出を教育や研究などに活用しています。日本もそうした形に少しずつ近づいていこう、というのが今回の話の大きな流れです。
ここまでは、いろいろなところで語られている話です。今日は少し違う角度から、この話をお伝えしたいと思います。
実は日本にも、似たような話が一度ありました
「本業以外のお金で、もっと利益を出そう」という発想は、今回が初めてではありません。
1980年代後半、いわゆるバブル経済の時代に、日本企業の間で「財テク」と呼ばれる動きが広がりました。
財テクとは何かというと、たとえば製造業の会社が、本業とは別に、手元の資金や余裕資金を使って株式、不動産、金融商品などに投資し、収益を得ようとする動きのことです。当時は銀行や証券会社も、こうした企業に対して、「預金にしておくのはもったいない。もっと運用して増やしましょう」という営業を盛んに行っていました。
その言い分は、今回の大学の話と、実によく似ています。
「これからの時代、本業の収入だけに頼るのは危ない」
「せっかくお金があるのだから、もっと活用すべきだ」
「専門家に任せれば、うまく運用できる」
バブルの好景気の間は、こうした運用による利益が企業業績を押し上げるケースもありました。ところが、バブルが崩壊すると状況は一変します。財テクに力を入れていた会社の中には、本業とは関係のないところで大きな損失を抱えるところも出てきました。中には、それが原因で経営が傾いてしまった会社もありました。
ここで大事なのは、「お金を運用したこと」自体が悪かったわけではない、ということです。当時を振り返る解説では、いくつかの構造的な問題が指摘されています。
一つは、資金の借り方です。財テクが抱えていた問題は、株価など資産価格が上がり続けるという期待のもとで利益を得るために、借り入れてまでお金を投じたことにありました。「持っている余裕資金を活用する」だけでなく、「借金をしてでも運用に回す」というところまで踏み込んでしまった企業が少なくなかったわけです。
もう一つは、会計の見え方です。当時の転換社債やワラント債は、実際には株式に転換できる権利の対価が割り引かれて発行されていたにもかかわらず、その対価分まで社債の発行価格に含めて処理されていたため、本来は株式転換権の価値であるはずの部分が、あたかも会社の収益であるかのように帳簿上に現れる仕組みになっていました。つまり、制度そのものが、運用による見かけ上の利益を実力以上に大きく見せてしまう面があったのです。
景気が良いうちは、こうした構造が大きな問題として意識されにくくなります。しかし流れが変わったとき、その脆さが一気に表に出てしまいました。
大学は、当時の会社たちと重なるところがあります
なぜ今この昔話を持ち出すかというと、今回の大学が置かれている状況には、当時の会社と重なるところがあるからです。
大学も、教育や研究の専門家集団であって、お金の運用だけを専門にしている組織ではありません。だからこそ、「せっかく大きなお金があるのだから、活用しないのはもったいない」という発想で資産運用の世界に入っていくのであれば、運用そのものだけでなく、それを支える仕組みについても考えておく必要があります。
実はこの点、国もそのリスクを意識していると読めます。今回のガイドブックには、大学が自ら運用目的・運用目標・運用方針を定め、必要に応じて外部の知見を借りながらも、自分たちで運用を管理できる知見を持つことの重要性が書かれています。理事会による意思決定やモニタリング、資産運用委員会やリスク管理委員会の設置など、具体的なガバナンス体制についても触れられています。つまり、「大学が運用の専門家ではない」という前提に立って、国もまた、運用そのものだけでなく、それを支えるガバナンスや知見の重要性を強調しているわけです。
そして、こういう政策が動くときには、決まって「これはビジネスチャンスだ」と考える人たちが現れます。大学向けに運用のアドバイスや金融商品を売りたい会社にとって、「国が大学に資産運用を勧めています」というお墨付きほど、心強い営業トークはありません。ガイドブックやチェックリストが整えられること自体は良いことですが、それが同時に「大学という新しいお客さんの開拓」につながる話でもある、ということは、頭の片隅に置いておいたほうがよさそうです。
もちろん、1980年代の財テクと今回の話は、まったく同じというわけではありません。今回は、短期間で儲けようとする話ではなく、長い時間をかけてこつこつ資産を育てる、という考え方が前提になっています。会計のルールも、当時よりずっと透明性が高くなっています。ですから「同じことが必ず起きる」と決めつけるつもりはありません。
ただ、「大きなお金を持つ、お金の素人の組織が、外部の専門家や金融機関に勧められて運用の世界に入っていく」という構図そのものは、昔から何度も繰り返されてきました。日本ではこれまでも、家庭の貯金、会社の年金、公的年金など、形を変えながら同じような話が起きています。今回はその対象が「大学」になった、と見ることもできます。
「良い運用」と「危ない財テク」を分けるもの
では、ハーバードのような大学の基金運用と、バブル期の財テクは、何が違うのでしょうか。
私は、資産の種類や運用のうまさよりも、「時間の使い方に対する我慢強さ」の違いが大きいと考えています。
ハーバードのような大学基金の運用では、「今年いくら儲かったか」だけを見るのではなく、長期的な運用と、それを支える支出のルールを考えることが重要になります。たまたま運用の成績が良い年でも使いすぎず、成績が悪い年でも慌てて全部売り払ったりしない。この「自分にブレーキをかける仕組み」があるからこそ、何十年もかけてお金を育てることができるのです。
一方、バブル期の財テクでは、借り入れまでして運用に資金を投じ、しかも会計上の見え方が実態以上に利益を大きく見せてしまう構造がありました。
ですから、今回のガイドブックを見るときに本当に注目したいのは、「大学が株を持つかどうか」ではないと思います。それより大事なのは、次のようなことです。
- 誰が運用の判断をし、誰がそれをチェックする仕組みになっているか
- 運用で得た利益を、どう使うかのルールが最初から決まっているか(使いすぎない仕組みがあるか)
- うまくいかない年に「これはやらない」と、あらかじめ決めていることがあるか
- 金融機関からの提案を、自分たちで確かめられる目を大学側が持っているか
興味深いことに、今回のガイドブック自体も、日本の企業年金の運用高度化の歴史や、米国大学基金の運用高度化の歴史を、あえてコラムとして取り上げています。つまり、「過去の運用の歴史から学ぶ」というこの記事のアプローチは、ガイドブックの趣旨とも重なるところがあります。
こうした地味な部分がしっかりしていれば、大学は少しずつ「日本版の基金運用」に近づいていけるはずです。逆に、この部分が整わないまま運用の種類だけを増やしてしまうと、かつてと同じような失敗を繰り返してしまう可能性も、決してゼロではありません。
大学に必要なのは、投資の腕前より「我慢する力」
少子化という避けられない課題を前にして、何もせず、預金などに置いたままにしておくより、資産の性格に応じて運用方法を考えること自体は、自然な流れだと思います。
ただ、日本にはすでに、「余ったお金を運用に回そう」という話がうまくいかなかった経験があります。その記憶を思い出さずに、海外のうまくいっている例ばかりに目を向けるのは、少し心配な気もします。
大学に本当に必要なのは、優れた投資の理論でも、華やかな運用の成績でもありません。うまくいっているときに調子に乗りすぎず、うまくいかないときに慌てすぎない、地味な「我慢する力」です。それこそが、バブル期の日本企業が学びそこなって、後になって高い代償を払うことになった教訓なのだと思います。
参考記事
- 「岐路に立つ私立大学の資産運用――文科省・経産省がガイドブックを公表」アルカディア学報・私学高等教育研究所・日本私立大学協会
https://www.shidaikyo.or.jp/riihe/research/825.html - 「学校法人の資産運用」文部科学省
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shiritsu/mext_00003.html - 「財テクのトラウマを越えて」日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO69627920T00C21A3EN2000/ - 「資産価格バブルと金融政策:1980年代後半の日本の経験とその教訓」翁邦雄・白川方明、日本銀行金融研究所『金融研究』第19巻4号(2000年)
https://www.imes.boj.or.jp/research/papers/japanese/kk19-4-9.pdf

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