最低賃金1,177円の裏側 ―― 補助金という「支援のはずが負担」になる仕組み

2026年度の最低賃金の改定額が、全国47都道府県ですべて答申されました。全国加重平均は56円アップの1,177円。厚生労働省によると、これは目安制度が始まった昭和53年度以降で2番目の高さとなる引き上げ幅です。

なお、今回発表されたのはあくまで各都道府県の地方最低賃金審議会による「答申」です。今後、異議申出などの手続きを経て、都道府県労働局長が正式に決定し、10月1日から12月2日にかけて順次発効する予定です。

「賃金が上がるのは良いことだ」——多くの方はそう感じるのではないでしょうか。実際、働く人にとっては嬉しいニュースです。政府も「中小企業への支援もあわせて進める」と説明しています。

ですが、この最低賃金アップの裏側では、私たちが普段あまり目にしない場所で、地域のお店や小さな会社が思わぬ苦労を抱えています。今日はその「知られざる裏側」を、なるべくわかりやすくご紹介します。

1. 「金額の差」と「暮らしの差」は、実は違う

まず都道府県別の最低賃金を見てみましょう(2026年度の答申額が高い順に並べています)。

順位 都道府県 2025年度 2026年度(答申) 引き上げ額
1東京都1,226円1,280円+54円
2神奈川県1,225円1,279円+54円
3大阪府1,177円1,231円+54円
4埼玉県1,141円1,196円+55円
5千葉県1,140円1,195円+55円
5愛知県1,140円1,195円+55円
7京都府1,122円1,180円+58円
8兵庫県1,116円1,172円+56円
9静岡県1,097円1,154円+57円
10三重県1,087円1,143円+56円
11広島県1,085円1,141円+56円
12茨城県1,074円1,136円+62円
12滋賀県1,080円1,136円+56円
14北海道1,075円1,131円+56円
15栃木県1,068円1,125円+57円
16岐阜県1,065円1,121円+56円
17群馬県1,063円1,120円+57円
18富山県1,062円1,119円+57円
19長野県1,061円1,117円+56円
20福岡県1,057円1,114円+57円
21石川県1,054円1,113円+59円
21山梨県1,052円1,113円+61円
23福井県1,053円1,112円+59円
24新潟県1,050円1,108円+58円
25奈良県1,051円1,107円+56円
26岡山県1,047円1,104円+57円
27徳島県1,046円1,103円+57円
28和歌山県1,045円1,101円+56円
28山口県1,043円1,101円+58円
30宮城県1,038円1,098円+60円
31大分県1,035円1,096円+61円
32佐賀県1,030円1,095円+65円
33福島県1,033円1,094円+61円
34愛媛県1,033円1,093円+60円
35山形県1,032円1,092円+60円
35島根県1,033円1,092円+59円
35香川県1,036円1,092円+56円
35熊本県1,034円1,092円+58円
39青森県1,029円1,090円+61円
39岩手県1,031円1,090円+59円
39秋田県1,031円1,090円+59円
39鳥取県1,030円1,090円+60円
39鹿児島県1,026円1,090円+64円
44長崎県1,031円1,087円+56円
45高知県1,023円1,086円+63円
45沖縄県1,023円1,086円+63円
47宮崎県1,023円1,085円+62円

※順位は2026年度の答申額が高い都道府県から並べたものです。2025年度時点の順位とは一部入れ替わりがあります。

トップの東京都(1,280円)と最低額の宮崎県(1,085円)では、時給で195円の差があります。「地方は最低賃金が低くて損だ」と思われがちですが、家賃や物価が違うので、実際の暮らしやすさで比べると、この差はかなり縮まります。

一方で見落とされがちなのが、地方の小さなお店や会社にとっての「値上げの重さ」です。地方の小さなお店や会社では、地域の顧客との関係や競争環境などから、商品やサービスの価格に人件費の上昇分をすぐ反映できない場合があります。それなのに、佐賀県(+65円)や鹿児島県(+64円)のように、地方のほうがむしろ大きな引き上げ幅になっているケースもあります。

引き上げ額の内訳を見ると、

  • 65円:1県(佐賀)
  • 64円:1県(鹿児島)
  • 63円:2県(高知・沖縄)
  • 62円:2県(茨城・宮崎)
  • 61円:4県(山梨・福島・青森・大分)
  • 60円:4県(宮城・鳥取・愛媛・山形)

などとなっており、単純に「都市部ほど大幅アップ」という構図ではないことがわかります。体力の限られた事業者ほど、賃上げによる負担を重く感じる可能性があります。

2. 「補助金で応援します」のはずが、書類の壁にぶつかる

政府は「賃上げする会社には補助金を出して応援する」と言います。ところが、実際にその申請書を開くと、こんな言葉が並んでいます。

  • 「付加価値額を年率○%向上させる合理的根拠」
  • 「競合他社に対する自社の強みの記述」
  • 「5年後の事業計画と収支シミュレーション」

普通のお店や会社が本当に欲しいのは、こんな難しい話ではなく、「古くなった調理器具を買い替えたい」「レジの打ち間違いを防ぐ機械を入れたい」といった、もっと身近なものです。しかし、制度によっては、事業計画書などの書類作成に加え、見積書の取得や、購入後の実績報告・証拠書類の提出なども必要になります。審査から交付まで一定の時間がかかる制度もあり、「申請→採択→購入→実績報告→交付」という長いプロセスをたどることになります。

日々忙しく働く事業者にとって、このプロセスの長さは大きな負担になっています。

3. 「代わりに書類を作ってもらう」ことに潜む落とし穴

そこで登場するのが、申請書類の作成を代行してくれる行政書士やコンサルタントです。自分では書類が作れない事業者の中には、こうした専門家に申請を任せるケースもあります。しかし、ここに三つの落とし穴があります。

① 採択されても、お金が入らないことがある
補助金は「採択された」だけではもらえません。実際に機械を購入し、領収書などを提出する「実績報告」を経て、ようやく振り込まれます。ところが、採択されるためだけに作られた"見栄えの良い計画書"をそのまま信じて進めてしまうと、最後の報告の段階でつじつまが合わなくなり、補助金が1円も出ないというトラブルにつながる可能性があります。

② 「誰が」書類を作っているかを確認する必要がある
2026年1月に施行された改正行政書士法では、行政書士・行政書士法人でない者が、他人から依頼を受け、報酬を得て官公署に提出する書類などを作成することについて、業務制限の趣旨が明確化されました。つまり、補助金申請だからといって、誰でも報酬を得て官公署に提出する書類を作成できるわけではありません。もちろん、コンサルタント=無資格業者というわけではなく、資格を持って適正に業務を行っている専門家も数多くいます。事業者側も「業者に任せたから大丈夫」と考えず、誰がどの業務を担っているのかを確認しておくことが大切です。

③ 制度が複雑になるほど、支援を受けるコストも膨らむ
産業を応援するための税金の一部が、設備投資や従業員の賃金ではなく、申請支援の手数料として外部の事業者に流れるケースもあります。専門家への報酬そのものが悪いわけではありません。しかし、制度が複雑になるほど、支援を受けるためのコストが膨らむという問題は考える必要があります。実際、補助金申請を支援するコンサルタントの中には、補助金額の10〜15%程度などを成功報酬として設定しているケースもあります(料金は業者によって幅があります)。

4. 本当に必要なのは「もっとシンプルな仕組み」

「事前に難しい計画書を書かせて、厳しく審査する」というやり方は、もう限界に来ています。必要なのは、次のような転換です。

  • 申請負担を抑えた「カタログ型」を標準に:「中小企業省力化投資補助金」のように、登録された製品をカタログから選んで導入する仕組みを広げる(なお、カタログ型でも従業員名簿などの指定様式や、採択・交付決定後の実績報告といった手続きは残ります)
  • 確定申告と連動した「減税」方式へ:税金を直接減らす仕組みにすれば、コンサルタントが介在する必要性を減らし、より直接的に恩恵を届けやすくなる
  • 後から実績で評価する仕組みへ:申請時の「文章の上手さ」ではなく、確定申告などの実際のデータをもとに、後から評価・還元する

5. 制度が変わるまで、事業者ができること

制度が変わるのを待っている間も、日々の商売は続きます。今すぐできる工夫は、次の3つです。

  1. 無理に補助金を狙わない:「補助金がなくてもやる価値がある投資か」を基準に考える
  2. 手続きが比較的簡単な制度を優先する:「業務改善助成金」や「カタログ型補助金」「賃上げ促進税制」など、申請負担や手続きの比較的軽い制度を検討する
  3. 無料の相談窓口を活用する:商工会議所や「よろず支援拠点」に、書類のチェックだけでも頼んでみる

おわりに

最低賃金が上がること自体は、働く人の暮らしを守るために必要な政策です。しかし、それを支えるはずの支援制度が、複雑な書類仕事や仲介業者への依存によって、かえって真面目に頑張る事業者を苦しめているとしたら、本末転倒ではないでしょうか。

私たち市民の目には見えにくい場所で、地域のお店や会社がこうした苦労を抱えている——そのことを知っておくだけでも、ニュースの見え方が少し変わってくるはずです。国には、もっとシンプルでわかりやすい支援の形を求めたいですし、私たち自身も、こうした仕組みに関心を持ち続けることが大切だと感じます。


参考記事・一次情報

都道府県別最低賃金の出典について

一覧表の出典:厚生労働省「令和8年度最低賃金額答申」(2026年9月3日公表)

※答申額は今後、異議申出の手続きを経て労働局長が正式決定します。決定額は10月1日〜12月2日にかけて順次発効する予定です。最新の確定額は、お住まい・事業所所在地の都道府県労働局の公式発表でご確認ください。

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