観光客は過去最多なのに、なぜ沖縄の県民所得は上がらないのか――知事選が突きつけた構造問題
2026年9月13日投開票の沖縄県知事選で、古謝玄太氏が過去最多となる42万3124票を獲得し、27万6060票の玉城デニー氏に14万7064票差をつけて初当選しました。投票率は61.57%で、前回2022年の57.92%を3.65ポイント上回りました。自民党などが推薦する候補が知事に就くのは12年ぶりとなりました。
ニュースの見出しだけを見ると、「保守系候補が12年ぶりに県政を担う」という選挙結果に目が向きます。しかし、出口調査や統計を見ていくと、この選挙ではもっと具体的な政策課題も浮かび上がります。それは「基地か経済か」という単純な二択ではなく、「観光客数は過去最多なのに、なぜ県民の所得は上がらないのか」という、沖縄経済の構造そのものへの疑問です。
今回の選挙で重かった「暮らし」の問題
共同通信社が実施した出口調査(60投票所、2,909人が回答)によると、今回の投票先を決める際に「経済の活性化」を最も重視した人は49.5%に達し、「基地問題」の20.9%を大きく上回りました。経済重視層の78.7%は古謝氏に、基地重視層の72.9%は玉城氏に投票したとされています。経済問題が投票行動と強く結びついたことは、今回の選挙を考えるうえで重要な特徴の一つです。
これは「基地問題がどうでもよくなった」という意味ではありません。しかし、今回の投票先を決めるうえで経済問題が大きな位置を占めていたことは、この出口調査から読み取れます。
観光客は過去最多なのに、なぜ所得は上がらないのか
ここが今回の選挙を理解するいちばんのカギです。
沖縄の観光は、客数と観光収入という面では過去最高を更新しています。2025年度の入域観光客数は1,093万5,800人と、2018年度の1,000万4,300人を上回る過去最多を更新し、観光収入も1兆747億円と初めて1兆円を突破しました(3年連続で過去最高を更新)。一方、観光客1人当たりの消費額は9万8,281円で、前年度を0.4%下回っています。つまり現在の沖縄観光は、客数の増加によって観光収入を大きく伸ばしている一方、「1人当たりの消費額を高める」という課題も残っています。
一方で、沖縄県の1人当たり県民所得は2023年度に前年度比5.1%増の231万5千円で、全国の1人当たり国民所得352万1千円の65.7%にとどまっています。自民党は選挙戦で地元紙に掲載した広告で、「県民所得(1人当たり)全国最下位」「最低賃金が全国最下位」「子どもの貧困率(困窮世帯)21.4%」などを掲げ、県民の暮らしの厳しさを訴えました。実際、2025年度の最低賃金は沖縄・高知・宮崎の3県が時給1,023円で全国最下位タイ、全国加重平均は1,121円でした。2026年度については、沖縄県は63円引き上げて1,086円とする答申が出されており、全国加重平均の答申額は1,177円です(異議申出などの手続きを経て、10月1日〜12月2日の間に順次発効する予定)。なお、沖縄県は2025年度の1人当たり県民所得を260万円程度と見込んでおり、コロナ前の約230万円から増加する見通しを示しています。一方で、県民所得の低水準は本土復帰後から続く長期的な課題でもあり、単一の県政だけで説明できる問題ではありません。
観光客の消費額が、そのまま県民所得になるわけではありません。観光関連企業の売上からは、原材料費やエネルギー費、設備費、県外企業への支払いなどが差し引かれ、最終的に県内で生み出される付加価値の一部が県民所得につながります。つまり、観光客数や観光収入が増えても、それがそのまま県民所得の増加を意味するわけではありません。観光によって生まれた付加価値を、県内企業の利益や県民の賃金としてどれだけ県内に残せるかが重要になります。加えて沖縄は製造業の比重が小さく、サービス業を中心とした産業構造になっているという特徴もあります。沖縄県の県民経済計算によると、2022年度の県内総生産に占める製造業の割合は4.0%、第3次産業は86.5%です※1。全国の産業別構成比と比べても、沖縄は突出して第3次産業への依存度が高い経済構造となっています。
貧困、人口減少、離島格差という長期課題
子どもの貧困については、改善の動きもあります。沖縄県が2015年に公表した独自調査では、「子どもの貧困率」が29.9%と算出されました。その後、同じ手法による県全体の子どもの貧困率は算出されていませんが、2023年度の「沖縄子ども調査」では、貧困線を下回る「低所得層Ⅰ」の割合が20.2%となっています。2015年度の29.9%とはそもそも調査方法・対象が異なる数字である点には注意が必要です。
低所得は教育や子育てへの投資のしにくさにつながり、次世代の教育機会や将来の就業機会に影響する可能性が指摘されています。
沖縄県の人口は、長年続いた増加基調にブレーキがかかっています。出生数から死亡数を引いた自然増減(自然減)は2022年以降3年連続でマイナスとなっています。沖縄県の推計人口でも、2024年10月時点で前年同月比の人口が減少に転じました。一方、2025年国勢調査の速報値では、2020年の146万7,480人から2025年の146万8,220人へと、5年間で740人・0.1%の増加にとどまっています。人口推計では減少、国勢調査(5年間の集計)では微増と、一見矛盾するように見えますが、これは統計の基準時点や推計方法が異なるためです。いずれにせよ、前回2020年調査の増加率2.4%と比べると、人口増加の勢いが大きく鈍化していることは明確です。
さらに沖縄県は本島中南部の都市部と、宮古・八重山などの離島部で課題の性格が大きく異なります。那覇周辺では物価高・住宅・渋滞が問題となる一方、離島部では医療・交通・人材確保がより深刻です。一つの政策で県全体をカバーすることはできません。
基地問題は終わっていない
今回、古謝氏は米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設を「容認」する立場で当選し、これにより移設反対を掲げてきた県政が12年ぶりに転換しました。共同通信の出口調査では、辺野古移設への「賛成」が50.2%と半数を超え、「反対」は43.8%でした。古謝氏は当選確実後、辺野古の代替施設提供手続きが最短で完了するとされる2036年ごろから「遅くとも1〜2年後」に普天間返還時期を設定するよう政府に求める考えを示しています。ただしこれは政府が合意した返還時期ではなく、古謝氏側からの要求である点には注意が必要です。
これで基地問題が消えるわけではありません。実際、知事選期間中には嘉手納基地や普天間飛行場周辺で検出された有機フッ素化合物(PFAS)について、米側が日本政府に「基地に由来すると強く推測される」と回答していたことが報じられました。ただし、この表現は日米間の調整を経て最終的には削除されており、日本政府はそのやり取りの詳細を明らかにしていません。同時に、台湾情勢を背景にした安全保障上の重要性という現実もあり、「基地負担の軽減」と「地域の安全保障」をどう両立させるかは、今後も沖縄県政の大きなテーマであり続けます。
「県民所得500万円」という公約をどう読むか
古謝氏は、10年間で1人当たり県民所得を現在の231万5千円から500万円に引き上げるという目標を掲げています。単純計算すると、231.5万円→500万円は10年間で2.16倍。複利ベースでは年8.0%程度の成長を10年間続ける必要があり、過去の県民所得の伸びと比べても高い成長率を前提とした目標です。
これは単に観光客を増やせば達成できる数字ではありません。2025年度の観光収入は1兆747億円で過去最高ですが、1人当たり消費額は9万8,281円です。仮に古謝氏が公約で掲げる「観光消費2兆円」を目指すとしても、客数の増加だけでなく、1人当たり消費額や県内で生まれる付加価値そのものを高める必要があります。
ここで重要なのは、県民所得は個人の手取り給料そのものではなく、企業の利益や財産所得なども含む指標だという点です。2023年度の県民所得(3兆3,978億円)の内訳は、雇用者報酬75.8%、財産所得8.3%、企業所得16.0%となっており、沖縄県自身も「1人当たり県民所得」は個人の給与や実収入の水準を直接表すものではないと説明しています。したがって、「所得が500万円になる」ことと「県民一人ひとりの給料が2倍になる」ことは、必ずしも同じ意味ではありません。古謝氏の公約には「手取りを2倍に」という表現もありますが、これと統計上の「1人当たり県民所得500万円」は同一の指標ではない、という点は押さえておく必要があります。
それでも、観光に加えて健康・環境・海洋・起業といった新たな高付加価値産業を育てる産業構造転換を進め、地元企業が稼いだ利益を県内に残す仕組みを作れるかどうかも、公約実現を考えるうえで重要な論点になります。
まとめ
今回の知事選を「保守か革新か」という政治的な対立軸だけで捉えると、選挙で重視された政策課題の一部を見落とす可能性があります。出口調査が示すように、投票先を決めるうえで経済の活性化を重視した有権者は基地問題を重視した有権者を大きく上回りました。そこから浮かび上がるのは、①観光の恩恵を県民所得にどう変換するか、②子どもの貧困と教育格差の連鎖をどう断ち切るか、③人口減少と離島の持続可能性、④基地負担と安全保障の両立、⑤観光に加えて新たな高付加価値産業を育てる産業構造転換、という5つの課題が重なり合った沖縄の姿です。新しい県政がこれらにどう向き合っていくのか、今後の政策の中身が問われることになります。
なお、選挙結果そのものについては、古謝氏の423,124票が県知事選史上最多であることも報道で確認できます。
※1 沖縄県「令和4年度県民経済計算からみた県経済の動き」による(製造業4.0%、第3次産業86.5%)。
関連記事・情報源
一次資料(沖縄県・総務省・厚労省・内閣府)
- 沖縄県「県民経済計算」概要(沖縄県企画部統計課)
- 令和4年度県民経済計算からみた県経済の動き(沖縄県企画部統計課)※製造業4.0%、第3次産業86.5%の出典
- 沖縄県「県民経済計算についてよくある質問」(1人当たり県民所得の定義について)
- 2023年度国民経済計算(内閣府経済社会総合研究所)――全国の1人当たり国民所得352万1千円の出典
- 沖縄県「観光収入・経済波及効果」(沖縄県文化観光スポーツ部)
- 2025年国勢調査 人口速報集計(総務省統計局)
- 沖縄県 令和7年国勢調査速報(沖縄県統計課)
- 令和8年度地域別最低賃金額改定の目安・答申について(厚生労働省)
- 令和8年度沖縄県最低賃金の改正答申について(沖縄労働局)
報道機関
- 知事選、基地重視20%どまり 経済49%、大半が古謝氏に(共同通信)
- 沖縄県知事選で12年ぶりの"保守県政"へ 結果と影響(NHK解説委員室・時論公論/成澤良、西銘むつみ)
- 沖縄知事選、古謝玄太氏が過去最多42万票で初当選(沖縄タイムス)
- 沖縄県知事選挙、古謝玄太氏が初当選 現職ら5人に大差で勝利(日本経済新聞)
- 古謝氏、全41自治体でトップ 得票率約60%で圧勝(宮古新報)
- 【市町村別一覧】沖縄の県民所得5.1%増 23年度1人あたり 全市町村で増加(琉球新報)
各党の主張・参考資料

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