行政書士を考える⑧ 熊本地震で見えた「街の法律家」のもう一つの仕事――被災者と行政をつなぐ
令和8年7月28日、熊本県で最大震度7を観測した地震が発生しました。「令和8年熊本地震」です。
県内の広い範囲が甚大な被害を受け、いまも復旧・復興への歩みが続いています。
大きな災害が起きると、消防、警察、自衛隊、医療関係者、建設業者、ボランティアなど、実に多くの人々が現場に立ちます。
その中に、あまり知られていないながら、静かに重要な役割を担う専門職がいます。
行政書士です。
以前このシリーズの第⑤回「行政書士を考える⑤ 手続きは、目に見えない「二次災害」だった」で、被災された方が発災直後から数ヶ月にわたって直面する、罹災証明・支援金申請・相続・事業再建といった手続きの重なりを、地震そのものとは別の「もうひとつの災害」として取り上げました。今回は、その手続きの山を実際に支えている専門職の姿に焦点を当てたいと思います。
熊本県行政書士会の取り組みを調べていくと、この資格の、普段とは違う顔が見えてきました。
それは、被災者と行政の間をつなぐ仕事です。
1.被災者支援の重要な入口――「罹災証明書」
家が損壊した。では次に、何をすればよいのでしょうか。
多くの支援は、まず「罹災証明書(り災証明書)」の取得から始まります。罹災証明書とは、地震などの災害によって住宅がどの程度の被害を受けたかを、市町村が調査のうえ証明する書類です。
これは単なる「被害の証明書」にとどまりません。住宅の被害の程度によって、その後利用できる支援の中身が変わってくるからです。生活再建支援金、住宅の応急修理、税や保険料の減免、各種の融資――。
地震 → り災証明書 → さまざまな支援制度
という一本の道筋があるからこそ、最初の一歩であるり災証明書が重要になるのです。
2.しかし、その「申請」自体が高い壁になります
「役所に行って申請すればよいだけではないか」と思われるかもしれません。しかし、被災した本人にとって、それは決して簡単なことではありません。
家が壊れている。避難している。車が使えない。高齢である。けがをしている。家族もまた被災している――。
前回の記事で触れたように、心も体もすり減っている中で書類と向き合わなければならないこと自体が、大きな負担になります。近年はオンライン申請を導入する自治体も増えましたが、便利さの一方で、「どこに何を入力すればよいのかわからない」「どんな写真を撮ればよいのかわからない」という状況も生まれます。実際、熊本県行政書士会が今回の支援対象として挙げているのも、こうしたケースです。
そこで動いたのが、熊本県行政書士会です。
3.熊本県行政書士会による無料の申請支援
熊本県行政書士会は、令和8年熊本地震の被災者を対象に、り災証明書の申請支援を無料で行っています。令和8年8月14日から電話相談を開始し、8月25日からは実際の申請支援に入りました。
支援の内容は、たとえば次のようなものです。
- オンライン申請画面への入力サポート
- 必要書類の確認
- 被害状況を示す写真の準備・添付方法
- スマートフォンやパソコンを使った申請の補助
- 申請手続き全般についての相談
さらに重要なのは、本人が役所へ出向くこと自体が難しい方への対応です。避難所にいて交通手段がない方、高齢や病気・けがで一人では動けない方、家族による代理も難しい方――そうした事情を個別に確認したうえで、必要に応じて行政書士が書類の作成から提出までを代理することもあります。
そして、これらの相談・申請サポートはすべて無料です。
ここに、行政書士という仕事の大切な性格が表れているように思います。
制度が「ある」だけでは、人はそれを利用できません。
制度を使うには申請という行為が必要であり、その申請ができない人が現実にいます。行政書士は、その「できない」を埋める存在なのです。
4.支えているのは被災者だけではありません
さらに興味深いのは、行政書士が被災者側だけを支えているのではないという点です。
大規模災害が起きると、自治体の業務は一気に膨れ上がります。大量のり災証明申請が寄せられ、被害状況の確認、受付、書類処理、証明書の発行と、次々に仕事が積み上がります。しかもその間、通常の行政サービスも止めるわけにはいきません。職員自身が被災していることも珍しくないのです。
こうした状況を受け、日本行政書士会連合会と内閣府との協定に基づき、被災自治体への行政書士の派遣が行われています。実はこの協定に基づく派遣は、今回の熊本地震で初めて実際に運用されたものだそうです。
つまり、行政書士は
被災者 ← 行政書士 → 行政
というように、両方向を同時に支えているのです。
5.「行政を支える行政書士」という側面
行政書士というと、「許認可の書類を作る人」「会社設立の手続きをする人」「相続の書類を作る人」というイメージが一般的でしょう。もちろん、それも紛れもなく行政書士の仕事です。
しかし災害時には、もう一つの顔が現れます。行政手続きに精通した専門家として、住民と行政の間をつなぐ。そして同時に、行政そのものの事務処理を支える。
今回の熊本地震では、この二つの役割が同時に立ち現れています。
6.り災証明書は「ゴール」ではなく「入口」です
ここで見落としてはならないことがあります。り災証明書を取得したからといって、生活再建が完了するわけではありません。むしろ、そこから本当の道のりが始まります。
住宅を補修する方、建て替える方、別の場所へ移る方。税金や公共料金の減免を受けられる場合もあります。子育て世帯であれば保育料の減免や就学支援が関わることもありますし、事業を営む方であれば店舗や設備の復旧、融資、事業再建の支援が課題になります。
熊本県では現在、全壊、解体、大規模半壊、中規模半壊となった世帯を対象に、被災者生活再建支援金の申請受付が始まっています。全壊・解体・長期避難となった複数世帯の場合、住宅の被害状況に応じた基礎支援金100万円に加え、再建方法によって加算支援金が異なります。建設・購入なら200万円、補修なら100万円、賃借なら50万円が加算され、合計で最大300万円になります。そして、この申請にも罹災証明書が必要書類として求められています。
り災証明書 → 支援制度 → 住宅再建の方法を選ぶ → 生活再建
というように、被災後には数多くの行政手続きが待ち構えています。
7.難しいのは「制度がないこと」ではなく「わからないこと」
ここで一つの本質的な問題が浮かび上がります。災害時、行政は決して何もしていないわけではありません。むしろ非常に多くの支援制度を用意しています。
問題は、制度が多すぎて、自分がどれを使えるのかわからないことではないでしょうか。
住宅の修理、生活再建支援金、税の減免、融資、子育て支援、教育支援、事業再建――それぞれ担当する窓口も、必要書類も異なります。
被災者から見れば「家が壊れて困っている」という一つの問題にすぎないものが、行政の側から見ると十数種類、数十種類の手続きに分かれていることがあります。この「行政の縦割り」と「被災者の生活」は、必ずしも重なりません。
だからこそ、制度と人をつなぐ存在が必要になるのです。
8.行政書士は「制度の翻訳者」なのかもしれません
行政書士の仕事を突き詰めていくと、一つの表現が浮かんできます。行政書士とは、「制度の翻訳者」なのではないでしょうか。
行政には法律があり、条例があり、申請書があり、必要書類があり、期限があります。しかし、それをそのまま被災者に渡しても、必ずしも理解できるとは限りません。
「あなたの場合はこの制度が使えます」「この書類が必要です」「この写真を用意してください」「この窓口に申請してください」――一人ひとりの状況に合わせて情報を整理し、届ける。それは単なる書類作成とは少し違います。制度を、人が使える形に変換する仕事とも言えるでしょう。
そしてもう一つ、忘れてはならないことがあります。制度は、一つではないということです。り災証明書を取得した後にも、生活再建支援金、住宅の応急修理、公営住宅・応急仮設住宅への入居など、複数の制度が並行して動いています。どれか一つを知っているだけでは足りません。目の前の被災者にとって、いま必要な制度の組み合わせを整理し、順番を示す。それもまた「翻訳」の一部なのだと思います。
9.2016年、2020年、そして2026年へ――積み重ねられてきた経験
今回の取り組みを調べていて、もう一つ気づいたことがあります。熊本県行政書士会の災害支援は、突然始まったものではありません。
2016年の熊本地震では、熊本県行政書士会自身が「壊滅的な被害を受けた自治体や避難所へと向かい、罹災証明書の自治体窓口での受付や代理申請、事業再建のための補助金申請など、生活再建に不可欠な『手続き』の面から伴走してきた」と振り返っています。その後の2020年7月豪雨でも、熊本県行政書士会によるり災証明書の無料申請支援や、県の「なりわい再建支援補助金」に関する相談対応が行われたことが、当時の資料から確認できます。
2016年の経験 → 2020年の経験 → 支援方法の蓄積 → 2026年の熊本地震
という流れの先に、今回の対応があります。そして今回は、日本行政書士会連合会と内閣府との協定に基づく派遣が初めて実際に動きました。これは、災害時の行政書士による支援が、個々の専門家による活動だけでなく、専門職団体と行政との連携による支援体制へと発展してきたことを物語っているように思います。
災害が起きるたびに、「何をすれば被災者の役に立てるのか」という経験が積み重ねられ、それが次の災害への備えになっているのです。
10.資格は、平時のためだけのものではありません
行政書士という資格を考えるとき、私たちは普段「何ができる資格か」という視点で捉えがちです。しかし災害時には、別の問いが浮かび上がります。
「その資格を、社会が最も困っているときにどう使うのか」
という問いです。
行政書士は、瓦礫を撤去することはできません。救急車を運転することもできません。家を建てることもできません。しかし、行政と被災者の間に立ち、複雑な手続きを整理し、必要な支援へとつなぐことはできます。
これは行政書士だからこそ果たせる役割の一つでしょう。今回の熊本県行政書士会の取り組みは、この資格の「平時の仕事」だけでなく、非常時に社会から何を期待されているのかを考えさせる材料になっています。
11.「街の法律家」という言葉の、もう一つの意味
熊本県行政書士会は、自らを「街の法律家」と称しています。その言葉の意味を、今回は少し違った角度から捉え直してみたいと思います。
「街の法律家」と聞くと、法律上の問題を相談する相手を思い浮かべるかもしれません。しかし災害時には、「困っているのに、どこに何を申請すればよいのかわからない」という問題が発生します。これは法律の問題であると同時に、行政手続きの問題であり、そして生活そのものの問題でもあります。
だからこそ、行政書士が被災地に入る意味があるのでしょう。
12.今回の熊本地震から見えてきたもの
今回の取り組みを調べて、強く感じたことがあります。行政書士の仕事は、「書類を作ること」だけではありません。むしろ、「人が制度を利用できるようにすること」なのではないでしょうか。
災害時には、その意味がとりわけ鮮明になります。家を失った方、避難している方、高齢者、けがをした方、スマートフォンの操作が苦手な方、家族の助けを得られない方――同じ制度があっても、そこにたどり着ける人と、たどり着けない人がいます。
熊本県行政書士会が行っている無料のり災証明申請支援は、その「届かない人」に制度を届ける仕事です。そして被災自治体に派遣される行政書士は、行政の処理能力そのものを支えています。
被災者を支える。行政を支える。その間をつなぐ。
今回の熊本地震では、そんな行政書士の姿が見えてきました。
おわりに――行政書士を、もう一度考える
行政書士とは何をする人なのか。このシリーズでは、これまでさまざまな角度からこの資格について考えてきました。今回の熊本地震を通じて、また一つ、別の答えが見えてきたように思います。
行政書士とは、「制度を知っている人」ではなく、「制度を必要としている人に、その制度を届ける人」なのかもしれません。
もちろん、行政書士だけですべての問題が解決するわけではありません。法律問題は弁護士へ、登記は司法書士へ、税務は税理士へ、建築は建築士へ――それぞれの専門家との連携が欠かせません。だからこそ行政書士には、「自分にできること」と「自分だけではできないこと」を見極め、必要な専門家へつなぐ力もまた求められるのでしょう。
大きな災害が起きたとき、私たちの目は消防や警察、自衛隊の活動にまず向かいます。しかし被災者がその後の生活を取り戻すためには、目立たないところで大量の行政手続きが必要になります。その手続きを支える人々もまた、復旧・復興を担う一員です。
熊本県行政書士会をはじめ、被災者支援に取り組む行政書士の皆さんの活動を知り、改めてそう感じました。
災害からの復興とは、道路や建物を元に戻すことだけではありません。
そこに暮らしていた一人ひとりが、再び生活を取り戻していくこと。そのための「見えにくい仕事」を担う人々にも、もっと目が向けられてよいのではないでしょうか。
参考にした記事・資料
- NEXTERA「行政書士を考える⑤ 手続きは、目に見えない「二次災害」だった」
- 熊本県行政書士会公式サイト「熊本地震から10年を迎えるにあたり ~創造的復興の先へ~」(2016年熊本地震における活動の振り返り)
- 熊本県行政書士会公式サイト「【令和8年熊本地震で被災された皆さまへ】」
- デジタル庁「令和8年熊本地震罹災証明書(り災証明書)のオンライン申請について」
- 熊本県八代市「熊本県行政書士会による令和8年熊本地震『り災証明書』無料申請支援について」
- 日本行政書士会連合会「【令和8年熊本地震】会員の皆様へ支援金及び義援金へのご協力のお願い」
- 熊本県ホームページ「令和8年熊本地震に係る被災者生活再建支援金について」
- 日本行政書士会連合会「令和8年熊本地震被災地視察報告について」
- 日本行政書士会連合会「内閣府と災害支援に関する連携協定を締結しました」
- TKUテレビ熊本(Yahoo!ニュース配信)「熊本県行政書士会『罹災証明書』の申請を無料で支援【令和8年熊本地震】」
- 花笑む行政書士事務所(熊本市東区)「熊本県行政書士会による『なりわい再建支援補助金』の電話受付窓口」(令和2年7月豪雨時の活動について、二次資料)

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