「法の支配」を掲げながら、なぜ沈黙したのか――高市首相・国連演説をめぐる二つの評価
一つの演説、二つの評価
2026年9月22日、国連総会。高市早苗首相が壇上に立ちました。
「法の支配」「国際司法機関の尊重」「力または威圧による一方的な現状変更は、どこであっても認めることはできない」――こうした言葉を前面に出した演説でした。ロシアによるウクライナ侵攻を名指しで批判し、日本が一貫してICC(国際刑事裁判所)を支持してきたことも語りました。
しかし、この演説をめぐって日本国内で大きな問いを残したのは、「語られなかったこと」でした。
沈黙が問いを生んだ
2026年8月18日、トランプ政権は国際刑事裁判所(ICC)の所長である赤根智子氏を制裁対象に指定しました。日本人が国際司法の要職に就いた、まさにその人物です。
日本政府はすでに公式な立場を示していました。高市首相は8月25日、この措置について「法の支配を重視する日本の立場と相いれず、大変深刻に受け止めている」と述べ、茂木外相も同日「法の支配徹底のためICCを支持してきた日本の立場と相いれない」と表明しています。
それにもかかわらず、米国による赤根氏らへの制裁については、9月22日の国連演説で直接言及しませんでした。
読売新聞は「米国の圧力の前では、法の支配どころか、自国民の職務継続の権利を守るという決意すら示せないのか。失望を禁じ得ない」と表明し、東京新聞は「卑屈な態度」と評しました。一方、産経新聞はこの対応を「妥当」と評価しています。自民党内からも、中谷元・元防衛相が、日米同盟と法の支配の遵守は二者択一ではないとの趣旨で、より明確な対応を求めました。
なぜ、これほど評価が割れるのでしょうか。
「弱腰」と見る側の主張
批判の核心は、単純な「勇気の欠如」ではありません。すでに一度、目的を達成できなかった手法を繰り返しているという点にあります。
2025年2月、米国のICC制裁(当時は検察官らが対象)に反対する79の国・地域による共同声明が出された際、日本はこれに加わりませんでした。報道によれば、当時の政府高官は「いま米国を刺激するのは得策でない。赤根所長に制裁が及ばないようにするためだ」と説明していたとされています。
つまり、「公の場で声を上げず、水面下で交渉すれば赤根氏を守れる」という外交判断だったとみられます。
しかし、それでも赤根氏は結局、制裁対象になりました。少なくとも、この手法によって赤根氏への制裁を回避するという結果にはつながりませんでした。
それでも国連演説という、次に世界へ発信できる大きな機会に、同じく名指しでの言及を避けた。ここに「同じ判断を繰り返しているのではないか」という疑問が生まれます。
さらに、日本人が制裁対象になっているという当事者性、そして日本が2007年のICC加盟以来、最大の資金拠出国としてICCを財政面から支えてきたという立場を踏まえると、「法の支配」を語る資格が問われる場面での沈黙の重みは、他国以上に大きいという指摘もあります。
「現実的な判断」と見る側の主張
一方で、この対応を単純な「弱さ」と断じることに異を唱える声も根強くあります。
第一に、国連総会で同盟国を名指しで批判することを避ける外交も珍しくありません。「二国間では抗議し、多国間の公開の場では名指しを避ける」という使い分けは、外交上よくある作法の範囲内だという見方です。
第二に、日本は「何もしていない」わけではありません。首相・外相ともに公式に「相いれない」と表明済みであり、高市首相自身も8月25日、「弱腰との批判は当たらない」と反論し、米国に対して制裁対象にしないよう複数のレベルで働きかけを続けてきたと説明しています。
第三に、このタイミングは、まさにトランプ大統領との首脳会談を控えた時期でした。安全保障、経済、対中戦略など、日米同盟に依存する部分が大きい日本にとって、公開の場での名指し批判を避け、不要な摩擦を回避することには現実的な合理性があります。
根っこにあるもの
こうした対応を、高市首相個人の判断だけではなく、戦後日本外交の構造として捉える見方もあります。
日米安保を基軸に安全保障政策を組み立ててきた日本が、同盟国との対立をどこまで許容してきたのか。冷戦期、湾岸戦争、イラク戦争など、これまでの局面を振り返ると、この問題を考える材料が見えてきます。この構造を「身の丈に合わせた現実的な生存戦略」と見るか、「もはや通用しなくなってきた惰性」と見るかで、評価は分かれます。
問われているもの
問われているのは、米国を批判するかどうかだけではありません。
「法の支配」という原則を、同盟国にも適用する覚悟が日本にあるのか。そして、その覚悟を、非公開の外交交渉だけでなく、世界の前で語る意思があるのか。
今回の国連演説は、その問いを日本社会に残しました。あなたは、どう考えますか。
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