「決して、決してあきらめません」――ある国連事務総長の、最後の警告と誓い
2026年9月、国連総会を前にしたアントニオ・グテーレス事務総長のスピーチは、単なる「年次演説」として片付けてしまうにはあまりに重い言葉に満ちていました。彼自身がこの年を自らの最後の総会と位置づけたからこそ、そこには外交的な建前を超えた、率直な警告と、それでもなお手放さない希望が同居していたように思います。
ここに、その核心を市民の言葉として書き残しておきます。
世界が一つを必要としている時に、世界はばらばらになろうとしている
いま、国際協力が最も必要とされている時代です。戦争、飢餓、格差、気候危機、そしてAIという新しい巨大な力――どれ一つとして、一国だけで解決できる問題はありません。
それなのに、国と国とが手を取り合おうとする意志は、逆に弱まっています。国際法は破られ、力の強い国や、莫大な富を持つ者たちが、世界のルールそのものを自分たちに都合よく書き換えようとしている。
この矛盾こそが、いまの世界の最大の危うさだと、彼は語りました。
ルールは、都合よく選べるメニューではない
とりわけ印象的だったのは、国連憲章のたとえです。
国連憲章は、好きな条文だけをつまみ食いできる「アラカルトのメニュー」ではない。すべての国を、例外なく縛るものだ――そう彼は言い切りました。
「このルールは自分に得だから守る」「これは不都合だから無視する」。そんな態度がまかり通る世界に、秩序は存在しません。しかも今の時代、国際法が破られる瞬間は、世界中の人々がリアルタイムで目撃できます。もう「知らなかった」では済まされないのです。
力を持つ者が、ルールまで決めていいのか
軍事力、経済力、技術力、そして富。それらが集中すればするほど、「力を持つ者がルールをつくる世界」に近づいていく危険がある――彼はそう警鐘を鳴らしました。
とりわけ衝撃的だったのが、世界の富のわずか上位1%が、世界の金融資産の43%を握っているという指摘です。一握りの超富裕層や巨大企業が、経済だけでなく、情報や公共の議論、さらには選挙の結果までも左右しかねない。
これはもはや「貧富の差」という言葉では収まりません。民主主義そのものが、富と権力によって静かに歪められているのではないか、という問いなのです。
人間がAIを制御するのか、AIに人間の生活が決められるのか
AIについての言葉も、他人事ではありません。
AIには、医療や教育、気候問題の解決を助ける大きな可能性があります。しかし、その発展のスピードが人間の理解や制度整備を追い越してしまえば、「人間がAIを使う世界」から、「AIに人間の生活が規定される世界」へと、いつの間にか主客が逆転してしまう。
だからこそ、人間がテクノロジーを制御しなければならない。その逆であってはならない――これは、AIそのものを否定する言葉ではなく、AIを人類のために使い続けるための、責任のありかを示す言葉でした。
平和とは、銃声が止むことではない
この演説の中で、最も静かに、しかし深く突き刺さる一節がこれです。
平和とは、単に戦争がないことではない。
停戦しても、銃声が止んでも、その裏に貧困、格差、差別、人権侵害、政治的な排除が残っているなら、いつかまた争いは戻ってきます。だからこそ必要なのは「正義を伴う平和」なのだと、彼は繰り返し訴えました。
ガザも、ウクライナも、スーダンも――銃声を止めるだけでは終わらない。紛争の根っこにあるものを取り除き、人が生きられる社会を立て直して、はじめて「持続可能な平和」と呼べるのです。
最も責任の軽い人が、最初に代償を払っている
気候危機についての言葉も、重く響きました。気候変動を引き起こしてきた責任がもっとも小さい人々や国々が、干ばつや洪水、食料危機、強制的な移住によって、真っ先に最悪の影響を受けている。これは環境問題である以上に、「気候正義」の問題であり、そのまま平和と安全への投資でもある――そう彼は語を継ぎました。
平等は、夢ではなく決断である
演説を貫いていたのは、「世界はどうしようもなくこうなっている」のではない、という一貫した姿勢です。
格差も、戦争も、排除も、気候危機への鈍い対応も、すべては人間がつくった制度と選択の結果にすぎません。だから、人間の手で変えることもできる。
平等は夢ではない。決断である。
包摂か孤立か。刷新か衰退か。
世界は今、分断へと向かう力を強めています。「自分の国さえよければいい」という発想は、結局は世界全体を不安定にしていく。
必要なのは、国家同士の同盟だけではなく、社会そのものの連帯なのだ――そう彼は訴えました。
国連は、生きた約束である
そして最後に、私が最も心に残しておきたい言葉がこれです。
国連は、生きた約束です。
国連とは、ただの巨大な国際機関ではありません。国家も、民族も、宗教も、政治的立場も違う人々が、それでも「一緒に問題を解決していこう」と交わした、人類の約束なのです。
制度が古くなったなら、改革すればいい。現実に合わなくなったなら、変えればいい。けれど、平和、人権、国際法、人間の尊厳――その原則だけは、捨ててはならない。
「決して、決して、あきらめません」
世界は混乱しています。戦争があり、格差があり、国際法は破られ、富と権力は一部に集中し、AIは人間の理解を追い越しかねず、気候危機は進み、社会の分断は広がっている。
それでも、彼はこう言い切りました。
決して、決してあきらめてはなりません。
これは楽観論でも、精神論でもありません。国際法を守ること。人間の尊厳を守ること。平和を求め続けること。格差を放置しないこと。人間がテクノロジーを制御すること。分断ではなく連帯を選ぶこと――その一つひとつの約束を、あきらめないという意思表示です。
世界が「もう無理だ」とあきらめかけている、まさにその時に。
あきらめない、と言う。

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