投稿

知識は結合する (ドラッカー)

イメージ
個々の専門知識はそれだけでは何も生まない。 他の専門知識と結合して、初めて生産的な存在となる。 知識社会が組織社会となるのは、そのためである。 未来への決断―大転換期のサバイバル・マニュアル P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:1995-09 ブクログでレビューを見る»

教員養成残酷物語

教員養成は風前のともし火?(梨戸茂史) わが国の教員養成は、明治期の官立師範学校以来、国が担ってきた。現在でも、国立大学法人の教員養成大学・学部は各県に一つ以上は設置されその役割は大きい。 国立大学の法人化から「効率化係数」がかけられ、毎年1%予算が削減されることが続いた。これって、「リストラ」だ(「リストラクチャリング」=経営の再編)を「首切り」に”翻訳”し、言葉のイメージを変えてその実態の悲惨さを隠すマジック)。「効率化」だってただの「一律の予算削減」なのだ。政権が代わって民主党政権下の2011年度予算では1%が0.5%に緩和?されたらしいけど、2005年度から09年度までの5年間で運営費交付金は04年度と比べ830億円が削減されたことになる。これは予算規模が40億程度の小規模国立大学が20校以上消えた計算だ。 はてさて、一方で定率の予算削減が進行し、他方で「あめ」ならぬ「競争的資金」は”じゃぶじゃぶ”にして、あたかも弱い大学は淘汰されるのが「資本主義の原則」とする。そして、これの行き着くところは、競争的資金の代表である「科研費」が多くとれた大学が良い大学だとして、そこに運営費交付金を評価し直して再配分したらどうなるかをシミュレーション(だいぶ前の財務省財政審議会資料)。 その結果、「地方」「文系の単科」「小規模」の国立大学が軒並み最悪となる。これは金額そのものではなく増減割合で出してある(06年度の科研費配分比率を07年度の運営費交付金に割り当てた)ので実態がつかみにくくなっているが・・・それによると、増加するのは、東大はじめ旧帝大に東工大、神戸大など12大学のみに対し、残りは全部、減少する。そして、下から10大学は東京藝大を除けば、兵庫教育大学を最大に全部教員養成大学だ。これらはほぼ80%の削減率となる。たぶん、これでは大学の維持管理、つまりは経営が成り立たないだろう。名前を挙げるに忍びない?けれど、先の兵庫教育のほかは愛知教育、京都教育、鳴門教育、福岡教育、北海道教育、大阪教育、宮城教育、上越教育の各大学。下から14位と15位には奈良教育と東京学芸大が顔を出す。これは結局のところ、教員養成大学はなくていいという話ではないか。おまけに”新構想”の旗の下、創設された兵庫、上越、鳴門の3大学は、”財政的”には今や何のために存立しているのか分からな...

科学研究費補助金の減額交付

去る7月1日付けで、「平成23年度科学研究費助成事業(科学研究費補助金)の交付決定について」と題する文書が、独立行政法人日本学術振興会理事長名で、関係各研究機関代表者宛通知されました。 いわゆる科学研究費補助金の交付決定通知です。すでにお読みになった方もたくさんいらっしゃると思いますが、今回は、これまでとはやや様相が異なっており、大学をはじめとする各研究機関では、今後の対応に苦慮されているところもあるのではないでしょうか。 通知文のうち、気になる箇所を抜粋転載します。 ◇ このことについて、別添「平成23年度交付決定一覧」に記載の研究課題について、添付の「交付決定通知書」のとおり交付決定しましたので通知します。 つきましては、速やかに当該研究代表者に通知書をお渡しくださいますようお願いします。 なお、平成23年3月11日に発生した東日本大震災により甚大な被害が生じたことから緊急に財源確保が求められる可能性があり、今後の状況によっては交付額の減額変更を行う可能性があります。この場合、各研究課題の本年度交付する補助金の額は、今回の交付決定額にかかわらず減額されることとなりますので、当面、各研究者には、補助金の慎重な執行に留意していただくことが求められます。 また、国の財政事情に鑑み、本年度は、全ての研究課題について分割払いを行うこととなります。7月に、文部科学省より通知のあった補助金の支払い額の範囲内において、各研究課題の交付決定額の一部(交付決定額の7割に相当する額)が支出される予定です。 このことについて各研究者に周知するとともに、別紙5「平成23年度科学研究費助成事業(科学研究費補助金)の受領金額の請求について」を作成の上提出願います。なお、本様式の提出期限や貴機関における今回受領予定額及び各研究課題の支払予定額については、別途連絡します。 (関連記事) 震災で科学研究費補助金3割カット? 通知で学者ら混乱(朝日新聞)

顧客にとっての価値 (ドラッカー)

イメージ
企業が自ら生み出していると考えられるものが、重要なのではない。 特に企業の将来や成功にとって重要ではない。 顧客が買っていると考えるもの、価値と考えるものが重要である。 それらのものが、事業が何であり、何を生み出すかを規定し、事業が成功するか否かを決定する。 ドラッカー名著集 4 非営利組織の経営 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2007-01-27 ブクログでレビューを見る»

明日のために今日何をなすか (ドラッカー)

イメージ
問題は、明日何をなすべきかではない。「不確実な明日のために今日何をなすべきか」である。 マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則 ピーター・F・ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2001-12-14 ブクログでレビューを見る»

ステークホルダーに対する説明責任を伴う自治

大学経営の苦悩-政府・学長・教授会(広島大学高等教育研究開発センター長 山本眞一)(文部科学教育通信 No270 2011.6.27から引用) 国立大学経営に苦労が多い理由 前回、私は「つぶれるかもしれない私立大学の経営が楽しくて、つぶれる心配のない国立大学経営に苦労が多いのは何故でしょうか」と、日本高等教育学会の大会シンポジウムで質問したことを書いた。そしてそれは講演者に対する質問にとどまらず、現在の国立大学が置かれた立場に関係するのではないかと思ったので、そのように書いたのであった。 それではなぜ、国立大学経営に苦労が多いのだろうか。もっとも大会時の二人の講演を単純に比べることはできない。私立大学の経営について述べた静岡産業大学長の大坪檀氏は、中小企業の経営に比べて私立大学は楽だと言ったのであり、国立大学の苦労を述べた国立大学財務・経営センター理事長の豊田長康氏は、以前に比べて国立大学の経営が苦しく、それが教育や研究実績にも影響を及ぼしているという観点から大学経営を論じたのであるから、そもそも比較の基準が違うわけである。 しかしそれにもかかわらず、私には国立大学の経営の苦悩というものを容易に想像することができる。それはなぜか。一つは法人化の設計そのものによるのであり、二つには法人化にもかかわらず変わるべきものが変わっていないということによるのではないかと思うからである。 もともと、国立大学の法人化は、国立大学を政府の一部局から解放して法人格を持たせ、自主自立の精神で効率的に経営を行わせることによって、それぞれの大学に特色ある発展を遂げさせるところに大きな目的があった。法人化以前の国立大学においては、大学自治の絶対視と、教特法によって守られた教官の地位とに支えられて、大学は政府の意向とは関係なく、また社会との関わりも少ないままに管理運営することが黙認されていた。また学内ではいわゆる部局の自治が強く、大学全体としてはまとまりに欠ける場合もしばしば見られた。東京教育大学の筑波移転をめぐる学内の混乱などはその最たる事例ではなかろうか。その上、部局の自治はその部局の教授会による自治であって、学部長はせいぜい同輩教授の中から選出される世話役であり、学長も部局の利害を調整するコーディネーターのような役割であった。 しかし、他方で国立大学は政府の一部局...

大学の役割の変化

「現代大学論」 教育評論家 梨戸茂史( 文部科学教育通信 No270 2011.6.27 ) いまさらこんなことを言うのも遅きに失したというべきか、当然というべきか。 実は、この春から、某私立大学で講義を担当することになった。ご想像あれ。ところで今やこの国には、大学数は778校あるそうな(2011年度)。うち600校近くを占めるのが私立大学である。その約4割が定員割れとなっているそうだ。たまたま、講義している大学では定員割れはないそうだが、それでも5月の連休明けには、長期(といってもわずか1か月だけど)の欠席者がいないかどうか、大学当局から調査依頼があったとクラス担任の先生がおっしゃる。つまりは、入学金を払って手続きはしたが、結局、他大学に流れたのか浪人するのか、その大学に通っていない学生がいる。 さてその講義だが、学生の一人が質問。「先生、ノートは持ってきた方がいいですか?」・・・絶句しましたが、その後、「ルーズリーフでいいですか?」。これで解釈したのは、一冊まるまる書くだけの授業の量があるのか、ちょっとメモすれば済むくらいの講義なのか、ということらしい。国家資格などが取れる理系に近い学科やコースがあり、多分、いろいろ配られる資料やプリント類が多いのだろう。自分で全部書くなどという授業はほぼなさそうだ。今どきの先生は丁寧かつ親切だ。 かつて「四六答申」といわれる中央教育審議会の答申(昭和46年)があり、高等教育機関である大学をいくつかのパターンに分けて、それぞれを振興すべきと説いたが、当時の文部省すら棚上げしてお蔵入りにした。だが、今やその状況が現実のものとなっている。つまり、大学には、旧帝大や有力私大の一部が「研究大学」(実際に大学院重点化したわけだが)と「教育」をその任務の中心とする大学、そして高度専門職業人養成の大学(院)などがある。つまり大学は、研究機関だったが、現実には、大学が増え、教育機関と考えなければならない大学が多数を占めているということだ。その教育機関としての大学だが、全入時代を迎えて、学生のレベルはいろいろ。精神年齢も幼く、勉強の仕方から教えなければならない。新入生ガイダンスで授業の取り方を教えたら、「面倒。どうして自分で選ばなければならないの? 決まっていたら楽なのに!」との声が聞こえたそうだ。まるで高校の延長だ。そりゃそうで...

徹底的に無駄を省き、組織の体質を鍛えなおす

国立大学と私立大学(2011年6月20日 文教ニュース) 国立大学法人が発足してから第一期中期目標期間6年が過ぎた。国立大学法人評価委員会の評価結果では各大学とも教育・研究の推進や経営の効率化に取り組んでいるとされており、国の財政措置への不安など様々な課題はあるものの、まずは無難なスタートだったかに見える。発足当初心配されていたような、厳しい評価により次々に淘汰されていくような極端な事態は今のところは免れている。 しかし先行きを考えると、聞違いなく来る人口減や震災以後さらに厳しさを増す財政事情などから、第二期、第三期は大学の数や役割の見直しなどの構造的な変化を伴わなければ乗り切って行けないような気がする。したがって、どの国立大学にあっても今のままでの存続が保証されているわけではなく、より厳しい環境になった場合どのように対処していくのかという覚悟を持って将来像を考えていく必要があるだろう。とりあえずは徹底的に無駄を省き、組織の体質を鍛えなおすことが必要だ。 一方私立大学から見ると、国立大学は運営費交付金が減っているとはいえたかだか毎年1%程度であり、人件費も施設整備費も国から財源措置されるのは「えらく贅沢ですな」という受け止めになる。時おり私立大学の人が国立大学を訪れてみると、人も大勢いてずいぶん手間をかけて仕事しているし、キャンパス環境や事業の様子も金をかけているという印象を受けるようである。私立大学の経費は8割以上が学納金であり、高い授業料を払ってでも来てくれる学生さんに納得してもらえるよう心がけなければならない。 さらに企業から見れば、国立も私立も、「企業は商品が売れなかったらばったり倒れますねん。大学さんはずいぶんのんびり経営してはりますなあ」ということになる。もちろん私立大学は多様であり、経営効率化の努力を重ねている大学もあれば、高水準の給与と退職金を払い続けている大学もある。どちらの方向に将来性があるかは明らかであろう。 国立大学では、民間的手法の導入が盛んに言われ、一定の努力はされているだろうが、まだまだ改善の余地はありそうだ。まずは私立大学がどのような状況であり、どんな努力をしているかをよく見てみるべきだろう。企業診断でも幹部が広い贅沢な個室で居心地良くおさまっている会社は危ないといわれている。国立大学の日常生活の様々な部分に長年蓄積された無駄がまだま...

国立大学の責務と約束

国立大学協会は、去る6月22日、平成23年度第1回通常総会において、「 国立大学の機能強化-国民への約束- 」(中間まとめ)を決定しました。 (関連過去記事) 国立大学の機能強化(中間まとめ案)が見えてきました(2011年5月30日) 前 文 国立大学協会は、第1期中期目標期間の検証を踏まえながら、国立大学がとりわけ責任をもって果たすべき役割や機能の強化のあり方を検討してきた。本報告は、その中間まとめである。 各国立大学法人は、本「中間まとめ」を踏まえて、それぞれの個性・特色を最大限に活かした機能強化の速やかな実現に全力を挙げることを国民に約束し、その成果をもとに、ステークホルダーへの的確な情報発信と対話を通じて国立大学の教育研究への十分な理解と強い支持を得ることにより、日本の希望ある未来と世界の人々が希求する安定的で持続的な社会の構築を導く原動力として中核的な役割を果たす。 目 次 はじめに-国立大学の責務と約束 国立大学の公共的な役割 国立大学として強化すべき機能-ナショナルセンター機能とリージョナルセンター機能の強化 機能強化のための方策 機能強化を実現するために-政府の役割 国立大学協会として ● 国立大学の機能強化-国民への約束-【中間まとめ】(本文) ● (参考資料)国立大学の機能強化の方策のための事例

対立なければ決定なし (ドラッカー)

イメージ
マネジメントの行う意思決定は、全会一致によってなしうるものではない。 対立する見解が衝突し、異なる見解が対話し、いくつかの判断のなかから選択が行われて初めてなしうるものである。 したがって、意思決定における第一の原則は、意見の対立を見ないときには決定を行わないことである。 マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則 ピーター・F・ドラッカー ダイヤモンド社 発売日:2001-12-14 ブクログでレビューを見る»