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記事紹介丨聞き流すまい

2016年が終わる。 世界中で「分断」「亀裂」があらわになった。 ニッポンは、どうか。 「言葉」で振り返る。 政治では、悲しいかな、ことしもカネの問題があった。 「私の政治家としての美学、生き様に反する」 業者から現金をもらった甘利明経済再生相は1月に、こん...

記事紹介|ボケ、土人が

政治家の言動が、がさつになっている。論説委員に4年ぶりに戻ってから半年、そう実感する日々だ。 官房副長官が野党の国会対応を「田舎のプロレス」「ある意味、茶番だ」と言った。農林水産相は審議が始まってまもなく、「強行採決」を促すかのような発言をした。 ともに国会審議をバカにする姿勢がありありだ。ただ、2人は発言を撤回し、謝罪もした。その意味では、見慣れた光景だった。 これに比べて、鶴保庸介沖縄・北方相の「土人」をめぐる対応は人権にかかわる、より深刻な問題だと考える。 沖縄県の米軍訓練場の工事現場で10月に、大阪府警の機動隊員が市民に「ボケ、土人が」と口走った。これについて国会で「私個人が大臣という立場で、これが差別であるというふうに断じることは到底できない」と答えた。 12月の国会審議でも、同じような答弁を重ねた。 なぜ、差別ではないのか。 「土人」には「その土地に生まれ住む人」だけでなく、「未開の土着人。軽侮の意を含んで使われた」(広辞苑)という意味がある。「ボケ」をつければ、相手をさげすんでいるのは明らかだ。 「大臣という立場」の使い方も解せない。カッとなった若い機動隊員とは違う。国民に選ばれた政治家、しかも閣僚ならばこそ、差別だと認めるべき立場ではないのか。 この問題では著名な作家が「私を含めてすべての人は、どこかの土人、原住民なのだが、それでどこが悪いのだろう」と新聞に書いた。 「土人」という単語に焦点を当てた、問題のすり替えに驚いた。それでも個人的な感想であり、賛同する読者もいたのかもしれない。 だが、沖縄担当相がこの作家と同じ判断をすれば、政府と県の亀裂を深めるだけだ。 それなのに政府は、野党議員の質問に「(鶴保氏が)謝罪し、国会での答弁を訂正する必要はない」と政府答弁書で回答した。 こんな幕引きが、政治の言葉の粗暴さを助長させることを懸念する。 いま、世の中では「正規VS.非正規」や世代間の格差が露見し、不平や不満が鬱積(うっせき)している。そのトゲトゲしさが融和よりも相手を撃破する政治手法への支持を広げてゆく。だから言葉もささくれ立つ。 こんな時代こそ、人権や差別に敏感でありたい。とくに政治家には、そうあってほしい。 社説余滴 「...

動画紹介|HOW TO USE TOILETS in JAPAN -日本のトイレの使い方-

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記事紹介|オバマ大統領の真珠湾での演説

安倍首相、米国民を代表して大変すばらしい言葉に感謝する。今日、この地への訪問は、日米の人々の和解と結束の力を示す歴史的な行動であり、戦争の最も深い傷でさえ、友情と恒久平和に変えることができると気付かせてくれる。 出席者、軍人、真珠湾の戦いの生存者、家族の皆さん、アロハ。米国の人々、特にハワイをふるさとと呼ぶわれわれにとって、この湾は聖なる場所だ。われわれがここに花をささげ、今も涙を流す海に花束を投げ入れる時、天国へ行った2400人を超える米国の愛国者たち、父であり夫であり、妻や娘であった人たちに思いをはせる。 ▽米国人の勇気 われわれは毎年12月7日に背筋を伸ばし、オアフを守ろうとした人々に敬意を表する。そして75年前にここで示された勇敢さに思いをはせる。 あの12月の夜明け、楽園でさえこの地ほどは心地よくなかった。水は温かく、あり得ないほど青かった。水兵たちは食堂で食事をしたり、しわのない白い半ズボンとTシャツを身に着けて教会に行く準備をしたりしていた。 湾には軍艦カリフォルニア、メリーランド、オクラホマ、テネシー、ウェストバージニア、ネバダがきれいな列をつくり停泊していた。アリゾナの甲板では、音楽隊がまさに演奏を始めようとしていた。 あの朝、肩につけた階級章が見劣りするほどに彼らは勇敢だった。島中で米国人は訓練用の砲弾や旧式のライフルを使用して可能な限り戦った。アフリカ系米国人の給仕はいつもなら掃除をしていたが、この日は上官を救い、弾が尽きるまで対空砲を撃ち続けた。 われわれは軍艦ウェストバージニアの1等砲撃手、ジム・ダウニングのような米国人に敬意を表する。彼は真珠湾に駆け付ける前、新妻から聖書の一文を託された。「永遠なる神は汝のよりどころ。その永遠なる腕に抱かれて」 ジムは船を守るため戦うと同時に、倒れていった仲間たちの名前を記録していた。彼らの家族に最期を伝えるためだ。彼は言う。「やるべきことをやっただけだ」と。 われわれは、ホノルルの消防士ハリー・パンのような米国人を記憶にとどめている。激しい炎が眼前に立ち上る中、飛行機の火を消すために彼は身をささげた。名誉負傷章を受けた数少ない民間消防士の一人だ。 50口径のマシンガンを2時間以上も操作し、20にもわたる傷を負い、軍人に授けられる米最高の勲章である名誉勲章を受けたジ...

記事紹介|ポジティブとネガティブ

Pは「それは私にやらせて下さい」と言う Nは「それは私の仕事ではありません」と言う Pは「難しいが、多分出来ると思う」と言う Nは「可能性はあるが、多分ダメだと思う」と言う Pは常に解決策を持っている Nは常に言い訳を持っている Pはすべての問題に対して答えを見い出す Nはすべての答えに対して問題を見い出す Pは常に答えの一部になっている Nは常に問題の一部になっている ご想像の通りPはポジティブで、Nはネガティブとなります。 特に最後の二つでは、問題側と答え側に明確に別れます。 問題の一部とは、その人自身も問題を発生させている原因であるということ。 では何もしていない中立的な立場ならどうかと言えば、行動しないのはやはり問題の一部ということ。 意識的な行動のみが解決になり得るのです。 思いと行動を一致させることが大事ですね。 2016-12-26 今日の言葉  から

記事紹介|日本にとって沖縄とは何だ

聖夜が明け、サンタクロースもひと息ついている頃だろう。日本は広い。北海道が銀世界かと思えば、沖縄では先日、観光客が半袖姿で華やかなツリーを楽しんでいた。サンタ翁も、あの格好では汗だくだったに違いない。 米軍機オスプレイの飛行再開、辺野古埋め立てを認めた最高裁……。寒々としたニュースが続いている。「政ログイン前の続き府には県民に寄り添う姿勢が全く見えない」。米軍北部訓練場の返還式を欠席した翁長雄志(おながたけし)知事の言葉だ。 当地にいた10年ほど前を思い出す。「米軍ヘリ墜落」の一報で沖縄国際大へ着くと、まだ黒煙があがっていた。米軍の規制線で、地元市長も構内に入れない。その傍ら、米兵の注文を受けたピザの配達人は出入りを許される。 今回のオスプレイの事故現場では、ちぎれた機体が波に洗われていた。規制線は日米管理に改められた。だが稲嶺進(いなみねすすむ)・名護市長は入れない。機体を回収した米兵の一部は、集合写真に興じた。 目を疑う光景、と書くと少し違う。ああまたコレだね、とため息をつく沖縄の人が目に浮かぶ。若宮健嗣(わかみやけんじ)・防衛副大臣は現場に近づかず、1キロほど離れた砂浜から双眼鏡で「視察」した。政府が機嫌をうかがうのは、いつも海の向こうの米国だ。 「日本にとって沖縄とは何だ。同じ日本の国民なんだぞ」。沖縄からの変わらぬ訴えである。日本は広い。だから声が届かないのだろうか。面倒そうなメールを「既読」にし、中身をちらと見ただけで放っておく。そんな趣が本土にはある。 2016年12月25日朝日新聞  から

記事紹介|「深い学び」の実現、考える力を問う選抜へ

憂鬱の「鬱」の字を書けますか。御成敗式目の成立はいつ? 原子番号26の物質は何でしょう。球の体積の求め方は……。 といった問いに答えられたら世間でちょっと尊敬されるだろう。学校教育が人々に与える、こうした知識の量は膨大である。だからわたしたちは、学校で学んだ知識自体を「知」であると思い込んでしまう。「高学歴芸能人」が競うクイズ番組など、その典型だ。 AI時代の教育とは しかし、本当はもっと大切なことがある。知識や体験を基に、物事を多面的に見る力や考える力、そしてひらめきを生む感性を持つことだ。単なる知識を超えた、ゆたかな「知」と呼びたい。 それは人工知能(AI)が進歩する時代の要請でもあろう。ただ知識をため込んだり、事務をこなしたりする営みはAIに取って代わられる。だとすれば、人間にしかできない仕事が問われる。そんな時代を前に、学校教育は相当な危機感を持たねばなるまい。 ところが現実はどうか。明治初年の学制公布以来の、欧米に追いつけ追い越せを目標とした知識注入教育が役割を終えた現代になっても、日本の学校教育はあまり変わることがない。授業が文字通り、教員によって「業を授ける」スタイルを抜け出せないのだ。 その意味で、こんど中央教育審議会が答申をまとめ、文科省が改訂を進めている新しい学習指導要領は注目すべき内容といえる。 2020年度から小中高校で順次導入されるこの指導要領は、教員が「何を教えるか」ではなく、児童・生徒の側に視点を移して「何を学ぶか」を示すことになる。それにより「何ができるようになるか」を問い、さらに「どのように学ぶか」を掲げるという。 その手法が「アクティブ・ラーニング」だ。一方通行の授業を脱却し、討論への参加や体験学習を通して「対話的・主体的で深い学び」を実現する。知識だけでなく、思考力・判断力・想像力の育成をねらう。こんな理念をちりばめた指針となるはずだ。 方向性も、こめられた問題意識も、まずは是としたい。 かねてアクティブ・ラーニング的な学びは先進国を中心に普及してきたが、日本では立ち遅れていた。改革がうまくいけば、柔軟な思考と感性で問題に向き合える人材の育成が進むかもしれない。主権者教育でも重要なことだ。 もっとも、そのために取り除くべき障壁があまりにも多い。...

記事紹介|クリスマスの使者

去年のクリスマスはとてもつらかった。 家族も親友も、はるか遠い故郷のフロリダにいた。 私は一人、寒いカリフォルニアで働き続け、体調も崩していた。 私の職場は、航空会社のチケットカウンター。 その日はクリスマス・イブ。 私は昼夜のダブルシフトをぶっとおしで勤務していたが、 夜も九時をまわり、内心みじめでならなかった。 当番のスタッフは2,3人いたものの、乗客の姿はまばらだった。 「次のお客様、どうぞ」カウンター越しに声をかけると、 柔和な顔をした老人がつえをついて立っているのが見えた。 老人がそろりそろりとカウンターまで歩いてくると、 聞き取れないほどの小声でニューオリンズまで行きたいといった。 「今夜は、もうそっちへ行く便がありません。 明日までお待ちいただくことになりますが」 と言うとその老人はとても不安げな顔になった。 「予約はしてあるのですか」「いつ出発のご予定だったのですか」 などと聞いてみたが、聞けば聞くほどいよいよ困った様子で、 ひたすら「ニューオリンズに行けって言われたから」 と繰り返すばかり。 そのうち、いくつかのことがわかってきた。 老人はクリスマス・イヴだというのに、義理の妹に「 身内のいるニューオリンズに行きなさい」と車に乗せられ、 この空港の前で下ろされたらしい。 彼女は老人に現金をいくらか持たせ、「 中へいってこれで切符を買いなさい」と行って立ち去ったのだ。 私が「明日もう一度来ていただけますか」と聞くと、「 妹はもう帰ってしまったし、今晩泊まるところもない。このまま、 ここで待つことにします」と言った。 これを聞いて、私は自分が恥ずかしくなった。 私はクリスマスの夜にひとりぼっちのわが身を憐れんでいた。 でも、クラレンス・マクドナルドという名の天の使者が、 こうして私の元につかわされ、ひとりぼっちとはどういうことか、 本当の孤独とはどんなものかを教えてくれている。 私の胸は痛んだ。 私はただちに「ご安心ください。 万事うまくやってあげますからね」と彼に伝え、 顧客サービス係に明朝一番の便を予約してもらった。 航空運賃も年金受給者用の特別割引にし、 差額は旅費の足しにしてあげることがで...

記事紹介|米国との交渉戦略

次期米国大統領のトランプ氏は、就任後にTPPから離脱すると表明し、公平な二国間協定による貿易交渉を進める考えを明らかにした。雇用と産業を取り戻し、強いアメリカを復活させるためだという。 二国間協定といえば、日本は過去に半導体や衛星分野などで苦い経験をしてきた。この時、日本はそれらの分野で力を付け、米国市場を脅かしはじめたころである。米国はスーパー301条をちらつかせながら、日本企業によるダンピング防止を求め、日本市場の積極的開放を求めるなどした。 二国間協定となれば、自国産業を守るために、今後はどういう分野で米国が交渉に動き出すか分からない。製造業分野で新たな要求でも出てくれば、なかなか活気を取り戻せない日本のものづくり産業が、さらに厳しい状況に追い込まれないとも限らない。 例えば、いま世界的に自動運転車の開発が注目を浴びているが、日本はこの分野でも開発が進んでいる。また、ロボット産業は世界をリードする技術レベルにあり、さらなる開発が進められている。 国をあげて開発を進めた通信衛星が、政府調達コードにかけられる形となり、研究開発用を除いて日本は実用通信衛星の開発を止めることになった過去がある。トランプ氏の発言は、こうした先端技術の産業分野で今後米国が圧力を強める可能性を示唆しているのではと、不安な気持ちになる。 二国間協定は、米国が得意な交渉戦略である。取り越し苦労かもしれないが、日本はしっかりと情報収集を行い、そうなった時の準備を今から進めておく必要がある。 2016-12-22 科学新聞社 コラム  から

記事紹介|与えられた縁をどう生かすか

先生が5年生の担任になった時、一人服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。 中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。 ある時、少年の一年生の記録が目にとまった。 「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強も良く出来、将来が楽しみ」とある。 間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。 二年生になると「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。 三年生では「母親の病気が悪くなり疲れていて、教室で居眠りする」 後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり 四年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力を振るう。」 先生の胸に激しい痛みが走った。 ダメと決め付けていた子が 突然、悲しみを生き抜いている生身の人間として、自分の前に立ち現れてきたのだ。 放課後、先生は少年に声をかけた。 「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない? 分からないところは教えてあげるから」 少年は初めて笑顔をみせた。 それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。 授業で、少年が初めて手を上げたとき、先生に大きな喜びが沸き起こった。 少年は自信を持ち始めていた。 クリスマスの午後だった。 少年が小さな包みを先生の胸に押し付けてきた。 後であけてみると、香水の瓶だった。 亡くなったお母さんが使っていた物にちがいない。 先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。 雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。 「ああ、お母さんの匂い! 今日は素敵なクリスマスだ」 六年生では少年の担任ではなくなった。 卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。 「先生は僕のお母さんのようです。そして今また出会った中で一番素晴しい先生でした」 それから六年、またカードが届いた。 「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することが出...