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記事紹介|変えるべき戦後レジームは憲法ではなく、むしろ地位協定ではないのか

安倍首相はきのう、憲法改正を求める集会にメッセージを寄せ、改めて改憲への強い意欲を示した。 「国民こぞって歴史的な皇位継承を寿(ことほ)ぐ中、令和初の憲法記念日に」と切り出し、「令和元年という新たな時代のスタートラインに立って、この国の未来像について、真正面から議論を行うべきときに来ている」と語った。 言うまでもなく、改元と改憲には何の関係もない。祝賀ムードを利用して改憲機運をあおるのは厳に慎むべきだ。 憲法は国の骨格であり、それを改める議論は、主権者である国民が主導し、幅広い理解を得ながら進めねばならない。 特にこの憲法は、内外に大きな惨禍をもたらした先の大戦の反省を踏まえ、敗戦国・日本が新たな国として再出発した原点である。「昭和」から「平成」「令和」へと元号は移っても、変わらぬ重みを持つ。 沖縄の重い問いかけ 一方で、戦後日本の安全保障には、日米安全保障条約というもうひとつの柱がある。憲法の下、専守防衛を基本とする日本を米国が補完する構図だ。 憲法と安保。両者は矛盾を抱えながら、日本の針路に大きな影響を与えてきた。 その安保条約に基づき、在日米軍にさまざまな特権を認めているのが日米地位協定だ。日本が独立を回復する直前に結んだ日米行政協定をほぼ引き継ぎ、基地の自由使用を最大限保障した。1960年の締結から一度も改正されていない。 「沖縄では憲法の上に日米地位協定がある」。昨年夏に急逝した沖縄県の翁長雄志(おながたけし)前知事は生前、そう語っていた。 在日米軍専用施設の7割が集中する沖縄では、米軍人・軍属による殺人・強姦(ごうかん)などの事件や事故が後を絶たない。ところが地位協定によって日本側の捜査には厚い壁がある。騒音被害や環境汚染にも、有効な手立てを打つことができない。 翁長氏は、16年6月の沖縄慰霊の日の平和宣言で、こう訴えたことがある。 「沖縄県民に、日本国憲法が国民に保障する自由、平等、人権、そして民主主義が等しく保障されているのでしょうか」 沖縄を訪ねた菅官房長官に「『戦後レジームからの脱却』とよく言うが沖縄では『戦後レジームの死守』をしている」と怒りをぶつけたこともあった。 重い問いかけである。 憲法の理念に、地位協定が「穴」をあけて...

記事紹介|いくつになっても、好奇心を持ち、新しいことにチャレンジする

今、40代、50代の人も、あるいは60代の人であっても、「デジタルが苦手」などと言っている場合ではない。 文系であろうと、理系であろうと、デジタルを使いこなさなければ、これからの世の中を渡っていけないからだ。 簡単な例で言うなら… スケジュールを手帳ではなく「Googleカレンダー」等を使っていて、それを共有している人がいるか。 フェイスブックやブログなどのSNSや、LINEやフェイスタイムやGメールやメッセンジャーを使いこなしているか。 新聞や情報はスマホで常時取っていて、重要なメモはEvernote等に入れているか。 マネーフォワードなどの家計簿ソフトを使ったり、電子決済をスマホでしているか。 アップルウオッチ等のスマートウオッチや最新のウエアラブル端末あるいは、アレクサ(スマートスピーカー)等を使っているか。 飛行機やホテルや新幹線の予約がスマホでできるか。 ウーバーや、Airbnbなど、話題のアプリがスマホに入っているか。 等々、書き出せばきりがないが、50歳を過ぎるとこれらのことに興味がない人は驚くほど多い。 「デジタルデバイド」(情報格差)は今後ますます広がっていく。 いくつになっても、好奇心を持ち、新しいことにチャレンジする。 苦手意識を持たず… 何らかの形でデジタルに触れ、チャレンジする習慣を持ちたい。 デジタルデバイド | 人の心に灯をともす  から

記事紹介|STEAMを学べ

武士の時代にあって、この数学ができる実務者が登用されるという現象が、現代の官僚制のもとをつくったわけだが(この制度が機能しているかどうかは別にして)、現代における数学ができる実務者とは、ITやAIのリテラシーのある者だといえる。 ITやAIには、数学的(理系的)センスが必要だ。  これは、経営においても同じで、専門的な知識は必要ないが、数学や論理学が理解できないと大きく活躍することはできない。 経営には数字やロジックが絶対に必要だからだ。 マイクロソフトのビル・ゲイツも子供の頃から、算数と理科が好きだったという。 アメリカの長者番付にランクインする人の多くが、技術系の出身だ。 成毛眞氏は「もっと理系のセンスを磨け」という。(AI時代の人生戦略 「STEAM」が最強の武器である /SB新書)より 『サイエンスやテクノロジーに無頓着であることは、命にさえかかわってくるわけだ。  では、どうすればいいのか? シンプルに言おう。  STEM+Aの「STEAM」を学べばいい。  STEMとは、 サイエンス(科学)の「S」 、テクノロジー(技術)の「T」 、エンジニアリング(工学)の「E」 、マセマティクス(数学)の「M」 を並べた造語だ。  今やアメリカの教育界でSTEMは常識になっているが、これに「A」を加えた「SETEAM」という言葉も生まれている。  Aはアート(芸術)のAだ』 旧来の仕組みが大きく変わる現代、たとえ文系の人であろうと、理系的素養は必須だ。 大変革の時代、理系的センスを磨きたい。 武士の家計簿|人の心に灯をともす  から

記事紹介|チャンスを作る言葉

高校生の時のポケット抜き打ち検査で、私のポケットから大量の煙草の葉屑が出てきた。 先生は私の横を通り過ぎたが何も言わず教壇まで戻った。 一息ついて、 『おい藤澤、お前明日から5分早く起きろ』 『お前が寝坊するから、あわてて兄貴のズボンを穿いてくることになる。わかったか!!』 もちろんその日以来、私は煙草を吸ったことはないが、どうしてもあの先生にもう一度会いたい。 藤澤 泰尊 子どもに対してチャンスを作るのはこうした大人の包容力、寛容力なのでしょう。 悪いことを悪いと指摘したところで、言った本人は満足かもしれませんが、結果はどうなるかわかりません。 むしろ、目的に向かって自分のアプローチをどう変えるかが人間力の差なのでしょう。 こういう先生のようになりたいですね。 そういえば、東日本大震災のときに家族の安否がわからない後輩に対して先輩が 「今日、バイト休みだって」 と連絡した話を思い出しました。 「今日、休んでもいいよ」と言うよりも何倍も配慮のある言葉ですよね。 恩義|今日の言葉  から

記事紹介|働く意義

この国は今、「道しるべのない時代」を迎えています。 確かな指針を見出せない中にあって、少子高齢化や人口減少、地球環境問題など、過去に経験したことがない問題に直面し、人々の価値観そのものが、大きく揺らいでいるように見受けられるので。 人生の中でもっとも多くの時間を費やす、「働く」ということに関する考え方、仕事に対する心構えも、その一つなのかもしれません。 「なぜ働くのか」「何のために働くのか」…多くの人が今、働くことの意義やその目的を見失っているようです。 日々の仕事を進めるための技術やマニュアルは、あふれるほど用意されているのに、働くということに込められた、根本的な価値を明らかにすることは、ないがしろにされてきました。 そのため、今、若い人たちの間で、労働を嫌い、厭(いと)い、できるだけ回避しようとする傾向が顕著になっています。 たとえば、「一生懸命働く」「必死に仕事をする」といったことを意味がないとか、格好悪いと冷笑する人さえ少なくありません。 そのため、株の取引きなどで「楽して儲ける」スタイルに憧れを抱く人や、ベンチャーを起業するにしても、上場で一攫千金(いっかくせんきん)を果たし、若くしてリタイアすることがゴールだという人も増えているようです。 働くことを「必要悪」ととらえる考え方も、さも常識であるかのようにささやかれるようになってしまいました。 本当は働きたくない、しかし食べていくには、やむを得ないから働く。 だから、できるだけ楽に稼げればいい。 私は、働くことは「万病に効く薬」…あらゆる試練を克服し、人生を好転させていくことができる、妙薬(素晴らしい薬)だと思っています。 自分が望んだり、招いたリしたわけでもないのに、思いもかけない不幸が次々に襲ってきます。 そのような苦難や不幸に翻弄されるとき、私たちは自らの運命を恨(うら)み、つい打ちひしがれそうになってしまうものです。 しかし、「働く」こと自体に、そのような過酷な運命を克服し、人生を明るく希望あふれるものにしていく、素晴らしい力が秘められているのです。 人間は、自らの心を高めるために働く…私はそう考えています。 「心を高める」ということは、お坊さんが厳しい修行に長年努めてもできないほど、たいへん難しいことなのですが、働くことには、それを成...

記事紹介|沖縄にとっての令和

明日から「令和」。「昭和」「平成」と放置され続けた沖縄の苦悩を「令和」で断ち切りたい。これからも国民共有の課題として向き合いたい。(以下記事引用) ◇ 昭和の終わりの4年間、東京の沖縄県人学生寮「南灯寮」で暮らした。平成に代替わりしたころ、官僚試験突破を目指す東大生など10人余の学生サークルと交流する機会があった。官僚になったら、実現したいという沖縄振興策を立案していた彼らから「沖縄のことを学びたい」と招かれた席で、持論を浴びせられた。 「沖縄は米軍基地を受け入れるべきだ。賛否が割れているから駄目だ」「全国平均の倍の失業率は永遠に改善できるはずがない」「基地の代償として振興予算を引き出し続け、生活すればよい」「自立意識が弱すぎる」 “上から目線”で繰り出すヤマトの学生の決め付け調の「沖縄論」に反論したが、こちらの論拠の乏しさと心に巣くっていた「劣等感」も災いして議論は全くかみ合わず、悔しさが募った。 私が入社した平成元(1989)年の沖縄への観光入域客は267万人だったが、30年を経た2018年度の数値は1千万人まであと千人に迫った。外国人観光客だけで300万人を突破する時代を誰が予測しただろうか。2月には県内の完全失業率(2・0%)が全国平均を初めて下回った。 第3次産業の比率の高さや県外資本への利益流出など課題は多いものの、沖縄の基地依存経済からの脱却の足取りは加速度的である。隔世の感を覚える県民は多いだろう。 平成の30年4カ月を振り返ると、基地問題、政治、経済、文化、社会のどの分野でも沖縄社会は大きな変化を遂げた。沖縄戦で焼け落ちた首里城が復元(92年)し、国籍を超えて戦没者を刻銘する、類例なき鎮魂碑「平和の礎」が建立(95年)されて不戦を誓うシンボルとなった。 安室奈美恵さんら県出身アーティストの大活躍、高校野球の沖縄尚学、興南の両校の4度にわたる全国制覇など、本土と異なる独自の歴史と文化、沖縄の底力が内外で高く評価され、多くの県民がウチナーンチュとしてのアイデンティティーに誇りと自信を強めた。ヤマトへの「劣等感」は大きく払拭(ふっしょく)されつつある。 その一方、95年の米兵少女乱暴事件に象徴される過重な基地負担は、県民の尊厳を傷つける古くて新しいとげとして、沖縄社会に突き刺さり続けている...

記事紹介|”ねばならない”を捨てよう

まじめなことが悪いのではない。 几帳面であること、ミスや失敗に注意深く対処することは、むしろその人の長所ともなりえるものだろう。 また、まじめで几帳面な性格だからといって、ミスや失敗を気にするからといって、すぐに「心が疲れやすくなる」ともかぎらない。 問題なのは「まじめ」が「がんこ」に、「几帳面」が「潔癖症」に、「ミスや失敗を気にする」が「悲観的」にまでエスカレートしてしまうところだ。 なぜエスカレートするのかといえば、「ねばならない」という意識が強すぎるのである。 「まじめでなければならない」「几帳面でなければならない」「ミスや失敗をしてはならない」という意識が、自分に強いプレッシャーをかけていることが少なくない。 このような「ねばならない」という意識は、子供のころからの親のしつけが大きく関与していることは間違いない。 ほとんどの人は、「〇〇しなきゃ、ダメでしょ!」という、母親のかん高い声が耳に残っているはずだ。 この声が下敷きになって、「ねばならない」という意識が必要以上に育ってしまったのかもしれない。 まず捨ててほしいのは、この「ねばならない」という意識だ。 「まじめにやろう」ぐらいで止めておけばいいのだ。 「まじめでなければならない」とまでは考えてはならない。 ある銀行マンが笑いながら、こんなことをいっていた。 毎日朝礼があって上司の訓示があるらしいのだが、その訓示というのが、 「今日は月末だから、目標達成のために気合を入れてがんばろう」。 翌日は「初めよければ、すべてよし。今日は月の初めだ、がんばろう」。 その翌日、「支店長から、がんばってくれと訓示があった。いつにも増してがんばろう」。 また翌日は「いよいよキャンペーンが始まります。がんばって、がんばって、がんばり抜こう」…と。 結局、「毎日が特売日」のようなもので、ひと息いれる暇がない。 余裕やゆとりがなくなっていき、知らず知らずのうちに、心が「がんばらなければならない」という意識に縛られ、みずからにストレスをかけてしまう。 この「ねばならない」という意識を捨てるためにも、「いいかげん」が大切なのだ。 積極的に「いいかげん」を取り入れて、自分の心をもっと遊ばせてやろう。 遊ばせてこそ、心は元気でいられる。 上司か...

記事紹介|笑える日本の形式主義

複数の某大手企業の会議で笑ってしまったことがある。それは、日本企業もそうだし役所もだが、あまりにも形式主義であり、その形式を無批判に守るために、自分で考えることが欠落し、結果として大きな漏れがありえる。発展がない。 1つは切実である。多くの大企業の社員が、上司を強く意識して仕事をしている事実である。 上司の命令に背いて仕事をせよとは言わない。しかし、上司の命令が間違っている(合理的でない)ことも十分にある。とすれば、「正しくないのでは」と思ったのなら、議論しなければならない。 さらには、法令に違反している可能性だってありうる。加えて、上司が確信犯だと思ったのなら、議論しても仕方ない。社内の内部通報システムが整えられてきたから、そこに情報を入れることが肝要になる。 法令違反の好例として、著名企業に粉飾決算紛いの事件が連発生していることを指摘しておきたい。上司一人だけで、命令から実行から会計処理まで完結できるわけがない。とすれば、何人かの部下が無批判に上司命令に従い、企業を窮地に陥らせたことになる。 もう1つは、こちらはお笑いの例である。コンビニで酒やタバコをと思うと、レジの端末に年齢確認ボタンが表示され、それを押さないと買わせてもらえない。先日、地方の、コンビニに毛が生えた程度のスーパーでビールを買ったが、そのレジの端末には年齢確認ボタンがなかった。大手コンビニとの資本力の差で、新しいレジの導入が遅れているだけなのかもしれない。 考えれば、明らかな爺さんや婆さんにも年齢確認ボタンを押させるのは、本人にとってはふざけているし、外部者からするとお笑いである。 レジの兄ちゃんや姉ちゃんが、まじめに客の顔を見ているとも思えない。単なるアリバイ作りに成り下がっている。小学生はともかく、中学生くらいが私服で酒を買ったら、どう事態が展開するのか興味がある。 海外では日本人が、よくIDカードやパスポートの提示を求められるらしい(何人かから、その体験談を聞いた)。外人からすると幼く見えるのだろう。 その日本にIDカードはない。日本の行政の不備である。その不備をレジボタンの一律タッチでカバーさせようとしているのか。こう考えれば、コンビニの年齢確認ボタンは悲喜劇である。 日本の形式主義はマニュアル主義と同根である。マニュアルとは過去の事例からの集大成...

記事紹介|学校なんて行かなくていいんだよ

子供の心、気持ちを理解してあげて欲しい。 認めてあげて欲しい。信じて欲しい。 心と心で向き合って欲しい。 不登校の子でも可能性がある。 不登校になったからといって、人生が終わるわけではない。 今の時代、ネットで繋がれる、情報も得られる、 不登校になってもその後、頑張った人のことを知ることができる。 「あなたは大丈夫だよ。今ここからがスタートだよ」と言ってあげてください。 阿部 心晴(こはる) 先日、15歳の心晴(こはる)さんの講演を聞いて来ました。 体調不良から休みがちとなり、保健室登校もチャレンジしましたが、 一部の同級生の無理解と誹謗中傷のメッセージが直接来るようになって本格的に不登校に。 そんな中で学校に行かないことが普通ではないと親からも思われ、 自分の気持ちを理解してもらえない苦しみの中、 格闘塾塾長のどやさんと出会って掛けてもらった言葉が、 「学校なんて行かなくていいんだよ」の言葉だったそうです。 初めて自分の気持ちを理解してもらえる人に出会えた心晴さん。 その後、YoutubeやSNSで活躍する元不登校児の先輩の活躍をどやさんから紹介され、 段々と自分の未来が見えてきたそうです。 そんな実体験を持つ心晴さんのメッセージが冒頭の言葉です。 ご自身のお子さんや、子供に限らず、悩んでいる人に掛けてあげたい言葉だと思います。 寄り添うとは|今日の言葉  から

記事紹介|熱く生きているかどうかが問われている

ローソクは火を点けなければ明るくならない。 それと同じように人間は志に火が点かなかったらその人の真価は発揮されない。 森 信三 「志に火が点く」ということは、誰もがそもそも「志」を胸に秘めているということでしょう。 ただし、その志が本当にその人を突き動かすほどの衝動を持つには、火を点ける必要がある。 どうしたら、その火が点くのか。 一つはローソクと同じように、火が点いている他の人から移してもらう方法があるでしょう。 いわゆる、感化されるという状態。 もしくは、自分には果たさなければならない大きな責任があると感じたり、 返さなければならない大恩に包まれていることに気づいたときかもしれません。 いずれにしても、今自分の志に火が点いているかどうかを感じられるかどうかが大事なこと。 言い換えれば、熱く生きているかどうかが問われているのでしょう。 火を点ける|今日の言葉  から