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記事紹介|感性

あなたといると月が綺麗ですね 夏目 漱石 「I love you」という言葉を夏目漱石が訳したらこうなったそうです。 AIが発達して自動翻訳が発達しても、文章の意味そのものは理解しないAIがこうした表現を自分から紡ぎだすことは不可能でしょう。 ここに人間らしさがあるのだと思います。 直訳は、知識を与える行為で、漱石の訳は、心を教えている行為と言えるのではないでしょうか。 「雪が融けると何になりますか?」という質問に 「水」ではなく、「春になります」 と答えられる感性に通じますね。 意味|今日の言葉  から

記事紹介|失敗とは人間を立ち止まらせ、その人生を考えさせ、チャンスを探させる、成功の前兆なのだ

業種に関係なく、あなたは常に無限のチャンスがある。 型にはまった考え方を捨て、新しいものとかかわろうとする人々は、物質的に満たされるだけではなく、自分の仕事のなかに多大な喜びと満足を見出すことができる。 もしあなたがチャンスを待って、言い訳に言い訳を重ねているのなら、いずれは「もう年をとりすぎた」という最後の言い訳にたどり着くであろう。 この世を去るその日まであなたは、世界は自分に背を向けていて、自分の才能はふさわしい評価を得ず、成功した人たちは単に「運」や「まわりの力」に恵まれていただけなのだと考えつづけるであろう。 億万長者とあなたとの間にあるただ一つの差異は、「自身の姿勢」なのだ。 あなたは自分自身にとって、最も質が悪く手ごわい敵になりうるのだ。 「この世のどんな力も、あなた自身ほど、あなたの成長を確実にそして容赦なく妨げることはできはしない」 自分の無限の可能性を理解し、チャンスをつかむことは自分の当然の権利なのだと気づいたなら、ただ前に進めばいい。 1809年、ケンタッキーにある赤ん坊が生まれた。 父親は貧しいうえに、浮浪者であった。 母親は子どもが9歳のときに他界した。 すべてのチャンスは待っているだけではなく、自分で探さなければいけないと言い残して。 父親が反対し、彼は本を読むことも許されなかった。 彼の名はアブラハム・リンカーンといった。 「探せ、さらば見つけられるだろう」という言葉は、人は何であれ、まず探さなければそれを手に入れることはできない、という意味である。 待て、されば訪れるだろうとは意味が違うのである。 ◇ 『ある父親が息子の通信簿を見て、そのあまりの劣等生ぶりに愕然とした。 父親は息子に法廷弁護士になってもらいたいと考えていたが、校長はその可能性はまったくないと断言した。 少年は落伍者だった。 そう、この人物こそウィンストン・チャーチルである。 彼は法廷弁護士にはならなかった。 ただ英国史上最も偉大な指導者の一人となったのである。 挫折は彼に大志を抱かせた。 奇妙に聞こえるかもしれないが、失敗とは人間を立ち止まらせ、その人生を考えさせ、チャンスを探...

記事紹介|大学改革が目指すべき方向性

経団連の教育問題委員会企画部会(三宅龍哉部会長)は3月1日、東京・大手町の経団連会館で会合を開催し、今後の大学改革が目指すべき方向性について、大学マネジメント研究会の本間政雄会長から説明を聞くとともに意見交換した。説明の概要は次のとおり。 終わらざる国立大学改革 国立大学改革は、戦後の新制大学発足以降、これまで数次にわたり行われてきた。近年では小泉政権下の「遠山プラン」(2001年策定)が挙げられる。同プランのもと、再編・統合の推進とそれによる国立大学数の大幅な削減、民間的経営手法の導入、第三者評価による競争原理の導入等が行われた。その後も、国立大学法人化(04年)や民主党政権下での大学改革プランなどがあり、その結果、01年に99あった国立大学は86まで減少するとともに、学長を中心とした運営体制の確立、外部人材登用による企業経営手法の導入などが推進されてきた。企業との共同研究による収入や特許料収入も約2倍に増えていることも踏まえると、形式的には大学改革は進んでいるようにみえる。 しかしながら実情は問題が山積している。統合・再編については、文部科学省が一定の指針を示さず、大学の自主的な検討に任せたため、一貫性のないちぐはぐな統合が見受けられ、教員ポストや入学定員は減少していないため、かたちだけの縮小になっている。事務職員の数も私立大学と比較すると明らかに多く、コスト意識や生産性において問題がある。さらに、外部理事の大半は文科省や大学関係者であったり、同省が任命する監事も実際は大学側が推薦しているケースが多かったり、経営目線をもった外部人材を登用できているとはいい難い。同省が13年に示した目標は、10年以内に大学ランキングトップ100に10校ランクインとしているが、途中経過ながら現状は極めて厳しい状況となっており、その達成は難しいとみている。 大学改革が目指すべき方向性 18歳人口は直近のピーク時に比べ半減しているが、国立大学学生数は60万人前後でほとんど減っていない。真に高い意欲と能力を持った学生の学びの場となるよう、戦略的にダウンサイジングするとともに、教育・研究機能を強化すべきである。例えば、旧七帝大や地方の基幹国立総合大学は学部を大幅に縮小し、研究に重点を置いた「大学院大学」に移行するのも1つの考え方である。また、大学の国...

記事紹介|話し三分に聞き七分

美しさは女の生命だともいえる。 修道院に入った身に着飾ることも、化粧することも縁遠くなったが、美しい言葉を使うことはできる。 それは、あそばせ、ございますを頻発することではなくて、できるだけ美しいひびきを持った言葉を使うと同時に、適切な言葉を正確に使うことも意味している。 借りものでない自分の言葉、そして、相手を傷つけないやさしい配慮を含んだ言葉でもある。 ヴァイオリンの早期才能教育で知られている鈴木鎮一氏が、 「まず自分の言葉が相手を傷つけるかどうかを感じる能力を育てること、それが育てば、バッハやモーツアルトの美しい音楽を感じとることができる」 という意味のことを言われたように記憶しているが、他の子どもに負けないようにと、高い月謝を払い、高価な楽器を買って我が子を音楽塾に通わせている親たちの味わうべき言葉であろう。 今日のようにお金さえ出せば誰も彼も同じような服を着ることができ、立派な家に住み、車をのりまわし、外国旅行に行ける大衆社会の時代において、教養をあらわすものの一つは言葉となろう。 流行語でしか話せない人でなく、豊かな語彙(ごい)をもち、やたらに外国語を使うことなく美しい日本語を話し、自分の立場を正確に判断して正しく敬語を使うことのできる人になりたいものである。 自分の感情をすなおにあらわし、意見を他人にも理解できるように伝えるとなると、これはもう言葉の意識ではなく、話す人の品性にかかわってくる。 感情を適度にコントロールできる自制力、客観的にものごとを見る判断力、そして個性のある生活が必要となってくるだろう。 人は話す前は自分の言葉の主人だが、口から出してしまった言葉の奴隷でしかない。 そのためにもよく考えて話すことがたいせつだ。 矛盾のようだが、よく話すために、そして美しい言葉を使うためには沈黙が必要となってくる。 それは押しだまった沈黙、「自分」でいっぱいの沈黙でなく、または「物言えば唇寒し」といった自己防衛の沈黙でなく、実り豊かなもの、その間の充実のあふれが人をして話さざるを得なくさせるような準備の時間であり、自分のこれから話そうとすることの響きをあらかじめ聞くべく心の耳を澄ます時間である。 女の人の沈黙は特に美しいと思う。 ほほえみとともに美しい沈黙を育てること。 言葉に先立つも...

記事紹介|歴史に学ばない者は、歴史の繰り返しに抗し切ることもできない

名古屋市立中学校が前川喜平・前文部科学事務次官を講師に招いた2月の総合的な学習の時間について、文部科学省初等中等教育局教育課程課が市教委に授業内容の報告を要請していたことが分かった。きっかけは国会議員からの問い合わせだったというが、それにしては文面に前川氏への悪意が感じられる。 天下り問題で辞職し、出会い系バーを利用した同氏を、道徳教育が行われる学校の場に、どのような判断で依頼したのか――。まるで前川氏の人格が反道徳的であるかのような書きぶりである。天下りはともかく、出会い系バーの方は違法性がないにもかかわらず一部新聞が1面肩で報じた在り方が政権側の意図をくんだと批判され、その後の週刊誌報道で性的欲求を満たす意思がなかったことが明らかにされたにもかかわらず、である。 旧文部省系の現役官僚には前川氏を慕うだけでなく、批判的な者も相当数いるようだ。今回の報告要請の背景に、前川氏に対する怨嗟(えんさ)がなかったとは言えまい。しかも「考え、議論する道徳」を進める立場の初中局が、前川氏の道徳性を断じている。それも、その官僚たちが考える官僚としての道徳的価値で判断しているにすぎない。 そんな省内の人間関係を問題視するのは、決して業界紙誌的な野次馬根性ではない。世代間のギャップが、今後の文教行政に深刻な劣化をもたらしかねないと懸念するからだ。 少なくとも前川氏までの世代なら、個別学校の授業実践を文科省が直接問い合わせるなどということには極めて抑制的であるべきだという暗黙の合意があった。それは戦前・戦中の教育に対する反省であるとともに、戦後の「偏向教育」問題や教科書裁判など激烈な教育権論争を通して、旧文部省なりに得た教訓である。調査するにしても、ソフトなやり方はいくらでもあったはずだ。 しかし最近ではいじめ問題や教科書採択問題など、担当課はもとより政務三役さえ現場に出張って調査する事例も珍しくなくなった。それが「異例」であるという感覚がまひし、法令上は何ら問題はないと平気で容認してしまう。 例えば学習指導要領に関して、2003年の一部改訂をめぐり若手官僚には「なぜ改めて指導要領の基準性が問題になるのか。もともと指導要領は大綱的基準であって、現場の裁量が大幅に認められているではないか」という声があったという。指導要領通り、教科書通りに教...

記事紹介|本物になる

片足だけを水の中に入れ、私は本気、と言っている人が多い。 本気とは体全体を水の中に投じることである。 もう逃げられないという所に身を置くことである。 すると本腰が入る。 本腰を入れるから、真の力が出てくる。 そして、その姿勢を何十年も続けることで本物になる。 藤尾 秀昭 社会人になると4月という季節が一つの区切りになることは少なくなりますが、 世間的に新しい年度を迎えるにあたり、この言葉を持って自らの戒めにしたいと思い選びました。 本気、本腰、本物と、「本」がつくことをどれくらい実現出来ているか。 本来のもの、源という意味でもあるのでしょう。 知識の源とである本を読むことも同様に大事ですね。 あれこれ迷わず、今はこれだと決めてブレずに本氣で臨む。 そんな姿勢が大事なのでしょう。 本気、本腰、本物|今日の言葉  から

記事紹介|その手が18年間おまえたちを育ててきた手だ

私が考える教育の究極の目的は「親に感謝、親を大切にする」です。 高校生の多くはいままで自分一人の力で生きてきたように思っている。 親が苦労して育ててくれたことを知らないんです。 これは天草東高時代から継続して行ったことですが、 このことを教えるのに一番ふさわしい機会として、私は卒業式の日を選びました。 式の後、三年生と保護者を全員視聴覚室に集めて、私が最後の授業をするんです。 そのためにはまず形から整えなくちゃいかんということで、 後ろに立っている保護者を生徒の席に座らせ、生徒をその横に正座させる。 そして全員に目を瞑らせてからこう話を切り出します。 「いままで、お父さん、お母さんにいろんなことをしてもらったり、 心配をかけたりしただろう。それを思い出してみろ。 交通事故に遭って入院した者もいれば、親子喧嘩をしたり、 こんな飯は食えんとお母さんの弁当に文句を言った者もおる……」 そういう話をしているうちに涙を流す者が出てきます。 「おまえたちを高校へ行かせるために、 ご両親は一所懸命働いて、その金ばたくさん使いなさったぞ。 そういうことを考えたことがあったか。 学校の先生にお世話になりましたと言う前に、まず親に感謝しろ」 そして 「心の底から親に迷惑を掛けた、苦労を掛けたと思う者は、 いま、お父さんお母さんが隣におられるから、その手ば握ってみろ」 と言うわけです。 すると一人、二人と繋いでいって、最後には全員が手を繋ぐ。 私はそれを確認した上で、こう声を張り上げます。 「その手がねぇ! 十八年間おまえたちを育ててきた手だ。 分かるか。……親の手をね、これまで握ったことがあったか? おまえたちが生まれた頃は、柔らかい手をしておられた。 いま、ゴツゴツとした手をしておられるのは、 おまえたちを育てるために大変な苦労してこられたからたい。それを忘れるな」 その上でさらに 「十八年間振り返って、親に本当にすまんかった、 心から感謝すると思う者は、いま一度強く手を握れ」 と言うと、あちこちから嗚咽が聞こえてくる。 私...

記事紹介|ほどよい距離感

ほどよく距離があるとき、人は不思議とやさしくなれるものです。 誰かと関わるとき、その対象との距離感をはかりながら、もっと近づきたいと押しすぎたり、自分なんてと引きすぎたり、ときに間違い、修正しながら人間関係を織りなしていく。 人生とは、その時々で誰かとのちょうどいい距離を見つける作業の連続です。 人生をある程度長い期間生きたなら、もっとも心地いい距離を自分で見つけられる人間でいたいものです。 それが私が思う、成熟した大人のイメージです。 私がご提案したいと思うのは、ほどよく距離を置くという心がけ。 それは、自分の夫や妻、子どもや、嫁、婿に対して。 そしてご近所さんや、長年の友人に対しても。 自分が思っているよりももう半歩だけ、ちょっと距離を置いてみると、いつもより少し、やさしい自分になれるような気がするのです。 近すぎる糸は、もつれます。 多くの人間関係のからまりは、距離が近すぎるがゆえに起きるもの。 私はこれまでの60年余りの弁護士人生で、ありとあらゆる人間関係の「もつれた糸」の交通整理をしてきました。 正しく引っ張りさえすれば簡単にほどける糸、かたい結び目になってしまった糸…。 そのもつれ具合はさまざまですが、からまった糸の中にいるかぎりは、ほどくすべが見つかりません。 でも、からまった場所から一歩引いて、外からそれを見ることができたら、解決の糸口が見つかります。 つまり、自分の身に起きている問題や悩みごとと、ほどよく距離を置くことができたなら、物事は解決に向かう。 「法」という潤滑油を用いて、かたい結び目に見えた糸のもつれをほぐしながら、多くの方の人生の転機にも立ち会わせていただいたことは、私にとって大きな学びとなりました。 湯川氏は本書の中でこう語る。 『詩人の吉野弘さんの「祝婚歌(しゅくこんか)」をご存じでしょうか。 夫婦円満の秘訣が詰まった詩なのですが、生きる指針のようにも思えて、私がとても大切にしている詩です。 なかでも、一番好きな節があります。 「正しいことを言うときは  少しひかえめにするほうがいい 正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと気付いてい...

記事紹介|短期的成果の証明に追い立てられない大学になるためには

高等教育に対する世間の目は厳しい。それは初等中等教育と比較すると明らかである。かつては、社会の教育に対する関心といえば、初等中等教育に対する批判が中心であった。学力向上やいじめ、不登校などの問題行動への対応、通学路の安全対策などについて批判的に問われることが多かった。しかしながら、最近では、教職員の忙し過ぎる勤務実態に関する報道が多くなり、国会でも与野党を問わず、教職員の勤務環境を改善すべきだという話になっている。初等中等教育については社会からある種のシンパシーとも言える感情が膨らんできているのである。一方で、高等教育については、以前と変わらず、学生が遊んでばかりいる大学に予算を増やす必要はないといった声が多い。そうした声については、昔の大学のイメージで語っているものであって現在の大学が随分変わってきていることを知らないからではないか、という反論があるだろう。しかしながら、そうした反論は伝わっていないのか、伝わっても響かないのか、結果として大学への目線は厳しいままである。 近年、国会や政府において高等教育はかつてないほど注目されている。多くの政党は何らかの形での教育の無償化を公約としている。高等教育まで対象とするかには温度差があるものの、高等教育の無償化の是非が与党も含めた議論の対象になっているということだけでも数年前には考えられなかったことである。これだけ注目が集まり、高等教育への投資が拡充される絶好の機会であるにもかかわらず、そこに必ずついてくるのは、やはり「教育の質が低い大学に投資をする価値があるのか。」「投資する前に、多過ぎる大学の数を減らすべきではないか。」という議論である。文部科学省も、大学も、国立大学の運営費交付金の削減による影響や私学助成が10%を切ったという状況を訴え続けてはいるが、社会の大学への目線に「シンパシー」は生まれていない。 なぜ社会全体で大学を応援しようという空気が生まれないのだろうか。理由の一つは現在の大学の姿が社会に伝わっていないことであろう。もちろん大学関係者は情報を発信する様々な取組を行っている。その際大切なのは、誰に、どのような情報を発信するのか、という戦略性である。受験生や保護者に対しで情報を発信していくことはもちろん最重要であるが、それだけではない。大学への投資の在り方の政策を決定するのは誰なのか、政策決定の当事者...

記事紹介|偉大なリーダーの条件

ウィンストン・チャーチルはイギリスの首相になるはずがない男だった。 “すべて完璧にこなす”政治家とほど遠い彼が首相に選ばれたことは、衝撃的な出来事だった。 たしかに切れ者ではあるが、その一方で偏執的で、何をしでかすかわからない危険人物というのがもっぱらの世評だったからだ。 チャーチルは26歳で英国議会議員になり、政界で順調に頭角を現したが、次第に国家の要職には適さない人物だと見られるようになった。 60代を迎えた1930年代ともなると、その政治的キャリアは事実上終わっていた。 いろいろな意味で、チャーチルは前任者のネヴィル・チェンバレンの引き立て役に甘んじていた。 チェンバレンといえばすべてを完璧にこなす、まさに典型的なイギリス首相だったからだ。 イギリス人は、首相をうかつに選んだりはしない。 たとえばアメリカの大統領と比べて、歴代の首相は概して年長で、適正を厳しく吟味されて選ばれるのが通例だ。 異例の早さで権力の座に上りつめたジョン・メジャーでさえ、アメリカ大統領の多くに比べ、首相職への備えができていた。 チャーチルは、異端の政治家だった。 愛国心に満ち溢れ、イギリスへの潜在脅威に対してパラノイア的な防衛意識を貫いた。 ガンジーさえも危険視し、インドの自治を求める平和的な運動にも猛反対した。 チャーチルは自国を脅かすあらゆる脅威に声高に騒ぎたてるチキン・リトル(臆病者)だったが、まさにその難点ゆえに、歴史上最も尊敬される指導者の一人となった。 チャーチルはただ独り、早い段階からヒトラーの本質を見抜き、脅威と認識していた。 一方チェンバレンは、ヒトラーは「約束をしたら、それを守ると信じられる男」という考えで凝り固まっていたので、宥和政策こそナチスの台頭を抑える方策だと確信していた。 ここぞという重大な局面で、チャーチルのパラノイアが本領を発揮したといえる。 いじめっ子に弁当代を渡したら最後、もっと巻き上げられるだけだ、奴の鼻を一発ぶん殴らなければならない、と見抜いていたのだから。 チャーチルの熱狂的な国防意識…危く彼の政治生命を滅ぼしかけた…は、第二次世界大戦前夜のイギリスになくてはならないものだった。 そして幸運に...