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予算額目標から成果目標へ

去る26日、財政制度等審議会により「平成21年度予算の編成等に関する建議」が取りまとめられ、いよいよ予算編成も山場を迎えます。高等教育関係予算の実情、とりわけ国立大学関係については、これまでこの日記でも詳細にわたりご紹介してきました。 (参考) 国立大学予算の削減(1) http://daisala.blogspot.jp/2008/09/blog-post_8030.html 国立大学予算の削減(2) http://daisala.blogspot.jp/2008/09/blog-post_6691.html 訴求力に欠けた要望書  http://daisala.blogspot.jp/2008/11/blog-post_2283.html 日記の内容から国立大学を取り巻く大変厳しい財政事情がご理解いただけるのではないかと思うのですが、最近では、 朝日新聞が報じた全国の国立大学長アンケート 結果からも、各学長の本音を感じ取ることができます。この記事によれば、92%(77大学)の学長が、「法人化により国立大学間の格差が広がった」と回答され、「過去の資産のある大規模大に資金が集中している」「旧帝大は余裕があるため、新たな展開を可能にしている、格差拡大は『地力の差』にある」といった意見が寄せられています。また、法人化後の問題点として、「各大学とも毎年1%を目安に教育研究経費の効率化が求められ、全体として法人化した04年度より600億円もの運営費交付金が減額されたこと、一律削減により、もともと財政基盤の異なる旧帝大と地方大(特に教育系単科大)の格差が広がった」ことなどが指摘されています。このような厳しい状況の中、各大学は、例えば、運営費交付金の削減分を外部の研究資金や寄付金などで補う努力を続けてきているわけですが、ある学長が「外部資金獲得は大規模有名大学あるいは医理工系分野に有利に働く」と指摘されているように、地方大学の限界も垣間見えてきます。 国立大学に身を置く者の一人として申し上げれば、確かに国の時代に比べれば、いわゆる「人、物、金、スペース」といった資源の不足感は否めませんし、声を大にして社会に訴えることも必要なことです。しかし、それでは国立大学(の学長さん)は、国立大学とは縁もゆかりもない社会の人達、あるいは、私立大学に多額の授業料を負担している...

格差社会と学費の問題

景気の低迷による国民生活への影響が益々深刻化している現在、「政局より政策」を標榜していたはずの政府の無策に近い対応は、結局は選挙対策の感が否めず、景気回復へ向けた多くの国民の期待を裏切るばかりか、次第に苦しみの奈落へ引きずり込もうとしています。特に、所得の格差拡大は、憲法で保障された「教育を受ける権利」をも否定するかのような社会現象を生じさせています。 家計に置きかえてみればわかりやすいかもしれません。子ども達の将来を保証することになるであろう教育に可能な限りの投資をしておきたいと考えるのは親心としては一般的なことですし、現に我が家では、お父さん(私)の小遣いが母親の独断と偏見でいつの間にか娘の習い事の月謝に転換されていきます。なんとも情けない話ではありますが、これが、高等教育に係る学費の問題ともなると、その金額の大きさから、お父さんのお小遣いを節約するどころの話ではすまないことになります。最近では世相を反映してか、家計に与える教育費負担の問題を取り扱う記事が目につくようになってきました。 1,024万円 高校入学から大学卒業までの教育費(2008年11月16日 東洋経済) 「国の教育ローン」を利用した勤労者世帯(平均年収622万円)を対象とした日本政策金融公庫の調査によると、高校入学から大学卒業までの7年間の教育費は子ども1人当たり1024万円(私大理系の場合は1141万円)に。自宅外からの通学となると、これにアパート等の入居や家財道具購入のための48.6万円、年間96.0万円の仕送りが加わる。対象世帯には小学校以上に在学している子どもが平均1.8人おり、彼らにかかる在学費用の世帯年収に対する割合は平均34.1%。年収200万~400万円の世帯では55.6%にもなる。しかも、これら学齢期の子どものいる世帯の6割近くが住宅ローンを抱え、上記在学費用とローン返済額との合計は、世帯年収の45.9%もの規模となっている。 全文→ http://www.toyokeizai.net/life/living/detail/AC/4d3d5b7cbda4fa963408537dae158d54/ 私立大下宿生は214万円 入学費用、国立自宅の2倍(2008年9月30日 共同通信) 今春の大学、短大の新入生が出願から入学までにかかった受験費用や学費、住居費...

ちょっと一息

この日記を書き始めてちょうど1年が経過しました。飽きっぽい性格の割にはよく続いたものだと妙な達成感に浸っていたところ、先週末、日記の内容についてクレームが入りました。クレームをいちいち公表することはいたしませんが、要は、最近の私の日記に関して「他人が書いた論考を長々と丸写しするのは問題ではないか」というご意見でした。著作権等を侵害する行為ではないかとのご指摘なのでしょう。 確かにこの日記では、これまで、私が読者の皆様にお勧めしたい論考等を抜粋又は全文転載する形でご紹介してきました。これは、私の未熟な文章による説得力のない主張をご披露するよりは、識者の方々が書かれた原文をお読みいただくことが何よりも適切と判断したことによるものです。もちろん、引用させていただいた論考等は、インターネットや雑誌等で広く公開されているものですし、著者のお名前や出典を明らかにするなど、著作権等の侵害や悪意による引用といった疑念を抱かれないように留意してきたつもりでした。 しかし、残念ながら厳しいクレームを頂戴することになりました。先週末からクレームへの対応、つまり、この日記を有益な情報として読者の方々に受け止めていただくためには、今後どのような編成内容にすべきなのか考えてきましたが未だ答えを得ることはできていません。この日記の存続にかかわる重要な課題だと思いますので、少し時間をかけて試行錯誤していきたいと思います。

求められる管理職像-1

前回の日記でも触れましたが、「やる気の湧く職場」を創造していくために「幹部職員の養成」が不可欠であることは論を俟たないところです。 今回は、日本福祉大学常任理事の 篠田道夫 さんが「文部科学教育通信」(No206、207)に寄稿された 「戦略経営の確立に向けて-リーダーシップの確立-」 をご紹介します。 戦略を遂行していくためには、リーダー(理事長や学長に相当するのだろうと思いますが)の強いリーダーシップ(先見性のある戦略の明示と構成員への浸透、そのための組織化)が求められ、戦略を重点課題ごとに組織や個人に分配し具体化し実践の課題に落とし込んで行動指針にまで高め、組織的に実現する「戦略の分配」が必要であること、また、戦略の実現のためには、現場のニーズや問題点、競争環境を把握している中堅幹部が戦略策定にも参画し、かつ策定後はその実践の先頭に立つことが求められること、そして大学現場ではどのような管理者像が求められるのかなどについて指摘されています。 リーダーによる戦略の分配 こうした戦略を遂行していくためには、当然、強いトップのリーダーシップが求められる。今日のリーダーに求められるのは、先見性のある戦略を明示すること、構成員に戦略を浸透させ納得を得ること、そして構成員の行動を目的達成に向けて組織することである。 トップには戦略への確信、責任感、信頼性、そして先頭に立って改革を推進する強い姿勢が求められる。しかし戦略は一人では実現できない。ここに戦略の分配という手法がとられることになる。戦略をテーマごと重点課題ごとに組織や個人に分配し、具体化し、実践の課題に落とし込んで、行動指針にまで高め、組織的に実現するための手法である。分配に当たっては、戦略の全体目標と分配する部門目標との関係性や整合性を明確に説明づけることがポイントとなる。戦略の部門における位置づけや意義の理解を前提に、分配する組織や人(責任者)の特定、期限の明示、権限の付与等が必要である。大学においては、これらの分配は会議体で行われることが多いが、一般に課題遂行責任(者)や期限が曖昧な場合が多い。方針や政策を会議体で決定する場合、「誰が、いつまでに」を常に意識的に明確にすることが、実行性を保障する最大の要件である。 その上で、この戦略の具体化(分配)を担う経営、管理運営組織をどう編成するか...

やる気を引き出す職場と人材育成

書店に行くとこのようなタイトルの付いた本が所狭しと積み上がったコーナーを目にします。民間企業、お役所など多くの職場で社員や職員がどれだけやる気をもって仕事に取り組めるかが、組織や個人が求めるそれぞれの成果を最大限引き出すための重要な「鍵」になっているのではないかと思います。 前回ご紹介した、愛媛大学経営情報分析室の秦 敬治氏のお話の中にも、「教職協働」を進めるための大学の組織づくりに必要なこととして、ドラッカーの言葉「現代の組織は上司と部下の関係ではない。それはチームである」を引用した上で、1)教職員の強みを引き出せるような組織や制度を作ること、2)教職員を同じ立場で仕事させる機会を作り出すこと、3)重要ポストにおける教職員の割合を検討すること、4)職員が「極めるため」のサポートを惜しまないこと、が述べられています。 これは、主に「教員と職員との関係」に視点を置いたものだと思いますが、私は、「上司と部下との関係」つまりは、「学長、役員、幹部職員という大学の経営に最も責任を有する者が真剣に考え実行しなければならないこと」としても十分当てはまることではないかと思います。 大学の中には、「仕事ができない、しない、させない」管理職、上司という位置にあぐらをかき、自分の保身だけを大事にして仕事をするような人間として尊敬できない管理職が思いのほかたくさんいらっしゃるような気がします。残念ながら、若手のモチベーションや未完の能力を開発し向上させるために、本気になって汗をかくような管理職はごくごくわずかなような気がします。 こういった現状をいち早く打開しなければ、「やる気を引き出す職場」にはなりえないし、効果的な「職能開発」は不可能です。 今回は、 桜美林大学大学院国際学研究科大学アドミニストレーション専攻 の 田中 修 さんが書かれた 「事務職員のやる気を引き出す職場の見直し-共通理解に裏付けられたアイデンティティある事務組織-」 (2008年1月、修士論文要旨)(抜粋)をご紹介したいと思います。 ◇ この益々競争が激化する環境下で、高等教育機関としての大学がこの趨勢に対応していくためにはどういった改革を進めていけばいいのだろうか。その重要課題が「事務職員のやる気を引き出す職場の見直し」である。共通理解に裏付けられたアイデンティティある事務組織体制の...

教職協働に何が必要か

近時、多くの大学人が重視している課題として、大学における教育組織と事務組織が良きパートナーシップを確立すること、あるいは教員と事務職員が相互に連携しあう体制を整えて学生に対応することが挙げられると思います。 今回は、 国立大学マネジメント研究会 (会長:本間政雄 学校法人立命館副総長、元京都大学理事・副学長)が発行する会誌「 大学マネジメント 」(2008年6月号)から、 愛媛大学経営情報分析室 の 秦 敬治 氏が 「これからの教職協働-GP活用による実践例-」 と題して行った 講演 の概要(抜粋)をご紹介したいと思います。 秦氏は、西南学院大学で20年間職員として財務の仕事をしながらサッカー部の監督、九州大学修士・博士課程での修学を経て、2006年度より愛媛大学経営情報分析室准教授として活躍されており、今回の講演では、1)教員や職員個人の能力やスキル、2)組織や制度、業務分担、3)組織文化、個々の教職員が持つ意識の問題といった視点から「教職協働」を分析されています。 教職協働のコツ-職員には何が必要か 教職協働実現のために職員には何が必要かということですね。相手を変えるのはなかなか難しいです。私はいつも学生に言っています。性格は変えられないけど行動は変えられる、他人は変えられないけど自分は変えられる。組織や制度を大きく変えるとか、職員が教員に働きかけてあるいは教員が職員に働きかけて相手を大きく変えることはなかなかできないので、自分が変わらなければなりません。 1)「専門性の向上」と「論理的思考力」 今日お見えの多くの方が大学の職員でいらっしゃいますので、職員に焦点を当てた場合、どういったお話ができるかなと思い、「専門性の向上」と「論理的思考力」に着目してみました。初めに、 大学行政管理学会 の大学職員研究グループで、全国の国公立大学の学長と私立大学の理事長に対してアンケートを行ったと申しましたが、その結果を見ますと、教職協働推進の課題として「職員の専門性と能力の向上が必要だ」と答えた学長もしくは理事長は140名、56.9%です。「教職協働が必要だと言うけれども、職員が専門性を身につけたり能力を上げなければうまくいかないんだ」ということを経営陣は感じているんですね。それを皆さんがどう受け取るかということです。 「複数の素養を効果的に機能さ...

コストカットに向けた取り組み-2

前回に続き、大学における「コスト削減」について考えてみたいと思います。今回は、本年6月27日に、総務省が取りまとめた「行政事務のコスト削減の検討の視点」というレポートをご紹介します。 このレポートが取りまとめられた趣旨は、以下の「前書き」を読めばご理解いただけるところですが、要すれば、「最近の国の行政機関における不適切な無駄遣いの多発を受け、前福田総理から指示のあった「 政府における無駄の徹底的な排除に向けた集中点検-『ムダ・ゼロ』への取組み 」の徹底を図るため、国の行政機関におけるコスト削減に向けた職員の意識改革、コスト削減の仕組みやチエック機能などについては、民間企業の努力や成果を十分に認識・活用していくことが重要である」とのことのようです。 レポートは、国の行政機関を対象としたものですが、書かれた内容は、私達の職場である「大学」にも十分適用できるものではないかと思いますし、指摘内容を正面から受け止め、今後のコストカットに向けた取り組みに反映できればと考えています。 行政事務のコスト削減の検討の視点 (平成20年6月27日、総務省行政評価局民間のコスト削減手法に関する研究)(抜粋) 前書き 国の行政機関においては、「 行政コスト削減に関する取組方針 」(平成11年4月27日閣議決定)等に基づき、コスト削減に取り組んできたところであるが、これまでその取組が十分な成果を上げてきたとは言い難い。理由や背景としては、次のような点が考えられる。 予算の獲得に重点を置きがちである。 組織のトップも末端の職員も、主眼は予算の獲得にあり、日常的なコスト削減の意識が希薄である。 予算の節約や効率化によるメリットが明確になっていないので、コスト削減に切実感を持って取り組んでいない。 結果的に、節減の取組は「スローガン」に終わりがちである。 これらに対して、民間では、売上げの増加のための企画や販売も重要ではあるが、最終損益で「プラス」とするためには、コストの管理も重要である。利益が生じなければ自らの給与に跳ね返ることとなるので、末端の従業員に至るまで、節減努力やコスト削減のインセンティブが常に働いている。 国の行政機関がコスト削減の取組を進め一定の成果を上げるためには、このような両者の違いを十分に認識して、「掛け声」だけでなく、トップから率先...

コストカットに向けた取り組み-1

国公私立の設置形態の如何を問わず、大学における「コスト削減」は、健全な大学経営を維持発展させる上で極めて重要な課題です。 現下の大学を取り巻く厳しい状況に鑑みれば、今後、大学は、相当のコスト削減なしには、現在の教育研究条件を支える資源を経続的に供給することはやがて困難になり、教職員の待遇もそれによって影響を受ける可能性は十分に念頭に置かなければなりません。(もはや手遅れという大学も出現してきておりますが・・・。) このため、まずは、自らの周囲にあるコストの削減に関心を向ける必要があります。コストを何割カットすることができるかどうかは、大学の将来にとって決定的に重要となります。コスト削減を行うことは単に財政的なプラスをもたらすのみならず、大学全体を活性化し、新しい試みに道を拓くという積極的な意味を持っています。 特に、大学内の管理的経費については徹底的な見直しを行う必要があります。例えば、次のような観点からの見直しが必要ではないでしょうか。 全学共通的な管理的経費を集約管理することにより統一的な縮減に努める。 民間機能を活用することにより、効率的・効果的な業務の遂行が可能なものについては、積極的に外部委託を導入し、経費(人件費等)の抑制を図る。 一般競争入札の積極的な導入、規格の共通化、一括購入方式の促進など、購買方式を見直すことにより物品調達コストを抑制する。 施設設備のエネルギー経費の抑制を図るため、既存の設備・機器等の更新を含め、施設設備エネルギー・マネジメント体制を構築し、施設に節減システムを組み込む等の方策を推進する。 機器や備品等を一元管理し、共同利用体制を導入することにより固定経費を抑制する。 事務分掌の見直し、会計制度の弾力化、権限委譲、情報化・電子化等により、事務の効率化、事務経費の削減を図る。 やや抽象的ですね。では具体的な事例をご紹介します。早稲田大学の事例です。 早稲田大学では、「財政改革推進本部」(財革本部)というものを立ち上げ徹底したコスト削減活動を行っています。とあるセミナーで配られた資料(ちょっと古いかも)を基にポイントをご紹介します。 ■財革本部立ち上げの背景 私立大学における予算・決算を消費収入超過とすることは、かなり難しいことである。しかし、大幅な「黒字」を実現させることは極めて困難であると...

社会から見た国立大学(3)

前回に続き 「国立大学法人における外部人材の活用方策に関する調査研究報告書」 のポイントをご紹介します。今回が最後です。 文科省の広域人事の問題、幹部職員の問題、人事権の行使は学長の責務 事務の合理化は、結局誰かが泥をかぶって様々な抵抗勢力と戦いながらでないとできない。例えば職員について形骸化している評価制度を実質化しようと提案すると、すぐに職員組合から反発が起きる。だから、事務局長が強い意志でもって何としてもやらなくてはいけない。学長が前へ出てしまうと、ややこしいことになってしまう。法人化の前から国立大学の学長がよく言うのは、「学長と事務局長とが本当に意気投合できるときにこそ改革をやる。それでうまくいかないときはやらない」と。局長が代わったときにまたやるということは事務局長の役割が決定的に重要ということ。 理事は充分やる気があって、テーマによっては一生懸命にやっている。けれども体制、意識とかスピードということになってくると、やっぱり事務局のガードが強い。事務局長というのが常に組織を掌握している。各理事が自分の下に事務組織を持っているのだけれども、それは横できちんと事務局長が掌握している。言ってみれば一種の二重構造。 広域人事で全国の大学を2~3年で回っている人達は、最初は国立大学や高専に採用された人達で、20代に見込まれて文科省に転任した人達。係員、係長として、政策立案、政策の実務設計、調査・分析、政策の執行、予算配分などの実務面をこなした経験を豊富に持っており、全国的、ポジションによってはグローバルな視野で仕事をしている。概ね38歳で、大学に課長として出て、半分くらいは40代前半で本省に戻り課長補佐としてさらに高いレベルで政策立案・執行に携わる。大体46~47歳で大学の部長として出る。こういう彼らだから、例外はあるが、知識、識見、仕事のスピード、人脈、判断力、実行力において大変優れている。彼らの問題は、在任期間が平均して短いことから、どうしても腰掛け的な中途半端な気持ちで仕事に取り組むことと、もう一つは、任期が短いこととも関連するが、彼らに中長期の目標がないこと。○○大学○○課長に命ずるという辞令をもらっても、やはり2~3年で代わるという気持ちがどこかにあるから、大学のこともあまり本気で勉強しないし、まして2年か3年の在任中に、リスクを冒してま...

社会から見た国立大学(2)

前回に続き「 国立大学法人における外部人材の活用方策に関する調査研究報告書 」のポイントをご紹介します。 大学経営における責任者の不在、論功行賞ではない役員人事を 学長の選考もさることながら、現行法の中では、どのような人に役員になってもらうかという役員会の人選がかなり重要。文科省からの出向でない職員の法人役員への登用を積極的に進めなければだめである。地方採用で国立大学に勤めて長年やってきた人は、その大学のことについては一応のキャリアを持っており、自分のキャリアを高めた人に、法人の役員になってもらう。今の学長選挙というのはどうしても学内意向投票的。だからどうしても選挙対策に貢献した人を役員として周りに置くのではないか。本当にマネジメントなりガバナンスの能力の裏付けがあって、教育研究も一生懸命やった教員が役員として参画しているのかどうか。学内理事としてどういう人を選ぶのか、学外の理事もどういう形で登用するか、これが重要なポイントである。 理事の権限が明確になっていない。事務組織は相変わらず昔のままで、そこに理事という職種が入り込んできただけで、理事のそれぞれの権限が明確になっていない。ある仕事が進んでいるのか、進んでいないのか、役員会で聞いても誰も答えない。誰が責任を持つのかと聞くと、学長が「私です」と手を挙げる。法人の長は学長だが、学長は多忙だから全ての仕事を全部やれるわけはない。そこを執行部である理事がきちんと自分の責任で、自分の仕事がどこまで進んでいるかをきちんと常に役員会なりに報告をして理解を求める必要がある。 国の時代は、財務内容の詳細というのは事務方が握っていた。事務方はできれば、教員側には詳しい情報は教えないというのが本当のところ。それが法人化によりガラリと変わって、役員会の中で財務関係の議論をすることになると、学長も副学長も教員であり、財務というのははっきり言って詳しい話はわからない。そのため依然として、事務方が上げてきた案なりでそのまま通っていく。役員会でも経営協議会でも実質的な議論はやられていない。形骸化している。大学の運営という面では管理機能はあるけれども、大学の経営という視点からの議論が役員会では少ない。むしろ規定の改正ばかりが多く上がってきて終わってしまう。財務内容の勉強とか議論はない。 役員の中に、「大学を経営するとは何...